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第三十一話:狂宴の終幕と、残された爪痕

四つ巴の大乱戦と化した暗礁宙域。

しかし、その戦局は、動かざる『黒き死神』と、それを護る『白銀の騎士』というたった二機の戦乙女によって、完全に支配されつつあった。

ズガァァァァァンッ!!

ノワールの魔導砲が放たれるたびに、巨大な戦艦が消し飛び、スローネの槍が閃くたびに、エース級のカスタム機が両断されていく。

オルトリンデのセンサーユニットによる百発百中の砲撃と、リアンヌの鉄壁の防御。この理不尽な双璧のコンビネーションを前に、マフィアたちの艦隊はただひたすらに数を減らしていくしかなかった。

「……アハハッ、冗談じゃないよ! なんだいあのバケモノどもは!!」

真紅のマギアナイト『レッドグリーズ』のコックピットで、ガルムの第三の首・ラライアは、ギリリと歯を噛み鳴らした。

彼女の愛機は、先ほどスローネの槍の斬撃を間一髪で躱したものの、その余波だけで装甲の一部が剥がれ落ち、推進器が不調を起こす『小破』状態に陥っていた。

周囲のセンサーを見渡せば、ガルムが誇っていた大艦隊はすでに見る影もない。

作戦開始時に宇宙を埋め尽くしていたガルムの戦力は、エインヘリアルの双璧と、乱入してきた他マフィアとの削り合いにより、すでに八割が宇宙のチリと化していたのだ。

「アッシュとレゲスが瞬殺されるわけだね……! チッ、これ以上あんな規格外の化け物と付き合ってたら、こっちの命がいくつあっても足りないよ!」

ラライアは、狂気の奥にある狡猾な生存本能を働かせた。

これ以上の戦闘は無意味だ。彼女は即座に、生き残ったわずかな残存兵力に撤退の信号を送る。

『——今日のところは、このくらいにしておいてやるよ! 覚えてな、エインヘリアルの戦乙女ども! 次に会った時は、その綺麗な顔をミンチにしてやるからねェッ!』

全周波数に負け惜しみの遠吠えを残し、ラライアの『レッドグリーズ』とガルムの残存艦隊は、早々にワープ空間へと逃げ込んでいった。

「ああっ! 逃げる気か、この負け犬め! 待てェッ!」

ローゼリアが砲身を向けようとしたが、乱戦の最中であり、ワープ軌道に入る機体を正確に狙撃するのはオルトリンデのセンサーをもってしても困難だった。

さらに、ガルムが撤退したことで、戦場のヘイトは残された二つの巨大マフィアへと集中することになった。

『おのれ……! ガルムの小娘め、尻尾を巻いて逃げおったか!』

フェニックスの首領・ユンカースが駆る、重装甲マギアナイト『サンダース』が怒りの咆哮を上げる。

だが、彼らに怒っている余裕などなかった。ノワールの魔導砲と、ステーションを防衛する傭兵たちの集中砲火を浴び、フェニックスの部隊は壊滅的な打撃を受けていた。

『ユ、ユンカース様! 本隊の**マギアナイト部隊、全滅! 旗艦も推進部とメインジェネレーターをやられ、大破です! これ以上の戦闘は——』

『ええい、黙れ! 撤退だ! 総員、死にものぐるいで逃げ延びろ!』

強固な雷の魔力装甲を誇っていた『サンダース』も、リアンヌのスローネによる一撃で両腕とメインカメラを破壊され、完全に大破。這々の体で戦域から離脱していく。

一方、優雅に漁夫の利を狙っていた『銀楼』も、悲惨な結末を迎えていた。

『嘘でしょう……? わたくしたちの美しい艦隊が、こんな泥だらけの傭兵どもと、たった二機のマギアナイトに……!』

銀楼の女ボス・ユズキは、自身の豪奢な専用マギアナイト『雪月花』のコックピットで絶望に打ち震えていた。

