第六十五話:束の間の休息と、星海を渡る輸送船団
アステロイド要塞『タルタロス』を文字通り「一刀両断」にして宇宙の塵へと変えてから数日。
ルーンベイト連合の強硬派残党が壊滅したことで、国境宙域には嘘のような平穏が訪れていた。
傭兵団『戦乙女』の母艦内にある、豪奢な特別ラウンジ。
そこでは、漆黒のドレスに身を包んだローゼリアが、ふかふかのソファに深く腰を沈め、至福のティータイムを満喫していた。
「さあ、姫君。本日の紅茶は、皇都アエテルナから取り寄せた最高級の茶葉を使用しております。お茶菓子には、フィーネ殿が買い付けてきた星系名産のフルーツタルトを」
完璧な所作でティーカップを差し出し、美しく微笑むのは、白銀の騎士リアンヌである。
彼女はエプロン姿ではなく、あえて凛々しい騎士の正装のまま給仕を行っていた。それがまた、主君に尽くす忠騎士というシチュエーションを際立たせている。
(くぅぅぅっ……! 最高! マジで最高すぎる!! 戦場では無敵のイケメン騎士様が、俺のためだけにお茶を淹れてくれるこのギャップ! この一杯の紅茶のためなら、あと三個くらい要塞をぶった斬ってもお釣りが来るぜ!!)
内心でスタンディングオベーションを送りながらも、ローゼリアはあくまで気高く、優雅にカップを受け取った。
「うむ、大儀である、リアンヌ。お主の淹れる紅茶は、相変わらず五臓六腑に染み渡る美味さじゃ」
「もったいなきお言葉。姫君のその笑顔を拝見できるだけで、私は騎士として無上の喜びにございます」
主従が絵画のように美しい(そして片方は限界オタクの)空間を形成していると、ラウンジの自動ドアが豪快な音を立てて開いた。
「——くつろいでいるところ悪いが、仕事の時間だぞ、お前ら」
入ってきたのは、右手にタブレット、左手に特大サイズの胃薬のボトルを持ったブリュンヒルデ団長だった。
連日のように規格外の新兵器を見せられ、要塞を次元ごと叩き斬るという常軌を逸した光景を見せられた彼女の顔には、深い疲労の色が刻まれている。
「なんじゃ、団長。帝国からの追加依頼か? フェイト姉上がまたどこぞの反乱軍を掃除してほしいと?」
ローゼリアが紅茶を啜りながら尋ねる。
「いや、今回は帝国絡みじゃない。純粋な『民間』からの依頼だ」
ブリュンヒルデはタブレットを操作し、ラウンジの空間モニターに星図を投影した。
「依頼主は、第三星区にある独立資源惑星『シルフィード』の自治政府だ。彼らが採掘した希少鉱石『アエテルニウム』を満載した大型輸送船団が、近々、銀河中央の交易ステーションへ向けて出発する。我々エインヘリアルには、その道中の護衛を頼みたいそうだ」
「ほう。ただの輸送船の護衛とは、我々戦乙女にしては随分と地味な任務じゃな」
ローゼリアが少しだけ拍子抜けしたように呟く。
「地味だが、報酬は破格だ。なんせアエテルニウムは、最新鋭の魔力ジェネレーターの核になる超高級素材だからな。当然、それを狙うハイエナどもが宇宙にはウジャウジャいる。……今回、船団を襲撃しようと企てているのは、星区一帯を荒らし回っている大規模な宇宙海賊『ブラッド・ファング』だという情報が入っている」
「宇宙海賊、ですか」
リアンヌが碧眼を鋭く細め、腰の剣の柄に手を当てた。
「我が姫君の威光を知らぬ愚行。薄汚い盗賊どもなど、私と『ブラン』の槍で、一匹残らず串刺しにして差し上げますが」
「あー、待て待てリアンヌ。お前もローゼリアも、絶対に早まるなよ」
ブリュンヒルデは、胃が痛むのか腹部を押さえながら、声を大にして警告した。
「いいか、今回は『護衛任務』だ! 敵を殲滅するのが目的じゃない、輸送船を無事に送り届けるのが目的だ! つまり……」
ブリュンヒルデは、モニターに映る新しい武装データの数々を睨みつけた。
「ローゼリア! お前は輸送船の近くで『断次元サイズ(大鎌)』を振り回すな! 空間ごと切り裂かれたら輸送船まで巻き込まれるぞ! ランドグリーズには『重力崩壊斧』の使用を固く禁じる! 護衛対象がブラックホールに吸い込まれたら元も子もないからな! ロスヴァイセの『次元断層ミサイル』も、オルトリンデの『未来予測狙撃』も、輸送船の魔力シールドに干渉する恐れがあるから制限付きだ!」
ゼェゼェと息を切らしながら叫ぶブリュンヒルデに、ローゼリアは目を丸くした。
「な、なんじゃと!? せっかくフィーネとバハムートが作ってくれた、あのロマン溢れるチート武装を封印せよと言うのか!」
「当たり前だ!! お前らの今の火力は、護衛任務には向いてないんだよ!! ただでさえ過剰武装の歩く戦略兵器どもめ! 今回は大人しく、標準的な出力で戦え!」
悲痛な叫びを上げる団長を見て、ローゼリアは小さくため息をつき、しかしすぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……ふむ。まあよい。たまには縛りプレイ(手加減)というのも、強者の嗜みというものじゃ」
「縛りプレイって言うな。……とにかく、出撃準備に入れ。対象の輸送船団との合流ポイントへ向けて、母艦を発進させるぞ」
「承知した! さあ行くぞ、リアンヌ! 退屈な星の海に、戦乙女の美しき舞を刻み込んでやろうぞ!」
「はい、姫君! あなたの行く道は、私がすべて切り拓いてみせます!」
意気揚々と立ち上がる黒き死神と白銀の騎士。
その直後、艦内放送でブリュンヒルデの号令が響き渡った。
『全艦、第一種戦闘配備! メインジェネレーター接続、空間跳躍ドライブ起動! 目標、独立資源惑星シルフィード近宙域! ——エインヘリアル、抜錨!』
轟音と共に、巨大な白と金の母艦『エインヘリアル』が、星の海を引き裂いて亜空間へと跳躍する。
待ち受ける宇宙海賊たちが、自分たちが襲おうとしている船団に『銀河最凶のバケモノ集団』が護衛としてついていることなど知る由もないまま。
束の間の休息を終えた戦乙女たちは、次なる戦いの舞台へと、颯爽と駆け抜けていくのであった。




