第三十話:ハイエナたちの狂宴と、四つ巴の大乱戦
「残る犬の首は、お前一つじゃ。……妾とリアンヌのデートを邪魔した罪、その身をもってたっぷりと味わわせてやるわ!」
漆黒の『ノワール』から放たれる圧倒的な魔力のプレッシャーに、狂気を孕んでいたラライアの真紅の機体が、ほんのわずかに後ずさった。
アッシュとレゲスを一瞬で葬り去ったという報告は受けていたが、実際に相対する『黒き死神』の底知れぬ威圧感は、ラライアの本能に警鐘を鳴らしていた。
「ア、アハハッ! 面白いじゃないか! デートの恨み? そんな下らない理由で、このアタシを——」
ラライアが残された予備の武装を展開し、突撃を仕掛けようとした、その瞬間。
『——警告。大規模なワープ反応を多数探知。……所属不明の艦隊が、全方位から接近中!』
エインヘリアルの管制システムから、緊急を知らせるアラートが鳴り響いた。
「なんじゃと!?」
ローゼリアがセンサーに目をやると、ギルド防衛ステーションを取り囲む宙域のあちこちで、空間が激しく歪み始めていた。
ズンッ! ズズンッ! と、次々にワープアウトしてくる巨大な戦艦群と、無数のマギアナイト部隊。
しかし、それらはガルムの『三つ首の犬』の紋章を掲げていなかった。
現れたのは、燃え盛る不死鳥のエンブレムを刻んだ赤銅色の艦隊。
そして、豪奢な東洋風の装飾が施された、銀の狼の紋章を掲げる純白の艦隊。
『ロ、ローゼリア姉御! あれは……! 銀河の裏社会を三分する他の巨大マフィア、『フェニックス』と『銀楼』の艦隊だ!』
後方に退避していたジンが、通信越しに悲鳴のような声を上げた。
「他のマフィアじゃと!? なぜこんな所に!」
その答えは、すぐに全周波数帯域に流された傲慢な通信によって明らかになった。
『——ガルムの第一、第二の首が落ちたという噂は本当だったようだな。隙だらけだぞ、ラライア』
炎の紋章を掲げるフェニックスの旗艦から、野太い男の声が響く。
『この暗礁宙域のシマも、連合のギルドも、弱体化したガルムの資産も……すべて我らフェニックスが頂く!』
『おっと、抜け駆けは許しませんよ。ここは我々『銀楼』の傘下に収めるのが最も美しい。ガルムの残党も、傭兵どもも、まとめて掃除してさしあげましょう』
銀の艦隊からは、扇子で口元を隠した妖艶な女の声が響く。
「な、舐めんじゃないよォッ!! アタシの獲物を横取りする気かい、この泥棒猫ども!!」
ラライアが激怒し、フェニックスの艦隊に向けて真紅の機体からビームを乱射し始めた。
フェニックスの部隊も即座に応戦し、さらにそこへ銀楼のマギアナイト部隊が横槍を入れる。当然、彼らはステーションを防衛する傭兵ギルドやローゼリアたちにも容赦なく砲火を浴びせてきた。
「なんじゃこの状況は!!」
ローゼリアは、コックピットの中で思わず叫んだ。
ガルム、フェニックス、銀楼、そして防衛側の傭兵団連合、宇宙空間は一瞬にして、誰が味方で誰が敵かも分からない、四つの勢力が入り乱れる地獄のような『カオス』へと変貌したのだ。
火線が網の目のように交差する。
ガルムの艦がフェニックスのミサイルで沈み、銀楼のマギアナイトがガルムのカスタム機を背後から斬り捨て、その直後にステーションの防衛砲火で吹き飛ばされる。完全に統制を失った大乱戦である。
『……ローゼリア。どうやら、ガルムが致命傷を負った隙を突いて、他のマフィアたちがハイエナのように群がってきたようですね』
リアンヌの『スローネ』が、ノワールの背中を守るように盾を構えながら、冷静に状況を分析する。
「ええい、鬱陶しい!! どいつもこいつも、人の気も知らずにワラワラと湧いて出おって!」
ローゼリアの怒りのボルテージが、再び限界を突破した。
