第五十五話:星間の暗雲と、舞い踊る戦乙女たち
エーベルヴァイン帝国とルーンベイト連合の国境線上に位置する、資源豊富な暗礁宙域。
普段は静寂に包まれているその星海は今、無数のレーザーの閃光と、マギアナイトの残骸が散乱する凄惨な死地と化していた。
緑と茶色の迷彩装甲に身を包んだ、所属不明の偽装部隊。その正体は、帝国の混乱に乗じて資源宙域を掠め取ろうと目論むルーンベイト連合の正規軍である。
対するは、急な奇襲に対応を迫られた帝国辺境警備隊の量産型マギアナイト部隊。
しかし、戦況は誰の目にも明らかだった。
『くそっ! 第4小隊、完全に包囲された! 誰か援護を頼む!』
『駄目だ、敵味方の距離が近すぎる! 艦砲射撃による広域支援は不可能だ! 各機、近接格闘で活路を開け!』
帝国軍の若き隊長が血を吐くような声で通信帯に怒号を響かせるが、戦況は絶望的であった。
ルーンベイト連合の部隊は、圧倒的な数で押し寄せるだけでなく、極めて陰湿な戦術をとっていた。彼らは意図的に帝国機の懐へと潜り込み、ゼロ距離での乱戦状態を作り出しているのだ。
これにより、帝国軍が誇る戦艦からの広範囲魔力砲撃は、味方を巻き込む危険性から完全に封じられてしまっていた。
『ヒャハハハ! 撃てないだろ? 帝国のエリートさんよぉ!』
『本国からの増援も来ねぇ! 奴ら、俺たちを「正体不明のテロリスト」として処理できず、全面戦争にビビって手も足も出せねぇんだよ! このまま全機スクラップにしてやるぜ!』
連合のパイロットたちの下劣な嘲笑が、ジャミング混じりのオープン回線に響き渡る。
次々と被弾し、宇宙の塵と化していく帝国の機体。隊長はコクピットの中で強く歯を噛み締め、死を覚悟した。
その時である。
**『——緊急警報! 宙域に大規模な空間跳躍反応! 質量、巡洋艦クラスを優に超えます!』**
連合軍のオペレーターが悲鳴のような報告を上げた瞬間、戦場の中央、デブリ帯のど真ん中に巨大な次元の亀裂が走った。
空間そのものが歪み、眩い光と共に姿を現したのは、一隻の巨大な戦闘母艦であった。
白と金を基調とした、鋭角的で神々しいまでのフォルム。
帝国軍の艦船でもなければ、ルーンベイト連合の艦船でもない。
それこそは、星の海を渡り、いかなる国家の理にも縛られない最強の独立戦闘集団——傭兵団『エインヘリアル(戦乙女)』の誇る無敵の母艦であった。
『な、なんだあの艦は!? 帝国の新型か!?』
混乱し、動きを止めた連合軍の部隊。
その彼らの頭上に、母艦のオープン回線から、極めて尊大で、背筋が凍るほど冷酷な少女の声が響き渡った。
『——フハハハハハッ! 随分と楽しそうに弱い者いじめをしておるではないか、辺境のコソ泥ども!』
その声と共に、母艦エインヘリアルの巨大なカタパルトが展開される。
轟音と共に射出されたのは、宇宙の闇よりもなお深く、禍々しい魔力の残滓を尾を引くように纏った漆黒の機体——ローゼリアの駆る古代機体『ノワール』であった。
『妾は黒き死神。今日はお主らのその薄汚い命を、塵一つ残さず刈り取りに来てやったぞ!』
『なっ……黒い機体だと!? まさか、あのバルディアの反乱軍十万を一夜で壊滅させたっていう、伝説の……!』
『馬鹿な! なぜただの傭兵がこんな最前線に!?』
恐怖に顔を引き攣らせる連合のパイロットたち。
しかし、絶望はそれだけでは終わらない。漆黒の悪魔に続くように、もう一機の流星がカタパルトから飛び出してきた。
純白の装甲に身を包み、長大な槍と分厚い盾を構えた騎士の機体。リアンヌ・ヴァーミリオンの愛機『スローネ』である。
『……我が姫君の優雅なティータイムを邪魔した罪は、万死に値します。さあ、懺悔の時間は終わりです。その薄汚い機体ごと、宇宙の果てへ消え去りなさい』
美しくも無慈悲な白銀の騎士の宣告と共に、戦乙女たちの反撃の狼煙が上がった。
「状況を報告せよ、ブリュンヒルデ団長!」
