第三十二話:戦場の残骸と、死神の罪悪感
宇宙は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
先ほどまで、あんなにも眩い閃光が飛び交い、鼓膜を破るような爆音が全周波数帯域を埋め尽くしていたというのに。四つの勢力が入り乱れた狂宴が去った後の暗礁宙域には、ただ無数の残骸と、凍りついた鉄の墓標が漂っているだけだった。
『……ローゼリア。生存者の救助を手伝いましょう』
『……うむ』
リアンヌの静かな通信に、ローゼリアは短く応じた。
継ぎ接ぎになった漆黒の『ノワール』と、純白の『スローネ』は、戦闘を終えたその足で、宙域に散らばる傭兵たちの脱出ポッドや、大破して動けなくなった機体の回収作業にあたっていた。
ノワールの巨大なマニピュレーターで、宇宙空間に漂う小さな脱出ポッドを、卵を扱うように慎重に拾い上げる。
センサー越しに伝わってくるバイタルサインは、どれも弱々しい。中には、完全に反応が消失しているもの——つまり、すでに命を落としているポッドも無数にあった。
(……軽い)
魔導砲を撃ち放つ時には感じなかった「命の重さ」が、今は恐ろしいほどに軽く、そして冷たく感じられた。
防衛ステーションの着艦デッキにポッドを下ろすと、待機していた医療班が血相を変えて駆け寄ってくる。
ローゼリアも機体を降り、パイロットスーツのままドックでの救助作業に加わった。普段なら「泥臭い作業など皇女たる妾のやることではない」とふんぞり返るところだが、今はそんな軽口を叩く気には到底なれなかった。
「おい、しっかりしろ! 目を開けろ!」
「いやだ、団長! 団長ォォォッ!」
ドック内は、地獄さながらの惨状だった。
ローゼリアが運び込んだポッドのハッチがこじ開けられ、中から血まみれの傭兵たちが引きずり出されていく。
中堅傭兵団『アーカイブ』の生き残りたちは、半分黒焦げになった仲間の遺体にすがりついて泣き叫んでいた。彼らの部隊は、フェニックス艦隊の集中砲火を浴びて九割が消滅したのだ。
さらにその奥では、歴戦の傭兵団『北風』のエンブレムをつけた数少ない非戦闘員たちが、全滅という悲報を聞き、力なくその場に崩れ落ちている。
「そっちのポッド、どうだ!?」
「駄目です……! 貫通弾を浴びてて、中のパイロットは……っ!」
救急キットを持ったエイミーが、顔を覆って泣き崩れる。
その光景を目の当たりにしたローゼリアの足が、ガクンと震えた。
(……妾が。妾がもっと早く、ガルムの囮作戦を見抜いていれば)
ローゼリアの胸の奥から、ドス黒い罪悪感と後ろめたさが込み上げてきた。
カジノでの潜入任務。リアンヌとのドレスアップデートに浮かれ、敵の罠に嵌められ、警察の拘束室で無駄な時間を過ごした。あの時、自分が「デートを邪魔された」などという個人的な怒りに振り回されず、もっと冷静に戦局を判断して動いていれば。
「……ッ」
ローゼリアは、血で汚れた自身の手のひらを見つめた。
規格外の魔力。無敵の機体。自分はなんでもできると、心のどこかで驕っていた。
だが現実はどうだ。自分が甘い休日を満喫し、拘束室で文句を垂れている間に、彼らは絶望的な戦力差の中で、血を吐きながらステーションを守り続けていたのだ。
(俺のせいで……俺がちんたらしてたせいで、こんなにたくさんの人が死んだんだ……!)
無尽蔵の魔力があっても、失われた命は一つとして元には戻らない。
圧倒的な敗北感と、取り返しのつかない罪の意識が、ローゼリアの心臓を鷲掴みにした。
「……姉御」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、頭に包帯を巻き、右腕を骨折して固定したジンが立っていた。彼のパイロットスーツもボロボロで、煤と仲間の血に塗れている。
「ジン……」
「手伝ってくれて、ありがとう。……あんたたちが来てくれなかったら、ステーションは落ちてた。俺たちもみんな、死んでたよ」
ジンは、力なく笑いながら、深く頭を下げた。
しかし、その感謝の言葉は、今のローゼリアにとっては鋭い刃となって心を抉った。
「よすんじゃ、ジン……! 妾に、礼など言うな……!」
「え……?」
「妾は……何も守れなかった! お主らの仲間を、こんなに死なせてしまった! 遅すぎたのじゃ!」
ローゼリアは、後ずさりしながら首を横に振った。
「妾がもっと早く来ていれば! 自分の私怨なんかに振り回されずに、ちゃんと戦っていれば……北風の連中も、アーカイブの連中も、死なずに済んだのに……っ!」
「姉御、それは違う……俺たちは傭兵だ。誰のせいでもない、自分たちで戦って……」
「違う!! 全部妾のせいじゃ!!」
ローゼリアは、ジンの慰めの言葉を遮り、両手で顔を覆った。
感謝される資格などない。自分はただの、傲慢で能天気な偽物の英雄だ。
「……妾の顔を、見ないでくれ」
これ以上、遺体と泣き声が溢れるこの場所にいることに耐えられなかった。
ローゼリアは、ジンの制止を振り切り、薄暗いステーションの通路へと逃げるように駆け出した。
後には、悲惨な残骸と、拭いきれない死の匂いだけが残されていた。
無敵を誇った黒き死神は、初めてその背に『救えなかった命の重さ』を背負い、ただ一人、暗闇の中で打ちひしがれるのだった。




