第六十二話:白銀への新生と、限界オタクの貢ぎ物
ルーンベイト連合の大艦隊を退けてから数日後。
母艦『エインヘリアル』の格納庫の片隅にある、部外者立入禁止の特別ドック。そこでは、三つの影が何やら深刻な顔で(うち一人は鼻息を荒くして)巨大な機体を前に作業を続けていた。
黒き死神、ローゼリア。
天才整備班長、フィーネ。
そして、ローゼリアの端末に宿る神話のAI、バハムートである。
彼女たちの目の前にあるのは、ローゼリアの愛機として幾多の戦場を駆け抜けてきた漆黒の古代機体『ノワール』だった。
しかし、その装甲は現在、各所が引っぺがされ、内部の魔力回路が剥き出しになっている。
「……よし、バハムート。魔力変換炉のチューニングはどうなっておる?」
『マスターの無尽蔵の魔力出力設定から、リアンヌ殿の魔力波長への最適化、完了しました。機体のフィードバック制限を再構築し、常人……失礼、現代の優秀な騎士でも脳を焼き切らないよう、安全装置を組み込んでいます』
バハムートが無機質な声で答えると、フィーネがオイルに塗れた顔を拭いながら感嘆の声を上げた。
「いやぁ、マジでとんでもねぇ機体だよ、このノワールって奴は。装甲の材質も駆動系のフレームも、現代の技術じゃ到底再現できないレベルだ。……でも、お姫様。本当にいいのか? こいつはあんたの専用機だろ?」
フィーネの問いに、ローゼリアは腕を組み、ふんぞり返って答えた。
「構わん。先の戦いで、リアンヌの『スローネ』は限界を超えて大破してしまった。妾の盾となるには、もはや現代の量産機ベースの装甲では強度が足りぬのじゃ」
(……というのは建前で! あんなボロボロになってまで俺を守ろうとするリアンヌ様を見て、俺の心は千々に乱れたんじゃよ!! もう絶対に推しに怪我なんてさせたくない! だったら、チート級に頑丈なこの古代機体をリアンヌ様仕様に改造してプレゼントするのが、限界オタク(ファン)としての正しい貢ぎ方ってもんだろ!!)
内心で鼻息を荒くしながら、ローゼリアはタブレット端末の設計図をスワイプした。
「武装も完全にリアンヌの戦闘スタイルに更新する。ノワールの双剣は取り外し、代わりにこの『古代合金製の大盾』と、魔力収束機能を持たせた『長槍』を装備させるのじゃ」
「了解だ。重量バランスが変わるから、姿勢制御スラスターの位置も調整しとくぜ。……しかし、すげぇ盾だな。これなら戦艦の主砲を正面から食らっても弾けそうだ」
「うむ。我が騎士の命を預ける盾じゃからな。妥協は一切許さん」
『……まったく。ご自身の愛機をポンと他人に譲り渡すなど。マスターは本当に、あの騎士殿のことになると見境がなくなりますね』
「うるさいぞバハムート。お主は黙ってOSの書き換えを急げ」
バハムートの呆れたような声にダメ出しをしつつ、ローゼリアは最後に、機体の塗装設定の項目を開いた。
「ノワール(黒)のままでも悪くはないが……やはりリアンヌといえば『白銀』じゃ。フィーネ、機体のカラーリングを完全に塗り替えてくれ。ベースは真珠のような純白。そして、関節部や意匠には白銀と、妾の瞳の色である『真紅』のラインを入れてくれ」
「オーケー、任せな! 最高に美しくて、最高にエグい騎士様の機体に仕上げてやるよ!」
こうして、数日間にわたる極秘の徹夜作業の末、一機の新たな悪魔……いや、『守護神』が産声を上げたのである。
翌日。
ローゼリアは、医務室での休養を終えてすっかり元気を取り戻したリアンヌを、特別ドックへと連れ出した。
「ローゼリア? 一体、私に何を見せたいと……」
リアンヌは不思議そうに小首を傾げながら、薄暗いドックに足を踏み入れた。
ローゼリアが指を鳴らすと、ドックの照明が一斉に点灯する。
「お主の、新しい剣と盾じゃ」
光に照らし出され、その姿を現した機体を見て、リアンヌは息を呑んだ。
そこにあったのは、神々しいまでの純白と白銀の装甲に身を包んだ、見上げるほどに美しい騎士の機体だった。左腕には機体を覆い隠すほどの巨大な盾を備え、右腕には鋭く長い白銀の槍を握っている。
機体の各所に走る真紅のラインが、純白の装甲の中でひときわ気高く自己主張していた。
「これは……! もしかして、あなたの『ノワール』ですか!?」
リアンヌは、その機体の骨格が、ローゼリアの乗っていた漆黒の悪魔と同じものであることにすぐ気がついた。
「その通りじゃ。古代フレームの耐久性と出力をそのままに、バハムートとフィーネに協力させて、お主の魔力波長と戦闘スタイルに合わせて完全に作り直した。……機体名は『ブラン(白)』。今日から、これが我が白銀の騎士の新たな愛機じゃ」
ローゼリアが誇らしげに胸を張ると、リアンヌは信じられないというように両手で口元を覆った。
彼女の美しい碧眼から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出す。
「そ、そんな……! いくら私のスローネが大破したからといって、あなたの愛機を譲り受けるなんて、そんな恐れ多いこと……! 第一、それではローゼリアの乗る機体がなくなってしまいます!」
「泣くでない、リアンヌ」
ローゼリアは背伸びをして、自身の相棒の頬の涙を指ですくってやった。
「妾には、いざとなれば『リヴァイアサン』がある。それに、普段の任務用にはフィーネが新しいカスタム機を組んでくれているところじゃ。……それに、なにより」
ローゼリアは、リアンヌの目を真っ直ぐに見つめた。
「前の戦いで、お主の盾にヒビが入った時……妾の心臓は止まりそうになったのじゃ。妾の背中を守るなら、それ相応の、絶対に壊れない最強の盾が必要じゃろう?」
「……っ、ローゼリア……!」
リアンヌはたまらず、ローゼリアの小さな身体を力強く抱きしめた。
「ありがとうございます……! このリアンヌ・ヴァーミリオン、あなたのその海よりも深い御心に、生涯かけて報いてみせます! この『ブラン』の装甲が砕け散るその日まで、私はあなたの最強の盾であり、矛であり続けると、ここに誓約いたします!!」
(うおおおおおっ!! リアンヌ様の熱い抱擁と騎士の誓い、キタァァァァッ!! 徹夜でバハムートと機体いじりした甲斐があったぜ!! 最高だ、これだから限界オタクはやめられねぇ!!)
内心でガッツポーズを決め、血の涙を流して喜ぶローゼリア。
しかし表面上はあくまで気高く、彼女はリアンヌの銀髪を優しく撫でた。
「うむ。期待しておるぞ、我が騎士よ」
黒から白へ。
主君の愛(とオタクの執念)によって新生した機体『ブラン』。
その純白の装甲は、二人の間に結ばれた絶対的な信頼と絆の証として、格納庫の光の中で眩く輝いていた。