デートを台無しにされた怒り(ガルムへの恨み)に加えて、その「お掃除」すら邪魔をしてくる新たな悪党どもへのイライラが爆発したのだ。
「ジン! アイアン・ブルズの連中と一緒に、ステーションの絶対防衛ラインだけは死守せよ! 近づく敵はどの陣営だろうと撃ち落とせ!」
『り、了解! みんな、ステーションを盾にして円陣を組むんだ!』
ジンたちが必死に防衛ラインを再構築する中、ローゼリアは継ぎ接ぎの左肩——オルトリンデから移植した緑色のセンサーユニットを起動させた。
「リアンヌ! 妾は変形できない分、動かずにここから固定砲台になる! 妾の死角に近づくハエどもは……」
『ええ。一匹残らず、私の槍で叩き落とします』
リアンヌの頼もしい返答とともに、ノワールの機体下部から長距離魔導砲が展開される。
「さて……まずはどこのどいつから宇宙のチリになりたいか、前に出ろォッ!!」
『システム・オンライン。目標、フェニックス旗艦。距離三万。……ロックオン』
オルトリンデの高精度センサーが、乱戦の彼方にいるフェニックスの巨大戦艦を寸分の狂いもなく捕捉した。
強力な冷却ユニットが、魔導砲に注ぎ込まれるローゼリアの莫大な魔力を安定して制御する。
ズドォォォォォォォンッ!!!!
一条の赤黒い閃光が、四つ巴の戦場を真っ二つに切り裂いた。
味方ごと敵を巻き込もうとしていたフェニックスの旗艦が、シールドを展開する間もなく、ブリッジを正確に貫かれて大爆発を起こす。
『なっ!? 旗艦が!? あの距離から正確に狙い撃っただと!?』
フェニックスの部隊がパニックに陥る。
「次は銀楼のおしゃべりな旗艦じゃ!!」
ローゼリアは間髪入れずに砲身を旋回させ、次弾を放つ。
凄まじい反動を、機体のスラスターとリアンヌのスローネが背後から支え込む。
ズガァァァァァァァンッ!!!!
今度は、銀楼の旗艦が推進部を撃ち抜かれ、機能を停止してデブリの海へと沈んでいった。
『ひぃっ!? な、何なのあの化け物は! マフィア同士の抗争だっていうのに、あんな規格外の砲撃がバンバン飛んでくるなんて聞いてないわよ!!』
『全機、あの黒と白の機体を狙え! あれを落とさないと全滅するぞ!』
ガルム、フェニックス、銀楼の三マフィアが、ようやく「今一番ヤバい敵」が誰であるかを理解し、一時的に矛先をノワールとスローネの双璧に向けた。
四方八方から、三つの勢力の無数のマギアナイトが、津波のようにローゼリアたちへと殺到してくる。
「ハハハハハッ! 来るが良いわ! 何万機来ようが、まとめて吹き飛ばしてくれる!!」
ローゼリアは狂ったように笑いながら、魔導砲のトリガーを引き続けた。オルトリンデの『目』がある限り、彼女の砲撃は一発の無駄もなく、敵のエース機や重装甲艦を次々とピンポイントで消滅させていく。
だが、それでも撃ち漏らした敵機が、ノワールの死角を突いて接近してくる。
『——死神、もらったァッ!』
銀楼の高機動機が、ビーム・カタールを構えてノワールの背後から襲いかかった。
ガギィィィィンッ!!!
その凶刃を、純白の盾が弾き返す。
「……私の姫君の背中を、お前たちのような薄汚い獣に見せるわけがないでしょう」
リアンヌの氷のように冷たい声。
スローネが突撃重槍を振るい、接近してきた敵機を一太刀で両断する。
『り、リアンヌ副団長、エグい……! あの人、ローゼリア姉御に近づく敵には容赦がなさすぎる!』
後方で防衛網を張っていたジンが、あまりの無双ぶりに冷や汗を流していた。
変形機構を失い、機動力が落ちた代わりにスナイパーとして『固定砲台』となった漆黒の死神。
そして、その死神に近づくあらゆる脅威を、完璧な機動と鉄壁の防御で粉砕する白銀の騎士。
四つの勢力が入り乱れる銀河最悪のカオスの中心で、彼女たち双璧の周りだけが、絶対に誰も踏み込むことのできない『絶対領域』と化していた。