ローゼリアはノワールの操縦桿を握り締めながら、通信機に向かって叫んだ。
『見ての通りだ、ローゼリア。連合の連中、わざと帝国の警備隊と近接格闘戦に持ち込んで、味方を巻き込むような大規模魔力攻撃を封じている。……実に陰湿で、小賢しい戦術だな』
エインヘリアルのブリッジから、ブリュンヒルデの冷静な声が響く。
「ふん、なるほど。互いの機体が入り乱れる大混戦か。……つまり、純粋な『個の腕前』が試される最高の舞台ということじゃな!」
ローゼリアの赤い瞳が、猛禽類のように鋭く細められた。
広範囲を焼き払う魔力攻撃が使えないからといって、無力化されるような彼女ではない。つい数日前、フェイトの依頼で帝国軍のイージス部隊を相手に、魔力を一切使わない純粋な操縦技術のみで完全勝利を収めたばかりなのだ。
「全機、抜錨! 帝国を舐め腐ったコソ泥どもに、エインヘリアルの戦乙女の恐ろしさを骨の髄まで刻み込んでやれ!!」
『了解!!』
母艦エインヘリアルのカタパルトから、さらに三つの光が射出される。
エインヘリアルが誇る三姉妹、ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデの機体である。
『ヒャハハハ! 傭兵が何機来たところで無駄だ! この乱戦状態じゃ、自慢の大火力も使えまい! 囲んで数で押し潰せ!』
連合の偽装部隊が、先陣を切るノワールに向けて一斉にレーザーを放つ。
しかし、ローゼリアのノワールはメインスラスターを吹かすことすらなく、ほんの僅かな関節の挙動と、姿勢制御バーニアのミリ単位の噴射のみで、光の雨を紙一重で躱し切った。
「遅い。あくびが出るわ」
ノワールが黒い閃光となって、敵陣の最も密集している懐へと潜り込む。
敵の機体と味方の機体がわずか数メートルの距離で組み合っているその極小の隙間を、ノワールはまるで重力が存在しないかのような滑らかな軌道ですり抜けていく。
『な、なんだこの異常な動きは!? 照準が追いつか——』
敵パイロットが驚愕の声を上げた瞬間、ノワールの黒い刃が、敵機の武装を持つ手首とメインスラスターだけを正確に切断していた。
コクピットには一切の傷をつけず、戦闘能力のみを完全に奪い去る、神業のようなピンポイント攻撃。
「次じゃ!」
ローゼリアが操縦桿を流れるように操作すると、ノワールは撃破して無力化した敵機を蹴り台にして跳躍し、空中で背面撃ちを敢行。さらに3機の連合機が、センサーを正確に撃ち抜かれて沈黙した。
『信じられない……。あの速度で乱戦に突っ込み、味方に一切の誤射をせず敵だけを沈めていくなんて……!』
助けられた帝国警備隊のパイロットが、モニター越しに畏怖の声を漏らす。
一方、その背後では、純白の騎士が慈愛と無慈悲の二面性を振るっていた。
『危ないっ!』
帝国機に背後から迫る連合のビームサーベル。しかし、それを分厚い純白の盾が弾き返した。リアンヌの『スローネ』である。
『帝国の兵よ、下がって陣形を立て直しなさい。ここは私が引き受けます』
『あ、ありがとうございます、白銀の騎士殿!』
リアンヌは味方を背後に庇うと、盾を構えたまま敵機へと猛然と突撃した。
『チッ、盾持ちか! 後ろに回り込んで囲んで叩け!』
連合機3機がスローネを取り囲むが、リアンヌの碧眼は氷のように冷たかった。
『我が姫君の休暇を邪魔した罪……その機体で贖いなさい!』
スローネの長槍が、芸術的なまでの正確さで繰り出される。
一撃目で敵の武装を弾き飛ばし、二撃目で関節部を破壊、三撃目でメインカメラを突き刺す。無駄な動きが一切ない、洗練され尽くした騎士の剣技。
さらに、背後から迫る敵機に対しては、巨大な純白の盾をバックスイングで叩きつけ、装甲ごと粉砕して宇宙空間へと吹き飛ばした。
(うおおおおっ!! リアンヌ様カッコよすぎる!! あの美しい盾でガンガン敵を物理で殴り飛ばすの、最高にギャップがあって痺れるゥゥゥッ!!)
