第三十七話:神話の時代と、量産されるオーパーツ
吹き抜ける風が、黒いフリルがあしらわれたワンピース水着の裾を揺らす。
「……夢、ではないのか」
ローゼリアは、小高い丘の上から見下ろす圧倒的な光景に、言葉を失っていた。
眼下に広がる巨大都市は、現代のどの惑星の首都よりも美しく、そして『異常』だった。
空は、ただの空ではない。都市全体を覆うように、肉眼でもうっすらと確認できるほどの超巨大な防護シールドが展開されている。そのシールドの内側を、無数の飛行船や車のような乗り物が、まるで光の帯のように滑らかに行き交っていた。
それらは推進剤を燃やしている様子もなく、現代では完全にロストテクノロジーとなっている「完全反重力機関」を当たり前のように搭載しているのだ。
「なんじゃ、あの街は……。街灯の一つ一つに至るまで、高純度の魔力結晶が使われておるぞ……」
ローゼリアは、自身の持つ魔力感知能力を広げてみて、さらに愕然とした。
現代では、エインヘリアルのような一流の傭兵団や、各国の軍の主力艦にしか搭載されていないような『超高出力魔力炉』が、そこら辺の民間船や公共施設に、まるで乾電池のような手軽さで組み込まれているのだ。
「フィーネが見たら、泡を吹いて気絶するぞ、この技術のバーゲンセールは……」
現代では全てが失われ、オーパーツとして一部の遺跡から発掘されるだけだった超高度な魔法技術。それが、ここでは「日常」として息づいている。
歴史の教科書で読んだことがある。六百年前、初代皇帝マルクス・エーベルヴァインが宇宙の覇権を握るために立ち上がった建国期。それは同時に、人類の魔法技術が最も極まり、最も栄華を極めた『神話の時代』でもあったと。
その時だった。
ゴォォォォォォォォォォンッ……!!
都市の中心、空に浮かぶ白亜の巨大城『天空宮殿アエテルニタス』の方向から、大気を震わせるような重低音が響いた。
見上げると、宮殿の格納庫らしき区画から、複数の機影が飛び出してくるのが見えた。
それらは、都市の上空をパトロールするように、見事な編隊を組んでこちらへと近づいてくる。
「マギアナイトか……?」
ローゼリアは目を凝らし、そして、信じられないものを見て思わず声を上げた。
「な、なんじゃと……!?」
上空を飛んでいくのは、六機のマギアナイト。
そのうちの四機は、ローゼリアにとって見間違えるはずもない機体だった。
装甲のフォルム、スラスターの配置、武装のマウント位置。すべてが、彼女の愛機と全く同じ。
漆黒の機体、『ノワール』である。
「嘘じゃろ……? ノワールが、四機も……?」
現代において、ノワールは古代遺跡から発掘された唯一無二の機体だ。フィーネがどれだけ頭を抱え、オルトリンデが機体のパーツを犠牲にしてまで修理しなければならなかった、完全に「規格外」のオーパーツ。
それが、まるでただの『量産機』であるかのように、全く同じ機体が四機も連なって飛んでいるのだ。
しかも、衝撃はそれだけではなかった。
「……あ、あの先頭の二機は、なんじゃ……!」
四機のノワールが『護衛』として従っている、先頭の二機。
一機は燃えるような真紅の装甲を持ち、もう一機は黄金に輝く重装甲を纏っていた。
その二機から放たれる魔力の波動は、地上にいるローゼリアの肌をヒリヒリと焼くほどに強烈だった。
間違いなく、機体の基本スペックだけで言えば、あの『ノワール』を遥かに凌駕している。
現代では最強クラス、戦乙女の双璧の片割れとして恐れられるノワールが、この時代では単なる「随伴用の量産型」に過ぎず、それ以上のバケモノじみた機体がゴロゴロと存在しているのだ。
「規格が違うからパーツがない、じゃない……! ここではノワールなんて、量産可能な一般水準の機体だったというのか……!?」
ローゼリアは、足から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
自分の常識が、歴史の彼方に存在した『圧倒的な真実』の前に木端微塵に粉砕されていく。
(どうすればいい……。妾は、とんでもない時代に飛ばされてしまった)
魔力は徐々に回復しつつあるが、この時代で下手に力を振るえば、上空を飛んでいるような超常の機体群が束になって襲いかかってくるだろう。
それに何より。
「……リアンヌ」
ローゼリアは、震える手で自身の両腕を抱きしめた。
水着姿で放り出された肌に、過去の風は少し冷たかった。
つい先程まで、自分を抱きしめ、温めてくれていた絶対の騎士。彼女の手を、自分は離してしまったのだ。
『……見つけましたよ、私の姫君』
岩盤をぶち抜いて現れた、あの怒りに満ちたスローネの姿が目に焼き付いている。
(リアンヌ様、絶対に怒ってる……いや、泣いてるかもしれない。俺が消えちゃって、自分を責めてるに決まってる……!)
六百年という絶望的な時の壁。
オーパーツが空を飛び交う神話の時代で、水着姿のままポツンと取り残された黒き死神。
「……まずは、服を調達せねばならんな、これは」
ローゼリアは、涙目になりながらも、なんとか立ち上がった。
リアンヌの元へ帰る。その絶対の目的を果たすためには、この常識外れの時代で生き延び、元の時代へ戻る方法を見つけ出さなければならないのだから。




