第五十四話:星間の暗雲と、戦乙女たちの新たな契約
帝都アエテルナでの甘美な休暇は、突如として終わりを告げた。
皇宮の美しい空中庭園。そのプライベートテラスで、最高級の茶葉で淹れた紅茶と宮廷パティシエ特製のケーキを満喫していたローゼリアの元に、血相を変えたフェイトが駆け込んできたのは、滞在五日目の午後だった。
(当然ながら、ケーキはすべて隣に控えるリアンヌの入念な『毒見』を経た後、彼女の手によってフォークで「あーん」と口に運ばれている最中である)
「ローゼリア、リアンヌ! くつろいでいるところ本当に申し訳ないのだけれど……緊急事態よ!」
フェイトは皇帝としての優雅な歩みも忘れ、ヒールを鳴らしてテラスに飛び込んでくると、すぐさま空間に巨大な星系マップのホログラムを展開した。
「……どうした、姉上。そんなに慌てて」
ローゼリアは、口元に運ばれていたショートケーキをパクリと平らげ、口の周りに付いた生クリームをリアンヌにナプキンで優しく拭き取ってもらいながら尋ねた。
ホログラムマップの端、エーベルヴァイン帝国の国境線と隣接する宙域が、危険を知らせる赤色で激しく点滅していた。
「隣接する銀河を支配する巨大国家、『ルーンベイト連合』との国境線よ。ここ数日、彼らとの間に深刻な亀裂が生じていて……昨日からついに、宇宙空間で武力による小競り合いが始まってしまったの」
「ルーンベイト連合……」
リアンヌが、青い瞳を細めてその名を反芻する。
エーベルヴァイン帝国と長年、不可侵条約を結びつつも水面下で冷戦状態にあった強大な星間国家連合である。
「なぜ急にじゃ? 姉上が帝国内部の腐敗貴族どもを粛清し、反乱軍の残党を片付けたことで、帝国は安定を取り戻しつつあるはずじゃが」
「ええ。問題はそこなのよ」
フェイトは、疲労の色が濃い顔でこめかみを押さえた。
「私が内政を完全に掌握し、帝国がかつての強大な力を取り戻すことを、ルーンベイト連合の首脳陣は恐れたのね。彼らは、帝国が内戦の事後処理でまだ完全に軍を再編しきれていない『今この瞬間』を狙って、国境付近の豊富な資源宙域を強引に切り取ろうと動き出したのよ」
ホログラムマップが拡大され、国境宙域の映像が映し出される。
そこでは、帝国軍の辺境警備艦隊と、ルーンベイト連合の所属を示す緑と茶色の装甲に身を包んだ量産型マギアナイト部隊が、激しいレーザーの応酬を繰り広げていた。
「正規軍の辺境警備艦隊が応戦しているけれど、相手は『所属不明の武装勢力』を装ってゲリラ的な攻撃を仕掛けてきているわ。もしこちらが本国から大艦隊を派遣して彼らを殲滅すれば、それを口実にルーンベイト側は『我が国の民間船が帝国軍に虐殺された』と騒ぎ立て、全面戦争の引き金を引くつもりなのよ」
「なるほどな。相手は国家を挙げての『当たり屋』というわけか。随分と泥臭く、陰湿な手を使ってくる」
ローゼリアの赤い瞳が、スッと冷たい光を帯びた。
(せっかくリアンヌ様との最高に甘々で至れり尽くせりな皇宮バカンスを満喫していたってのに、それを邪魔するとはいい度胸じゃねぇか、ルーンベイト連合……! 絶っっ対に許さん!!)
内心で限界オタクとしての激しい怒りを燃やしつつも、表面上はあくまで気高き『黒き死神』としての尊大な態度を崩さず、ローゼリアは優雅に紅茶のカップをソーサーに置いた。
「……ふん。ならば話は簡単じゃ、姉上」
「え?」
「全面戦争の口実を与えたくないから、帝国軍の主力は動かせない。ならば、『帝国の軍隊ではない者』に金を出して掃除を依頼すればいい。……そうじゃろう?」
ローゼリアの言葉に、フェイトの目がハッと見開かれた。
その隣で、白銀の騎士服を纏ったリアンヌが一歩前に進み出る。
「我々は傭兵ギルド連合所属、傭兵団『エインヘリアル』。国家間の政治的ないざこざには一切縛られない、独立した戦闘集団です」
リアンヌは胸に手を当て、フェイトに向かって恭しく、しかし絶対的な自信に満ちた笑みを浮かべて一礼した。
「女帝陛下。我が姫君の休暇を妨げた無粋なコソ泥どもに、本物の絶望というものを教えて差し上げましょう。……エインヘリアルへの『正式な防衛依頼』、受諾いたします」
「ローゼリア……リアンヌ……」
フェイトは、妹と、その頼もしすぎる相棒の姿に、安堵の息を長く吐き出した。
「ええ……助かるわ。報酬は帝国の国家予算から、言い値で支払う。どうか、国境の警備部隊を助けてあげて!」
「うむ! 任せておけ! リアンヌ、ただちに母艦に連絡じゃ! ブリッジで欠伸をしているブリュンヒルデ団長たちを叩き起こせ!」
「はっ! 直ちに出撃の準備を整えます!」
数時間後。帝国領の最果て、ルーンベイト連合との国境に位置する暗礁宙域。
『ヒャハハハッ! 帝国の警備隊なんてこんなもんかよ!』
『本国からの増援はなしだ! 奴ら、全面戦争にビビって手も足も出せねぇぞ! このまま資源採掘プラントを占拠しろ!』
所属を隠蔽したルーンベイト連合の偽装ゲリラ部隊が、性能で劣る帝国の辺境警備隊を蹂躙し、通信回路で下品な嘲笑を響かせていた。
警備隊の機体が次々と被弾し、防衛線が崩壊しようとした、まさにその時である。
**『——緊急警報! 宙域に大規模な空間跳躍反応!』**
連合軍のオペレーターが悲鳴のような報告を上げた瞬間、戦場の中央に巨大なワープゲートが開き、そこから一隻の巨大な戦闘母艦が姿を現した。
白と金を基調とした、鋭角的で美しいフォルム。傭兵団戦乙女の母艦エインヘリアルである。
『な、なんだあの艦は!? 帝国の増援か!?』
混乱する連合軍の前に、母艦のカタパルトから二つの影が猛烈なスピードで射出された。
『フハハハハハッ!! 辺境のコソ泥ども! 帝国の番犬に代わって、この「黒き死神」が直々にお主らの命を刈り取ってやるわ!!』
宇宙空間に、禍々しい漆黒の魔力を翼のように広げた悪魔の機体『ノワール』と、純白の輝きを放ちながら長槍を構える騎士の機体『スローネ』が降臨する。
『バ、バカな……! あの黒と白の機体……まさか、バルディアの反乱軍十万を一夜で壊滅させたっていう、エインヘリアルの双璧か!?』
『なぜただの傭兵がこんな辺境に!?』
恐怖に顔を引き攣らせる連合のパイロットたちの耳に、背筋が凍るほど冷たく、そして美しい白銀の騎士の声が響いた。
『——我が姫君の優雅なティータイムを邪魔した罪は万死に値します。……さあ、懺悔の時間は終わりです。塵一つ残さず、消え去りなさい!』
帝国の窮地を救うべく、最強の戦乙女たちがついに星間の戦場へとその姿を現した。ルーンベイト連合との血で血を洗う新たな戦端が、今ここに切って落とされたのである。




