第五十八話:死神の警告と、開戦の業火
母艦『エインヘリアル』の広大な格納庫に、けたたましい出撃警報が鳴り響く。
『目標宙域、ルーンベイト連合主力艦隊が展開中。敵機体数、およそ二千。……全機、カタパルトへ。出撃準備を急げ!』
ブリュンヒルデ団長の冷徹な声が響く中、戦乙女たちはそれぞれの愛機へと乗り込んでいく。
漆黒の古代機体『ノワール』のコクピットで、ローゼリアはコンソールの最終チェックを終え、操縦桿を強く握り締めた。
「動力、異常なし。魔力回路、接続完了。……バハムート、サポートを頼むぞ」
『了解しました、マスター。数ばかり多いポンコツの群れなど、あなたの敵ではありません。存分に蹂躙してやりましょう』
隣のカタパルトデッキには、純白の装甲を輝かせるリアンヌの愛機『スローネ』がスタンバイしている。
『ローゼリア。敵は二千の大軍勢です。絶対に、私の盾の範囲から離れないでくださいね』
「わかっておる。お主の背中は、妾が守ってやるから安心せよ」
(うおお……出撃直前のリアンヌ様の声、緊張感があって最高にクールだぜ……! 絶対に俺がこのイケメン騎士様を守り抜いてみせる!)
内心で限界オタクとしての気合を入れ直しつつ、ローゼリアは前方のハッチが開くのを見据えた。
『エインヘリアル、全ハッチ開放。……戦乙女たちよ、武運を祈る。抜錨!』
轟音と共に、五つの光がカタパルトから漆黒の宇宙空間へと射出された。
黒き死神ノワール、白銀の騎士スローネ。そして、長女ランドグリーズの重装甲機『グリムゲルデ』、次女ロスヴァイセの制圧支援機『ヘルムヴィーゲ』、三女オルトリンデの狙撃機『ジークルーネ』。
たった五機の編隊が、目前に迫る巨大な壁へと向かっていく。
暗礁宙域の彼方から押し寄せてくるのは、ルーンベイト連合の正規主力艦隊。
巨大な巡洋艦や駆逐艦の群れを護衛するように展開しているのは、連合の主力マギアナイトである量産機『ベスター』であった。
視認性を下げるためのOD色に塗装され、無骨で実用性に特化したその機体が、まるでイナゴの群れのように宇宙空間を埋め尽くしている。
『こちら連合第3艦隊! 前方に所属不明機を5機確認! ……あれは、帝国の放送で言っていた傭兵団か!?』
『たった5機で、この主力艦隊の前に立ち塞がろうっていうのか!? 舐めやがって!』
敵のオープン回線から、嘲笑と困惑の混じった声が聞こえてくる。
ローゼリアは、ノワールの機体を停止させ、威風堂々と両腕を広げる姿勢をとった。そして、全宙域に響き渡る広域通信を開く。
「——ルーンベイト連合軍に告ぐ! 妾はエーベルヴァイン帝国より防衛依頼を受けた、傭兵団『戦乙女』の『黒き死神』、ローゼリアである! そして隣に控えるは、我が相棒にして当傭兵団の副団長、白銀の騎士リアンヌ・ヴァーミリオンじゃ!」
凛とした、しかし王者の威圧感を伴った声が、二千の軍勢の通信機を揺らした。
「お主らの現在の進行ルートは、明白なエーベルヴァイン帝国への不法侵入(領空侵犯)である! 直ちに艦隊を反転させ、この宙域から退去せよ! さもなくば、我々に対する『敵対行為』と見なし、完全なる武力をもって排除する!」
それは、国際法に則った形式上の、そして帝国側に完全に『正当防衛』の大義名分を持たせるための、最後通牒であった。
しかし、大統領ナベリウスからの『どんな手段を使ってでも突破しろ』という狂気の命令を受けている連合軍が、この警告で止まるはずもなかった。
『ふざけるな! 帝国が捏造した映像を信じ込んでいるのか! 大統領の命令だ、このまま進軍し、立ち塞がる者はすべて撃ち落とせ!』
連合軍の指揮官が叫ぶと同時。
最前列に展開していた数百機のOD色の『ベスター』が、一斉にライフルを構え、ノワールたちに向けて引き金を引いた。
宇宙空間を、無数のレーザーの雨が真横に切り裂いていく。
「……ふむ。一応、退く機会は与えてやったというのに。愚かなサルどもめ」
ローゼリアは、迫り来る光の雨を前にしても、一切の焦りを見せなかった。
(よし! これで完全に向こうが『先に』手を出したからな! フェイト姉上の顔に泥を塗る心配もなくなったし、心置きなく大暴れできるぜ!)
