第二十九話:飛べない死神と、泥臭い英雄たち
漆黒と純白の機体が、超高速のワープ空間を突き進む。
目指すは、第三の首・ラライアが襲撃を掛けている『傭兵ギルド連合』の防衛ラインだ。
『——お姫様、聞こえるか? ワープアウトの前に、一つだけ重要な注意点がある』
通信モニターに、エインヘリアルの格納庫にいるフィーネの顔が映し出された。
「なんじゃ、フィーネ。魔力伝導は今のところすこぶる順調じゃぞ。オルトリンデの冷却ユニットのおかげで、むしろ前より調子が良い気すらするわ」
『そっちはな。問題は機体のフレーム構造だ』
フィーネは、手元のタブレットでノワールの設計図(急造のキメラ仕様)を示した。
『オルトリンデのジークルーネから移植したパーツは、本来のノワールの装甲よりも二回り以上デカい。しかも、無理やり魔力バイパスを繋ぐために、関節部の可動域をかなり制限して固定しちまってる』
「……つまり?」
『つまり、今のノワールは、高機動戦闘機型への変形機構が完全にロックされてるってことだ。……あんたの機体は今、人型形態のまま、絶対に「変形できない」状態になってる』
ノワール最大の強みの一つである、戦闘機形態での超高速一撃離脱戦法。それが封印されたという、明確なデバフ(弱体化)の宣告だった。
「……なんじゃ、そんなことか」
『は? そんなことって……』
「妾は逃げも隠れもせん。どのみち、小賢しく飛び回るよりも、正面から超火力を叩き込んで消し炭にする方が妾の性に合っておるわ! 何の問題もない!」
ローゼリアは、コックピットの中で尊大に笑い飛ばした。
『ふふっ。頼もしいですね、ローゼリア』
並走するスローネから、リアンヌの優しく、熱を帯びた声が響く。
『あなたが空を駆けられないのなら、私があなたを背負ってでも飛びます。……だから、思う存分、その砲身を振るってください』
(————ッッッ!! やだもう、リアンヌ様がイケメンすぎて変形できなくても全然悔しくない!! むしろおんぶされたい!!)
限界オタクの精神力を急速に回復させながら、ローゼリアは真っ赤な顔で「う、うむ! 頼むぞ!」と応じた。
『……やれやれ。まあ、あんたたちならそう言うと思ったよ。ワープアウトまであと十秒。……気をつけてな、双璧!』
同じ頃。傭兵ギルド連合の巨大防衛ステーション宙域。
そこは、文字通りの地獄と化していた。
「ヒャハハハハハッ!! 弱いねぇ、脆いねぇ! 傭兵なんて名乗ってるから期待したのに、ただの案山子じゃないかァ!!」
ガルムの第三の首、ラライアが乗る禍々しい真紅の専用マギアナイトが、巨大なチェーンソー・ブレードを振り回し、ギルドの防衛部隊を次々とダルマに変えていく。
「くそっ……! 陣形を立て直せ! ここを突破されたら、ステーションの非戦闘員たちがやられちまうぞ!」
筋肉ダルマの傭兵団『アイアン・ブルズ』の団長が、自身の機体から血を吐くような声で指示を飛ばす。
しかし、戦力差は歴然だった。
ガルムの艦隊とカスタム機部隊の波状攻撃により、防衛ラインはすでにズタズタに引き裂かれている。
「はぁっ……はぁっ……!」
最前線で、一機のマギアナイトが必死に剣を振るっていた。
かつて「チート無双」を豪語していた異世界転生者、ジンの駆る『エクスカリバー』だ。
すでに彼の機体は満身創痍だった。右腕の装甲は剥がれ落ち、自慢の黄金の剣も刃こぼれでボロボロになっている。
以前の彼なら、シナリオ通りにいかない現実に絶望し、真っ先に逃げ出していたかもしれない。
『ジンさん! 後ろ! 右舷から敵機が!』
ステーション内の整備ドックから、通信越しに悲痛な声が響く。ジンを慕う整備士の少女、エイミーの声だ。
「わかってる……! させるかァァッ!」
ジンは機体を急旋回させ、迫り来るガルムの量産機に体当たりを敢行した。強引に敵の姿勢を崩し、至近距離からバルカン砲を叩き込んで撃破する。
(俺にはもう、チートも攻略本もない……。でも、俺を信じて待ってくれてる奴が、背中にいるんだ……! ここで逃げたら、一生ダサいままだろうが!)
