第三十五話:束の間のバカンスと、甘い罠
マフィア連合との激戦と、反政府組織からの接触。
立て続けの騒動を乗り越えたエインヘリアルの一同は、ブリュンヒルデ団長の計らいにより、中立宙域でも有数のリゾート惑星『アズール・コースト』で、数日間の短い休暇を与えられていた。
エメラルドグリーンの海と、抜けるような青空。
海沿いの白い砂浜には、水着姿でバレーボールに興じるフィーネや、パラソルの下で優雅に読書をするオルトリンデの姿がある。
そして、ローゼリアはといえば——。
「ふふふ……最高じゃ」
大きな麦わら帽子に、黒のフリルがあしらわれた可愛らしいワンピース水着。
ローゼリアは、海辺の高級オープンテラスで、色鮮やかなトロピカルジュースを啜りながら、眼福の極みとも言える光景を堪能していた。
「ローゼリア。日焼け止め、ちゃんと塗りましたか? あなたの雪のような肌が赤くなってしまっては大変です」
純白のビキニに、薄手のパレオを巻いたリアンヌが、心配そうにローゼリアの肩を覗き込んでくる。
その圧倒的なプロポーションと、太陽の下で輝く金髪、そして上品な色気に、周囲の観光客(男女問わず)の視線が釘付けになっていた。
(うおおおおおっ!! リアンヌ様の水着姿、破壊力が高すぎる!! 普段の騎士服も燕尾服も最高だけど、露出度が高いとスタイルの良さがエグい! 触れたい! いやでも俺から触りに行くのは恥ずかしすぎる!!)
限界オタクのローゼリアは、表面上はツンとした皇女の表情を保ちながらも、内心で荒狂う煩悩と必死に戦っていた。
「だ、大丈夫じゃ! パラソルの下におるし、妾の魔力で微弱な紫外線カットシールドを張っておるからな!」
「魔力の無駄遣いですよ、もう……。でも、あなたが楽しそうなら良かったです」
リアンヌはクスリと笑うと、「少し、冷たい飲み物のおかわりをもらってきますね」と言って、テラスの奥へと歩いていった。
リアンヌの後ろ姿を見送りながら、ローゼリアはコソコソと周囲を見回した。
(よし、今だ……!)
実はローゼリアには、この休暇中にどうしてもやりたいことがあった。
それは、リアンヌへの『サプライズ・プレゼント』を買うこと。
いつも自分を守ってくれる彼女に、日頃の感謝(と、あわよくばお揃いのアクセサリーをつけてイチャイチャしたいという下心)を込めて、この星の特産品である「星泣き石のペンダント」をこっそり買おうと企んでいたのだ。
「リアンヌが戻ってくる前に、裏通りの宝石店に行ってサッと買ってこよう!」
ローゼリアは、リアンヌに内緒でテラス席を抜け出し、海辺のメインストリートから一本外れた、少し薄暗い裏路地へと足を踏み入れた。
——それが、すべての間違いだった。
「……探しましたよ、ローゼリア様」
「ん?」
ローゼリアが足を止めた瞬間、路地の前後から、黒ずくめのコートを着た数人の男たちが音もなく現れた。
見覚えのある顔だ。先日、エインヘリアルにやってきた『新帝国解放戦線』のバルディアの部下たちである。
「お主ら……しつこい奴らじゃな。妾は貴様らの神輿になる気はないと言ったはずじゃぞ」
ローゼリアは、不機嫌そうに目を細め、指先に魔力を集めようとした。こんな下っ端ども、威嚇の魔法一発で追い払える。
しかし。
「なっ……!?」
魔力が、練れない。
体内の魔力回路が、泥でも詰まったかのように重く、ピクリとも反応しないのだ。
「無駄です。この路地には、あらかじめ特殊な『魔力阻害ガス』を散布しております」
男の一人が、冷たい声で告げた。
(魔力阻害ガスじゃと!? そんな高度な技術、帝国の反政府組織風情が持っているはずが……!)
ローゼリアは、彼らの背後に『別の巨大な組織の影』を直感した。
ガルムか、それとも他のマフィアか。この男たちは、自分たちの野心のために、知らず知らずのうちに裏社会の巨大な悪意に利用されているのだ。
「り、リアンヌ——ッ!」
ローゼリアが声を上げようとした瞬間、背後から音もなく近づいていた男が、特殊な睡眠薬を染み込ませた布で彼女の口と鼻を強く塞いだ。
「むぐっ……! んんっ……!!」
(しまっ……体が、動か、な……い……)
強烈な睡魔が、一瞬にしてローゼリアの意識を刈り取る。
抵抗する間もなく、黒き死神の小さな体は、反政府組織の男たちの腕の中へと崩れ落ちた。
「確保完了。……速やかに『古代遺跡』へ運べ。あの化け物騎士が気づく前に」
男たちは、ローゼリアを布で包み込むと、路地に停めてあった偽装車両へと乗り込み、瞬く間に姿を消した。
数分後。
冷たい飲み物を持ってテラス席に戻ってきたリアンヌが、もぬけの殻になった席と、床に落ちていたローゼリアの麦わら帽子を見て、その碧眼を絶対零度の殺気で染め上げるのは、言うまでもないことであった。