『雪月花』は、ローゼリアの魔導砲の掠り弾を受けただけで右半身が蒸発し、大破。

艦隊の旗艦も大破し、自慢のマギアナイト部隊もすでに七割を喪失している。

『……退きなさい! ここは泥沼です、これ以上関わっては銀楼そのものが終わります!』

ユズキの悲痛な叫びと共に、銀楼の残存部隊もまた、這うようにして暗礁宙域から逃げ去っていった。

「……敵艦隊の全ワープ反応、ロスト。……戦域から、敵性反応が消滅しました」

エインヘリアルのブリッジからの通信が響き、宇宙空間に不気味なほどの静寂が訪れた。

「……ふう。ようやく、ハエどもが片付いたか」

ローゼリアは、継ぎ接ぎになったノワールのコックピットで、深く、長く息を吐き出した。

緊張の糸が切れ、オルトリンデから移植した緑色の冷却ユニットが、シューッと白い排熱の蒸気を吹き上げる。

『ローゼリア。……怪我は?』

純白の装甲を煤で汚したスローネが、ゆっくりとノワールの傍らに寄り添ってきた。

「問題ない。お主が完璧に護ってくれたからな。……リアンヌ、大儀であった」

『はい。あなたこそ、見事な砲撃でした。これで、ガルムの野望も完全に潰えましたね』

二人は通信越しに、互いの無事を確かめ合うように微笑んだ。

だが、戦いの熱狂が冷め、周囲の状況が明確になるにつれ、ローゼリアの表情は徐々に険しいものへと変わっていった。

(勝った。……いや、追い払っただけだ。それに——)

ローゼリアがモニター越しに見つめる先。

そこには、マフィアたちを退けたとはいえ、決して「勝利」とは呼べない凄惨な光景が広がっていた。

ステーションの防衛ラインに陣取っていた傭兵ギルド連合。

彼らの被害は、想像を絶するものだった。

中堅傭兵団『アーカイブ』。

ステーションの右翼を守っていた彼らは、フェニックスの艦隊の集中砲火を浴び、旗艦が轟沈。所属していたマギアナイトの九割が宇宙のチリとなって喪失し、事実上の壊滅状態だった。

ステーションの左翼を守っていた、歴戦の傭兵団『北風』。

彼らはラライアの『レッドグリーズ』の狂気的な突撃を真っ向から受けてしまい、旗艦が轟沈。マギアナイト部隊は一機残らず完全壊滅という、最も悲惨な結末を迎えていた。

そして、ジンが所属する『アイアン・ブルズ』。

ジンや団長の必死の奮闘、そしてローゼリアたちの援護が間に合ったことで全滅こそ免れたものの、それでも戦艦一隻が轟沈。部隊の要であったマギアナイトも二割を喪失していた。

『……生存者の救助を急げ! 弾切れの機体はステーションへ! まだ間に合う命があるはずだ!』

通信機からは、アイアン・ブルズの団長の血を吐くような声と、エイミーたち整備班の悲鳴にも似た指示が飛び交っている。

「……これが、戦争」

ローゼリアは、唇を強く噛み締めた。

自分がどれほど強大な魔力を持っていようと、リアンヌがどれほど無敵の盾であろうと。

戦場が広がりすぎれば、すべての命を救うことなどできない。自分たちがたった数分、到着が遅れただけで、これだけの命が理不尽に消え去ってしまったのだ。

『ローゼリア……』

リアンヌの、痛みを分かち合うような静かな声が響く。

「……リアンヌ、妾は……」

ローゼリアの言葉は、そこで途切れた。

デートを邪魔された私怨で暴れ回った自分が、いかに能天気だったかを思い知らされるような、圧倒的な現実の重み。

四つの勢力が入り乱れた狂宴は終わった。

しかし、この宙域に残されたのは、深い傷跡と、決して戻らない命、そして、生き残った者たちの咽び泣く声だけだった。

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