「団長! 右翼の敵は俺が引きつけます! その隙に負傷機をステーションへ!」
「ジ、ジン……お前、成長したなぁ……!」
泥水に塗れ、スマートさの欠片もない。だが、そこには確かに、自分の足で現実に立ち向かう『一人の戦士』の姿があった。
「アハハハ! 泣かせる友情だねぇ! じゃあ、その頑張ってる坊やから細切れにしてあげるよォ!」
ラライアの真紅の機体が、狂ったような笑い声と共に、ジンのエクスカリバーへと急接近してくる。巨大なチェーンソーが、ジンのコックピットを無慈悲に両断しようと振り下ろされた。
「……っ! ここまでか……!」
ジンが死を覚悟し、目を閉じた、その瞬間。
ズギュゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
一条の極太の赤いレーザーが、虚空の彼方から寸分の狂いもなく射出され、ラライアの機体が振るおうとしていたチェーンソー・ブレードの中央を正確に撃ち抜いた。
「アッハァ!? アタシの得物が!?」
真っ二つにへし折られた武器を見て、ラライアが素っ頓狂な声を上げる。
「な、なんだ……!?」
ジンが目を開けると、ステーションの防衛ラインの前に、空間の歪みを引き裂いて二つの影が飛び出してきたところだった。
『——よく持ち堪えたな、アイアン・ブルズの筋肉馬鹿ども。そして、ジン』
全周波数帯域に、凛とした、そして底知れぬ魔力を孕んだ少女の声が響き渡る。
漆黒の機体に、一部だけ深い緑色の無骨なユニットを接合した、異形の『ノワール』。
そして、その隣に並び立つ、純白の騎士『スローネ』。
「ロ、ローゼリア姉御!? リアンヌ副団長!!」
アイアン・ブルズの面々から、歓喜の絶叫が上がる。
ノワールのコックピット内で、ローゼリアは緑色に光る新しい照準インターフェースを見つめ、ニヤリと笑った。
(すげぇ……。オルトリンデのセンサー、俺の魔導砲のブレを完全に補正してやがる。これなら、何万キロ離れていようが針の穴を通せるぞ!)
「ジン。……どうやら、ゲームの知識に頼らずとも、お前自身の足で立てるようになったようじゃな。顔つきが、少しはマシになったぞ」
『ロ、ローゼリア……! あんたたち、無事だったのか!』
「当然じゃ。……さあ、ここからは妾たちが引き継ぐ。お前たちは下がって、機体を休めろ」
ジンは、モニター越しに継ぎ接ぎになったノワールを見て、ハッと息を呑んだ。
チートで無双していた頃の自分とは違う。彼もまた、ボロボロになりながら戦うことの意味を知ったからこそ、あの不格好な機体が、どれほどの死線を潜り抜けてここへ駆けつけてくれたのかが痛いほど理解できたのだ。
「……ああ。恩に着るぜ、エインヘリアルの双璧!」
ジンは深く頷き、仲間たちと共に防衛ラインの後方へと退避を始めた。
「さて」
ローゼリアは、照準を前方で体勢を立て直しているラライアの真紅の機体へと合わせた。
「残る犬の首は、お前一つじゃ。……妾とリアンヌのデートを邪魔した罪、その身をもってたっぷりと味わわせてやるわ!」
『ふふっ。参りましょう、ローゼリア』
飛べない死神と、白銀の騎士。
最後のマフィアの首魁を前に、無敵のバディは並び立ち、決戦の火蓋が切って落とされた。




