第三十四話:二ヶ月の平穏と、忍び寄る野心の影
巨大マフィア『ガルム』をはじめとする裏社会の勢力による、銀河を巻き込む大抗争の危機。
それがローゼリアとリアンヌというたった二機の『戦乙女の双璧』によって文字通り粉砕されてから、早くも二ヶ月の月日が流れていた。
エインヘリアル母艦は、各宙域での小規模な海賊退治や護衛任務をこなしながら、比較的穏やかな日々を送っていた。
「……ふむ。今日の紅茶は、少し香りが深いのう。リアンヌが淹れたのか?」
「ええ。中立ステーションの市場で、少し珍しい茶葉を見つけましたので」
エインヘリアルのカフェテリア。
ローゼリアは、優雅にティーカップを傾けながら、向かいに座るリアンヌへ嬉しそうに微笑んだ。
あの大激戦の後、二人の関係はより一層(物理的にも精神的にも)密接なものとなっていた。
爆発したローゼリアの自室はとっくに修理が完了していたが、ローゼリアが「まだ塗料の匂いがキツくて眠れん!」と謎の言い訳を駆使し、リアンヌも「ローゼリアがそう言うなら仕方ありませんね」と満更でもない様子で受け入れたため、未だに二人は同室での生活を続けている。
(ふふふ……! 毎晩リアンヌ様と同じベッドで眠り、毎朝リアンヌ様の淹れた紅茶を飲む。ここは天国か? いや、間違いなく天国だな!!)
表面上は高貴な皇女を装いつつ、内心では相変わらず限界オタクとして歓喜の舞を踊るローゼリア。
先の戦闘で背負った「命の重さ」という十字架は、決して消えることはない。しかし、リアンヌと半分こにして背負うと決めたことで、彼女の心は以前よりもずっと前向きに、そして強靭になっていた。
「おい、お前ら。朝っぱらからイチャイチャしてるところ悪いが、団長がお呼びだぞ」
そこへ、データパッドを持った三女のオルトリンデがやってきて、呆れたように眼鏡を押し上げた。
「団長が? 新たな任務か?」
「いや……『客』が来てる。しかも、あんたに関係する面倒な連中だよ、ローゼリア」
「妾に?」
ローゼリアが首を傾げると、オルトリンデはパッドの画面を二人に向けた。
「——エーベルヴァイン帝国の、『反政府組織』の使者だよ」
エインヘリアルの応接室。
そこには、旧帝国軍の軍服を黒く染め直したような、仰々しい制服に身を包んだ初老の男が立っていた。
ブリュンヒルデ団長とオルトリンデが同席する中、ローゼリアとリアンヌが部屋に入ると、男は恭しく、大げさなほど深々と頭を下げた。
「おお……! お久しゅうございます、ローゼリア皇女殿下! かつて帝国近衛師団に所属しておりました、バルディアと申します! この度はお目通りいただき、至極光栄に存じます!」
「……誰じゃ、お主は」
ローゼリアは、興味なさそうにソファに腰を下ろし、冷たい視線を男に向けた。後ろには、リアンヌが衛兵のようにピタリと寄り添って立っている。
「はっ。私は現在、弱腰なフェイト殿下の統治を良しとせず、真に力強きエーベルヴァイン帝国の復活を掲げる『新帝国解放戦線』の代表を務めております」
バルディアと名乗った男は、熱を帯びた目でローゼリアを見つめた。
「二ヶ月前の、マフィア共の襲撃。あの時、あの焼け野原の帝都を救ったのはフェイト殿下ではなく、他ならぬローゼリア様でした! あの圧倒的な魔力、そして敵を瞬時に消し去る無慈悲な力! それこそが、我ら帝国臣民が求めている『絶対的な力』なのです!」
「……それで?」
ローゼリアの声は、どこまでも平坦だった。
「どうか、我々の『旗頭』となっていただきたいのです!」
バルディアは、身を乗り出して叫んだ。