内心でガッツポーズを決めながら、ローゼリアはノワールの操縦桿を力強く押し込んだ。
「交渉は決裂じゃ! 戦乙女たちよ、迎撃開始! 愚者どもに、本物の絶望を刻み込んでやれ!!」
『了解!!』
ノワールの背部から、莫大な魔力が漆黒の翼となって噴き出した。
無数のレーザーが直撃するコンマ一秒前、ノワールの機体は空間そのものを滑るかのような異常な機動で弾幕をすり抜け、ベスターの群れの中へと突進した。
『なっ、速い!? どこに消えた!?』
連合兵が驚愕した次の瞬間、OD色のベスターの胴体が、斜めに真っ二つに両断されて爆散した。
ノワールが、漆黒の魔力刃を形成した双剣を振るい、まるで舞踏会でワルツを踊るかのように、次々とベスターを切り刻んでいく。
装甲の厚さなど関係ない。神話の死神の刃は、量産機の装甲を紙切れのように容易く切断していく。
『ひ、ひぃぃっ! ばけも——』
「遅い!」
悲鳴を上げる間も与えず、ノワールは機体を回転させながら、周囲の5機を瞬く間にダルマに変えた。
そして、その死神の舞の背後では、純白の騎士が無慈悲な鉄槌を下していた。
『囲め! あの白い奴は盾を持ってる、後ろから撃てば——』
『……騎士の背後を取れるとでも?』
ベスターが背後からスローネに迫った瞬間、リアンヌの機体は振り返ることなく、左腕に装備した分厚い純白の盾をバックハンドで振り抜いた。
ガンッ!! という鈍い衝撃と共に、ベスターの装甲がひしゃげ、機体ごと宇宙空間へ弾き飛ばされる。
『邪魔です。我が姫君の視界を、その薄汚い機体で遮らないでいただきたい』
リアンヌはそのままスローネを前進させ、美しい流星のような槍の刺突で、正面のベスター3機のコクピットブロックだけを正確に撃ち抜いて機能停止に追い込んだ。
物理的な盾の殴打と、洗練され尽くした槍術。攻防一体のその動きは、まさに戦場に咲く白銀の華であった。
『うおおおおっ! 蹴散らせェェェッ!』
さらに、ランドグリーズの『グリムゲルデ』が、被弾を一切気にすることなくベスターの群れに突撃し、巨大なハルバードで敵をまとめて粉砕する。
ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』が放つ無数のマイクロミサイルが、連合の陣形を切り裂き、後方に控える巡洋艦の対空砲火を無力化していく。
そして、はるか後方からオルトリンデの『ジークルーネ』が放つ極太の狙撃ビームが、的確に敵の指揮官機や高火力機体だけを撃ち抜いていく。
たった5機。
しかし、その5機は、二千の軍勢を前にして一歩も引くことなく、むしろ圧倒的な蹂躙劇を繰り広げていた。
OD色のベスターの残骸が、次々と暗礁宙域に散乱していく。
開戦の業火は切って落とされた。戦乙女たちの華麗にして残酷な舞が、連合軍の野望を次々と打ち砕いていくのであった。




