第五十七話:鋼鉄の微笑と、暴走する大艦隊
ルーンベイト連合の首都星、大統領府。
最高権力者の座にあるナベリウスは、執務室のふかふかな革張りの椅子に深く腰を沈め、最高級のヴィンテージ・ワインを揺らして恍惚とした笑みを浮かべていた。
「ふふふ……。完璧だ。全銀河が我がルーンベイトの悲劇に涙し、野蛮な帝国に怒りの矛先を向けている。内乱の傷が癒えきっていない小娘の皇帝など、世論の圧力と我が軍の威容を前にすれば、震えて資源衛星を差し出すしかあるまい」
来年の大統領選挙はもはや勝ったも同然。資源枯渇問題も解決し、自身の名は連合の歴史に偉大なる指導者として刻まれる。
そう確信し、勝利の美酒を喉に流し込もうとした——その瞬間であった。
ピーーーーーッ!!
突如として、執務室の巨大なホログラムモニターが不快なノイズと共に暗転した。
いや、大統領府だけではない。首都星の巨大ビジョン、各家庭の端末、さらには軍の最高機密である戦術ネットワークに至るまで、ルーンベイト連合が保有するあらゆるディスプレイというディスプレイが一斉にブラックアウトしたのだ。
「な、なんだ!? 通信障害か!? 警備兵!」
ナベリウスが叫ぶよりも早く、暗転した画面の奥から、澄み切った鐘の音が鳴り響いた。
浮かび上がったのは、黄金の双頭鷲——エーベルヴァイン帝国の豪奢な国章。
そして映像が切り替わり、皇宮の玉座の前に立つ、若き女帝フェイト・エーベルヴァインの姿が映し出された。
『——全銀河の皆様。そして、ルーンベイト連合大統領ナベリウス殿。エーベルヴァイン帝国皇帝、フェイト・エーベルヴァインですわ』
純白と金の皇帝礼服を寸分の狂いもなく着こなし、頭上に帝国の威信を示す王冠を戴く女帝。
その顔には、怒りも焦りも微塵も感じさせない、美しく、そして背筋が凍るほど冷酷な『鋼鉄の微笑』が浮かんでいた。
「なっ……!? なぜ帝国の通信が我が国のネットワークに!? 情報局は何をしている! 直ちに回線を切れ!」
ナベリウスがワイングラスを取り落とし、狼狽して叫ぶが、システムは一切の操作を受け付けない。神話のAI『バハムート』によって、連合のネットワークは完全に掌握されていた。
『先程、ナベリウス大統領による大変【創造的】な演説を拝聴いたしました。我が帝国が民間船を虐殺したという、悲劇的な物語。……ええ、とてもよくできた脚本でしたわ。三流の娯楽映画としてなら、及第点を差し上げてもよろしくてよ?』
フェイトの痛烈な皮肉が、銀河中の視聴者の耳に届く。
彼女はゆっくりと指を組み、一歩前へ出た。
『しかし、残念ながら現実は小説よりも奇なり、ですわ。貴殿の言う「平和的な資源採掘船団」とやらの真実を、今ここにお見せしましょう』
フェイトが合図を送ると、画面の半分に高解像度の戦闘記録映像が展開された。
そこには、偽装を施したルーンベイト連合の軍用巡洋艦が、国境線を越えて帝国の警備隊に『先制攻撃』を仕掛ける瞬間が、これ以上ないほど鮮明に記録されていた。
さらに、映像にはバハムートの解析データがオーバーレイ表示され、敵艦の偽装コードが次々と剥がされていく。そして、ルーンベイト連合正規軍の所属識別信号(ID)と、極秘の作戦コードが赤裸々に暴露されてしまった。
『ご覧の通りです。我が帝国の領土へ不法侵入し、無警告で発砲してきたのは、紛れもなく貴国ルーンベイト連合の【正規軍】です。我々の警備隊と、善良なる傭兵団は、正当な自衛権を行使したに過ぎません』
「ば、馬鹿な……! 我が軍の偽装工作が、こうも簡単に暴かれるだと!? 暗号はどうなっている!」
ナベリウスは頭を抱え、絶望的な悲鳴を上げた。
『貴殿は、賠償として「ジルコニア資源宙域」と「第7資源衛星群」の譲渡を要求しましたね?』
フェイトは、カメラを真っ直ぐに見据えた。
その眼差しは、文字通り物理的な質量を伴って、ナベリウスの心臓を射抜くような覇気に満ちていた。
『お答えしましょう。——【完全なる拒絶】です』
凛とした声が、星々に響き渡る。
『エーベルヴァイン帝国は、貴国のような卑劣な泥棒に対して、星の欠片一つ、宇宙の塵一粒たりとも譲り渡すつもりはありません。むしろ、貴国の武装ゲリラが我が国の国境を荒らした損害として、莫大な「補償請求書」を作成している最中でしてよ?』
フェイトは、ふふっ、と余裕の笑い声を漏らした。
『もし、どうしても資源衛星が欲しいと仰るのなら、無理にとは言いません。我が帝国が誇る「戦乙女」たちが、貴殿の首都星の宮殿まで、直接その「補償」の取り立てに伺わせましょうか? 彼女たちの剣は、卑怯者の嘘を切り裂くのが大層お好みのようですから』