「我々はすでに、帝国内部に呼応する多数の軍閥を味方につけております! ローゼリア様が『真の帝位継承者』として反旗を翻せば、帝国軍の半数は即座にこちらへ寝返るでしょう! あのフェイト殿下を引きずり下ろし、ローゼリア様を頂点とする新たな絶対帝国を築き上げるのです!」
男の言葉に、ブリュンヒルデ団長が「やれやれ」と小さく息を吐いた。
要するに、ローゼリアの圧倒的な武力と「元皇女」という大義名分を利用して、帝国の実権を握ろうという薄汚い野心だ。
(……馬鹿馬鹿しい)
ローゼリアの内心は、冷え切っていた。
以前の彼女なら、「面倒くさい」「フェイト姉上に任せてある」と一蹴して終わっていただろう。しかし、今のローゼリアは、この手の野心家たちが何を招くかを、身を以て知っていた。
「……バルディアとやら」
ローゼリアの周囲の空気が、ビリッと微かに震えた。
殺気ではない。ただそこに存在するだけで周囲を圧倒する、本物の『覇気』。
「お主らが反乱を起こせば、どれほどの血が流れるか、分かっておるのか」
「は……? いえ、もちろん多少の犠牲は伴いますが、それは偉大なる帝国再興のための尊い礎であり——」
「黙れ」
冷徹な一言が、応接室の空気を凍りつかせた。
「尊い礎じゃと? 笑わせるな。貴様らが安全な後方で絵図を描いている間、最前線で肉片となって散っていくのは、今日を必死に生きようとしている名もなき兵士たちじゃ。……他人の命を駒としか思わぬ薄汚い野心など、妾の前に持ち出すな」
「ロ、ローゼリア様……! しかし、フェイト殿下の生温い統治では、いずれまた他国やマフィアに付け込まれます! 帝国の民は、あなたの力を欲しているのです!」
食い下がるバルディア。
しかし、その男の前に、白銀の騎士がスッと立ち塞がった。
「お下がりなさい」
リアンヌの碧眼が、刃のように鋭くバルディアを射抜く。
「私の姫君の言葉が聞こえませんでしたか? 彼女の力は、明日を生きる者たちを守るためのもの。あなた方のような、自らの私欲のために戦火を広げようとする輩に貸す力も、大義名分もありません。……これ以上、無礼な言葉を並べるというなら、私があなたを宇宙空間に放り出しますよ」
リアンヌの放つ静かな、しかし確実な威圧感に、バルディアはヒッと喉の奥で悲鳴を上げ、数歩後ずさった。
「お、愚かな……! 覇道を歩む機会を自ら手放すなど! いつか必ず後悔することになりますぞ!」
バルディアは捨て台詞を吐くと、逃げるように応接室を後にした。
「……ふん。不愉快なハエじゃったな」
ローゼリアは、ソファに深く寄りかかり、ため息をついた。
「立派だったよ、ローゼリア」
ブリュンヒルデが、感心したようにローゼリアを見た。
「あんな連中、昔のあんたなら話も聞かずに魔導砲で船ごと消し飛ばしてたところだ。……ちゃんと『為政者』みたいな顔で、言葉で突っぱねるとはね」
「団長、妾をなんだと思っておる。妾はもう、無闇に力は振るわん。……それに」
ローゼリアは、隣に立つリアンヌを見上げて、フッと柔らかく微笑んだ。
「妾には、剣の使い所を間違えぬように導いてくれる、優秀な騎士がついておるからな」
「もったいないお言葉です、ローゼリア」
リアンヌもまた、誇らしげに微笑み返した。
帝国の反政府組織という、新たな火種の接触。
彼らがこのまま大人しく引き下がるとは到底思えなかった。フェイトの統治を揺るがす反乱の影は、確実に銀河の片隅で膨らみつつある。
しかし、黒き死神と白銀の騎士に、迷いはなかった。
誰の野心にも利用されない。ただ、自分たちの信じるものを守るために。
双璧の新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。