ローゼリアは敵をなぎ倒しながら、内心で自らの相棒の勇姿に限界オタクとしての熱い視線と歓声を送っていた。
戦乙女たちの猛攻は止まらない。
混戦の宙域に、さらに凶悪な一撃が叩き込まれた。
『そらそらそらァッ! どきな、ひよっこ共! 邪魔な装甲ごと叩き割ってやるよ!』
通信帯に勇ましい声が響き、巨大なハルバード(戦斧)が連合機の胴体を真っ二つに両断する。
長女ランドグリーズの駆る、重装甲特化機体『グリムゲルデ』である。
全身を分厚い漆黒の追加装甲で覆い、防御力と物理的な破壊力に全振りしたその機体は、連合軍の標準的なレーザーライフルなど意に介さない。
被弾を無視して敵の懐に突進し、味方を巻き込まないよう、敵機を巨大な脚部でデブリ帯の方へと蹴り飛ばしてから、その圧倒的なパワーで確実に粉砕していく。
『ひぃぃっ! なんだこのバケモノ装甲は! 撃っても撃っても止まらねぇ!』
連合の兵士たちがパニックに陥る中、今度は空域の死角から無数の光の尾が殺到した。
『……対象の行動ベクトル、予測完了。逃げ道はありませんわ。全弾命中させます』
次女ロスヴァイセの駆る、高機動制圧機体『ヘルムヴィーゲ』である。
背部と両肩に巨大なミサイルポッドを搭載したその機体は、戦場の外縁を高速で旋回しながら、寸分の狂いもない誘導ミサイル群を放っていた。
彼女の恐ろしいところは、そのミサイルを「敵を倒す」ためではなく「敵を誘導する」ために使っていることだ。爆風と弾幕で敵の退路を塞ぎ、帝国機との乱戦状態から強引に引き剥がし、味方であるランドグリーズやリアンヌの射程圏内へと敵を「押し込んで」いくのである。
戦場を俯瞰し、空間そのものを支配する、氷のような計算高さ。
『ば、馬鹿な! 俺たちの陣形が、たった数機に完全に分断されているだと!?』
『指揮官機! 指示を! このままじゃ全滅します!』
混乱の極みに達した連合軍。その後方で安全圏から指示を出していた指揮官機が、部隊を立て直そうと通信回線を開いた。
『落ち着け! 相手は少数の傭兵だ! 陣形を再構築し、一斉射撃で——』
その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
指揮官機の頭部、そのメインカメラのレンズの中心に、遥か彼方から飛来した一条の極太のビームが突き刺さり、機体上部を完全に蒸発させたのである。
『……風速ゼロ、重力干渉軽微、魔力偏向率0.3パーセント。計算通りです。ターゲット、沈黙を確認しました』
母艦エインヘリアルの甲板に陣取り、長大なスナイパーライフルを構えていた三女オルトリンデの超長距離狙撃機体『ジークルーネ』。
彼女は、数万キロも離れた乱戦の渦中から、敵の指揮官機のみを正確に選び出し、一撃でその頭脳を吹き飛ばしたのだ。丸眼鏡の奥の瞳は、一切の感情を排した狙撃手のそれであった。
『し、指揮官機がやられた!? どこから撃たれたんだ!?』
『駄目だ、あいつらバケモノだ! ただの傭兵部隊の強さじゃない! まるで、戦場を踊る死神だ!』
圧倒的な質の違い。
広範囲魔法に頼らずとも、極限まで磨き上げられた戦乙女たちの『個の力』と、互いを完全に信頼し切った『連携』の前に、連合の偽装ゲリラ部隊は手も足も出ず、完全に崩壊した。
「どうした! 数で押し潰すのではなかったのか! その程度でエーベルヴァインの領土を掠め取ろうなど、片腹痛いわ!」
ローゼリアのノワールが、戦場の中央で威圧的に両腕を広げる。
その機体から溢れ出す濃密な魔力の残滓が、宇宙空間に黒いオーラとなって揺らめき、敵兵たちの戦意を根こそぎ刈り取っていく。それは、かつて神話の時代に数多の星を滅ぼした、本物の死神のプレッシャーであった。
『て、撤退だ! 全機、ただちに空域を離脱しろ! こんな化け物ども、軍隊じゃない!!』
生き残った連合の機体が、蜘蛛の子を散らすようにメインスラスターを最大出力で吹かし、国境線の向こう側へと無様に逃げ帰っていく。
「追撃は不要じゃ」
ローゼリアが冷静に指示を出すと、戦乙女の機体たちはそれぞれの武器を収めた。
「所詮は捨て駒のゲリラ部隊。これ以上深追いして、連合側に『帝国が民間船を攻撃し、領空侵犯してきた』などという安い開戦の口実を与える必要はないからな」
『助かりました、戦乙女の皆様……! 我々だけでは、あのまま全滅していました! 帝国の誇りにかけて、この御恩は決して忘れません!』
帝国辺境警備隊の隊長から、震えるような感謝と敬意の通信が入る。
「礼には及ばん。我々はフェイト女帝陛下に雇われた、ただの傭兵じゃ。……お主らも、よく持ち堪えたな。立派な戦いぶりじゃったぞ」
ローゼリアは王者の風格でそう告げると、通信を切り、コクピットの中で深く、そして満足げな息を吐いた。
(ふぅ……。久しぶりの実戦、しかも敵味方が入り乱れる超難度の乱戦だったが、皆の動きは完璧じゃったな。ランドグリーズの突破力も、ロスヴァイセの制圧も、オルトリンデの狙撃も最高じゃった)
ローゼリアは、隣を並走して飛ぶ純白のスローネを見つめた。
(……だが、やっぱりリアンヌ様の槍さばきと盾での物理殴りが一番輝いておった! あとで絶対に録画データをもらって、自室で100回は見直さねば! いや、リアンヌ様に膝枕をしてもらいながら一緒に鑑賞会を開くのもありじゃな……!)
相変わらずの限界オタクっぷりを心の中で盛大に爆発させながら、ローゼリアのノワールは、ゆっくりと母艦エインヘリアルの輝く装甲へと着艦していくのであった。
星間の暗雲を一時的に振り払った戦乙女たちは、次なる戦いの気配を感じながらも、確かな勝利の余韻に浸っていた。




