第三十三話:白銀の誓いと、二人で背負う十字架
逃げ出したローゼリアがたどり着いたのは、ステーションの最下層にある薄暗い資材置き場だった。
ひんやりとした金属の床に膝を抱えて座り込み、ローゼリアは声を出さずに泣き続けた。
(俺のバカ野郎。何が天才皇女だ。何が無敵の死神だ……!)
頭の中で、ドックで見た凄惨な光景が何度もフラッシュバックする。
黒焦げになった機体、泣き叫ぶ傭兵たち、そして、血に染まったジンの笑顔。
自分の力が及ばなかったという事実よりも、自分の『心の隙』が招いた結果であることが、何よりローゼリアを苦しめていた。
「……ここにいましたか」
どれくらいそうしていただろうか。
不意に、静かな足音が近づいてきた。振り返らなくてもわかる、その清廉で甘い花の香り。
リアンヌだ。
彼女は、煤で汚れたパイロットスーツのまま、床にうずくまるローゼリアの隣に静かに膝をついた。そして、自動販売機で見つけてきたらしい、温かい缶のココアをそっとローゼリアの頬に押し当てた。
「ひゃっ……」
「少し、冷えていますよ。飲みますか?」
「……いらん」
ローゼリアは、膝に顔を埋めたまま首を振った。
「……妾の顔を、見ないでくれ。こんな無様で、情けない顔……リアンヌにだけは見られたくない」
「どうしてですか?」
「妾は……戦乙女の双璧なんじゃろ? 最強の死神なんじゃろ? なのに、誰も守れなかった! 自分のくだらない浮ついた気持ちのせいで時間を無駄にして、気づいた時には、あんなにたくさんの人が死んでおった……!」
ローゼリアの小さな肩が、激しく震える。
「妾が遅れたせいで! リアンヌも万全ではなく、妾もあんな継ぎ接ぎだらけの機体で戦う羽目になって、全力を出せず……全部妾のせい……っ!」
そこまで吐き出した時。
リアンヌの温かく力強い腕が、ローゼリアの身体をすっぽりと包み込んだ。
背中から抱きしめられ、冷え切っていたローゼリアの身体に、リアンヌの規則正しい鼓動と体温が流れ込んでくる。
「……っ」
「ローゼリア。あなたは、勘違いをしています」
リアンヌの声は、どこまでも優しく、そして厳かだった。
「私たちは、神様ではありません。銀河中のすべての悲しみを未然に防ぎ、すべての命を救うことなど、誰にもできないのです」
「でも……っ!」
「悲しいですか? 悔しいですか? 自分の驕りが、歯痒いですか?」
リアンヌの手が、ローゼリアの金髪をゆっくりと、慈しむように撫でる。
「……ええ、私も同じです。私も、盾を構えながら、撃ち落とされていく傭兵たちの命を数えていました。私にもっと力があればと、何度も自分を呪いました」
リアンヌは、ローゼリアの耳元で静かに囁いた。
「でも、ローゼリア。その『罪悪感』を、忘れないでください。他人の死を悼み、自分の未熟さを悔いることができる……その優しい心こそが、あなたがただの傲慢な殺戮兵器ではなく、誇り高き『人間』である証なのですから」
(————リアンヌ……)
ローゼリアは、リアンヌの腕の中で、堰を切ったように大粒の涙をこぼした。
帝国で冷酷な皇女として生きることを強いられ、圧倒的な力を振るうことだけを求められてきた彼女にとって、自分の『弱さ』や『人間らしさ』を肯定してくれる存在は、リアンヌだけだった。
「それに、あなたは一人ではありません」
リアンヌは、ローゼリアの身体をそっと自分の方へ向けさせ、その真っ赤に腫らした目を見つめた。
碧眼には、揺るぎない絶対の忠誠と、海のように深い愛情が宿っている。
「私がいます。あなたの足りない部分は、私が埋めます。あなたがすべてを救えないのなら、こぼれ落ちそうな命は、私がこの盾で拾い集めます。……私たちは『双璧』なのですから」
「リアンヌ……っ」
「だから、顔を上げてください、私の姫君。あなたが泣いていると、私の心まで悲しみで満たされてしまいます。……この十字架は、二人で背負いましょう」
リアンヌは、ローゼリアの頬に流れる涙を、自身の親指でそっと拭った。
その指先の温もりに、ローゼリアの心の奥底にこびりついていた冷たく重い泥が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
(……そうだ。俺には、この人がいる。俺の弱さを全部受け止めて、一緒に背負ってくれる、最高の騎士が)
ローゼリアは、しゃくりあげながらも、リアンヌの胸にギュッと顔を埋めた。
「……リアンヌ」
「はい」
「……約束、してくれ」
「何をでしょう?」
「もう二度と、あんな無茶はしないと。妾の盾だからといって、自分の命を粗末にしないと。……お主が死んだら、妾は本当に、生きていけない……っ」
ローゼリアの懇願に、リアンヌはクスリと優しく笑った。
「ふふ、分かりました。約束します。……その代わり、あなたも私に約束してください」
「ん……?」
「どんなに重い後悔も、私と半分こにして背負うこと。一人で抱え込まないこと。……良いですね?」
「……うむ。約束する」
二人は、薄暗い資材置き場で、互いの温もりを確かめ合うように、長い間抱きしめ合っていた。
悲しみが完全に消えたわけではない。失われた命の重さは、これからも彼女たちの背中にのしかかり続けるだろう。
しかし、一人で潰されそうになっていたローゼリアの心は、リアンヌという強固な支柱を得て、再び前を向く力を取り戻していた。
「……さあ、戻りましょう。団長たちが、エインヘリアルで待っていますよ」
「うむ……少し、目が腫れてしまったが」
ローゼリアが袖でゴシゴシと目を擦ると、リアンヌは微笑んで、彼女の手を引いて立ち上がった。
繋がれた手のひらから伝わる熱が、ローゼリアに『次』への闘志を呼び覚ます。
(もう、自分勝手な理由で力は振るわない。……この魔力は、リアンヌと一緒に、明日を生きる者たちを守るために使う!)
少しだけ大人になった黒き死神は、白銀の騎士と共に、仲間たちが待つ母艦へと歩き出した。
その歩みは、以前よりもずっと力強く、迷いがなかった。




