第四十四話:血脈の証明と、手のひらの神話
「……未来生まれる愛しき騎士のために、お主ら二人を絶対に死なせはしない『守護者』じゃ」
猛吹雪の雪原に、ローゼリアの力強い宣言が響き渡った。
その言葉を受けた金髪の皇女フリージアは、目を丸くした後、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「面白いことを言う。未来の騎士のため……そして、エーベルヴァインの血を引く者、か。確かに、そなたから感じる魔力の波長は、私と同じ『王家の血』の匂いがする」
「姫様! 騙されてはなりません、このような素性の知れぬ者を信用するなど……!」
銀髪の騎士アンネリーゼが、フリージアを庇うように再び前に出た。
ローゼリアは、改めてそのアンネリーゼの顔をまじまじと見つめた。
(本当に、顔立ちも、その氷のように冷たくて真面目な碧眼も、リアンヌ様と瓜二つじゃ。……しかし、やはり違うところもある)
第一に、髪の色だ。
リアンヌは美しい金髪を揺らしていたが、このアンネリーゼの髪は月明かりを反射するような銀髪である。
そして何より、姓が違う。アンネリーゼは代々皇室に仕える『ヴァルター家』の騎士だと名乗った。対して、リアンヌの姓は『ヴァーミリオン』である。
(リアンヌ様は、没落した貴族の出身だと言っていた。……おそらく、この百年間のどこかでヴァルター家は帝国から離れ、名をヴァーミリオンと改め、傭兵団『エインヘリアル(戦乙女)』へと身を投じることになったのじゃな)
歴史の奔流。その過酷さに思いを馳せつつ、ローゼリアは先ほどのアンネリーゼの戦闘の身のこなしを脳内で再生した。
無駄のない動き、敵の刃を完璧に防ぎ切る鉄壁の防御。
(しかし、戦闘スタイルにも違いがある。アンネリーゼの『盾』の使い方は、完璧だ。敵の攻撃を流し、受け止める技術においては、おそらくリアンヌ様よりも上じゃろう。……だが、攻撃の要である『槍捌き』に関しては、リアンヌ様の足元にも及ばん)
白銀の騎士リアンヌ・ヴァーミリオン。彼女の振るう突撃重槍は、ただ守るためだけでなく、ローゼリアの往く道を切り開く絶対的な『矛』でもあった。アンネリーゼの槍術はあくまで護衛に特化しており、リアンヌのような戦場を支配する圧倒的な突破力はまだ備わっていない。
「ジロジロと……何を見ている」
アンネリーゼが不快そうに眉をひそめる。
「いや。お主の防御技術は見事じゃが、攻撃に転じる際の一瞬のタメが大きい。もう少し踏み込みを深くすれば、より致命的な一撃を放てるぞ、と思っただけじゃ」
「なっ……! 貴様、騎士である私に槍の教えを乞う気か!」
「事実を言ったまでじゃ。……まあ、お主の『子孫』は、その辺りを完璧に克服しておったがな」
ローゼリアがクスリと笑うと、アンネリーゼは顔を真っ赤にして怒ったが、その後ろでフリージアが声を上げて笑った。
「ふふっ、あははは! アンネリーゼの槍筋をたった一度見ただけでそこまで見抜くとは。……ローゼリアとやら。私はそなたを信じよう。この絶望的な逃避行に、そなたのような『守護者』がいてくれるなら心強い」
「姫様!」
「よいのです、アンネリーゼ。私にはわかる。この者の瞳には、決して裏切らぬ『覚悟』がある」
フリージアの言葉に、アンネリーゼは渋々といった様子で槍を鞘に収めた。
(さすがは中興の祖。百年後のフェイト姉上に似て、人の本質を見抜く目に長けておるわ)
ローゼリアは安堵の息を吐き、墜落して黒煙を上げるバハムートのコアブロックを振り返った。
「フリージアよ。追手の増援が来る前に、ここを離れるべきじゃ。……だが、その前に一つだけ、持ち出さねばならんものがある」
「持ち出すもの? あの鉄の塊からか?」
ローゼリアは頷き、雪に足を取られながらバハムートのコアへと戻った。
機体は完全に沈黙し、コックピットの計器類も死に絶えている。しかし、玉座のメインコンソールだけは、微かな予備電力で点滅を続けていた。
ローゼリアは、パイロットスーツの隠しポケットから、六百年前のマルクスの技術班から支給されていた『携帯用情報端末』を取り出した。
そして、それを玉座のインターフェースに物理接続する。
「……バハムート。聞こえるか」
『……システム、音声認識。ローゼリア、ご無事で何よりです』
ノイズ混じりのAIの音声が、玉座から響いた。
「お主の巨体は、時空の狭間に消えた。このコアも、もう二度と飛ぶことはできんじゃろう。……だが、お主の持つ神話の時代の演算能力とデータベースは、この時代を生き抜くために必要不可欠じゃ」
ローゼリアは、端末の画面を操作し、データ移行のコマンドを入力した。
「お主のAIデータのみを、この端末に保存して持ち運ぶ。……妾のサポートをしろ。良いな?」
『……了解しました。時空干渉機関の喪失により、全機能の99%が使用不可ですが、戦術演算および環境データ分析AIとして、引き続き貴女をサポートします。……データ移行、開始』
ピピピッ、という電子音と共に、バハムートの膨大なデータベースと高度なAIが、ローゼリアの手のひらサイズの端末へと吸い出されていく。
マルクスが心血を注いで造り上げた絶帝機は、これで完全に機能停止し、ただの鉄屑となった。
しかし、その『頭脳』は、ローゼリアと共にこの百年後の世界を生きることになったのだ。
『ダウンロード、完了しました。……以後、マスター・ローゼリアの携帯端末として稼働します』
端末の画面に、バハムートの赤い眼を模したアイコンが浮かび上がる。
「大儀じゃ。……これでお主も、今日から妾の『戦乙女』の一員じゃな」
ローゼリアは端末をスーツの内ポケットにしまい込み、フリージアとアンネリーゼの元へと戻った。
「待たせたな。……さあ、行くぞ」
「どこへ行く当てもないがな。反乱軍は帝都を制圧し、我々は追われる身だ」
フリージアが、寒さに震えながら自嘲気味に笑う。
「当てならある。妾の勘と、この『新しい相棒』の演算が正しければ、必ず活路は見出せる」
ローゼリアは、吹雪の向こうを真っ直ぐに見据えた。
魔力は空っぽ。機体もない。あるのは、手のひらに収まる神話のAIと、自身に流れる皇族の血、そして、未来への執念だけ。
「アンネリーゼ。フリージアの右を固めよ。左は妾が守る。……追手が来ようが、雪崩が起きようが、妾が全て叩き潰してやるわ」
「……偉そうに指示を出すな。言われずとも、姫様はお守りする」
反発しながらも、アンネリーゼはフリージアの右側に立ち、警戒の視線を周囲に向けた。
百年前の極寒の雪山。
帝国を追われた皇女フリージア。
忠義の騎士アンネリーゼ・ヴァルター。
そして、未来から漂着した黒き死神ローゼリア。
奇妙な三人の少女たちの、歴史の陰に隠された過酷な逃避行が、ついに始まったのである。