それは、明確な最後通牒であった。
『虚偽と欺瞞によって他国の領土を奪おうとする、貴殿のその浅はかな要求は、本日、この瞬間をもって歴史のゴミ箱へ捨てさせていただきます。……我が帝国は、いかなる理不尽な侵略にも屈しない。この剣にかけて、必ずや国と民を守り抜くことをここに誓約します。——さようなら、ナベリウス大統領。次にお会いする時は、法廷か、あるいは焦土の上になるかしらね?』
フェイトが優雅に一礼をすると、放送は静かに終了し、元の番組へと切り替わった。
「…………あ、あぁぁぁっ!!」
大統領府の執務室で、ナベリウスは髪を掻きむしりながら崩れ落ちた。
終わった。自身の政治生命はおろか、国際的な信用もすべて水泡に帰した。すぐに議会が紛糾し、自身の弾劾裁判が始まるだろう。
それを防ぐ手段は、もはや一つしか残されていなかった。
「……軍務長官を呼べ!!」
ナベリウスの眼は、完全に血走っていた。
「捏造だ! あれは帝国が用意した精巧なディープフェイク映像だと言い張れ! 事実がどうであれ、もう後には引けん! 国境宙域に待機させている『主力艦隊』に、即時進軍を命じろ! 帝国の防衛線を力ずくで突破し、あの生意気な小娘の首を物理的に刎ね飛ばしてやる!!」
追い詰められた愚者は、最悪の選択——『全面戦争』の引き金を引いたのである。
一方、その頃。
帝都アエテルナから専用シャトルで母艦『エインヘリアル』へと帰還したローゼリアとリアンヌを待っていたのは、慌ただしく出撃準備を進める戦乙女たちの姿だった。
「戻ったぞ、皆の者!」
ローゼリアが格納庫に足を踏み入れると、作業着姿のフィーネが駆け寄ってきた。
「おかえり、お姫様! いやぁ、フェイト女帝陛下の放送、こっちでも見てたぜ! 最高にロックだったな!」
「うむ! 姉上の底意地の悪さ(誉め言葉)が全面に押し出された、最高にスカッとする演説じゃったな!」
(マジで姉上カッコよすぎだろ! 限界オタクの俺としては、あれだけで白飯三杯はいけるぜ!)
「……それで、ローゼリア。楽しんだ直後に悪いんだが、事態は最悪の方向に転がったぞ」
ブリッジの円卓から通信モニター越しに、ブリュンヒルデが腕を組んで厳しい表情を見せた。
「どうした、団長。連合の連中が尻尾を巻いて逃げ出したという報告か?」
「逆だ。ナベリウスの奴、追い詰められて完全に発狂したらしい。捏造だと強弁し、国境付近の暗礁宙域に隠していた【連合の正規主力艦隊】を前進させ始めた」
その言葉に、リアンヌの碧眼がスッと冷ややかに細められた。
「……主力艦隊。数はどれほどですか?」
「巡洋艦三十隻、駆逐艦百隻、随伴するマギアナイトの数はおよそ二千。……本気で帝国の防衛線を食い破る気だ。警備隊の戦力じゃ、5分も持たずにすり潰されるぞ」
ブリュンヒルデの報告に、格納庫の空気がピンと張り詰める。
いくら『戦乙女』が個の力で最強を誇るとはいえ、相手は二千機の軍隊。正面からぶつかれば、ただでは済まない。
しかし、黒き死神の口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「ふはははっ! 愚か者め! 退き際を見誤ったタヌキ親父の末路など、語るまでもないわ!」
ローゼリアは、自身の愛機『ノワール』の太い脚部をポンポンと叩いた。
「フェイト姉上がせっかく作ってくれた大義名分じゃ。連合が『侵略軍』として動いた以上、妾たちがどれだけ派手に暴れても、正当防衛として処理される。……そうじゃろう、団長?」
「……やれやれ。お前のその悪党みたいな笑顔を見ると、敵に同情したくなってくるな。……ああ、そうだ。帝国軍の本隊が到着するまでの間、防衛線を死守しろ。それが今回の『追加依頼』だ」
「承知した! さあ行くぞ、リアンヌ! ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデ! 戦乙女の名の下に、愚者どもに本物の絶望を刻み込んでやるのじゃ!」
「「「了解!!」」」
戦乙女たちの力強い返事が、母艦に響き渡る。
リアンヌはローゼリアの隣に並び立ち、自身の胸に手を当てて深く一礼した。
「我が姫君。あなたの進む道は、私がこの白銀の盾で必ずや切り拓いてみせます。……共に、星海を舞ましょう」
「うむ! 頼りにしておるぞ、相棒!」
出撃のアラートが鳴り響く中、漆黒の悪魔と白銀の騎士は、次なる大舞台——二千の大軍勢が待ち受ける死の宙域へと、再びその翼を広げるのであった。




