第二十八話:艦長命令の甘い休息と、継ぎ接ぎの黒き死神
母艦『エインヘリアル』の医務室。
激戦を終え、ボロボロになった身体で担ぎ込まれたローゼリアとリアンヌは、応急処置を受けた後、並んで置かれた二つのベッドに腰を下ろしていた。
「いてて……っ」
ローゼリアが肩に貼られた冷却パッドを押さえて顔をしかめると、隣のベッドからリアンヌが心配そうに身を乗り出してきた。
「大丈夫ですか、ローゼリア! やはり私がもう少し早くシールドを展開できていれば……」
「馬鹿者、お主のシールドのおかげで妾は無傷に近いわ! これはただの筋肉痛じゃ!」
(実際は魔力枯渇による激しい倦怠感なんだけど、リアンヌ様にこれ以上心配かけたくないしな……。それにしても、お互い無事で本当によかった)
ローゼリアが内心で安堵の息を吐いていると、医務室の自動ドアが開き、腕を組んだブリュンヒルデ団長が入ってきた。
「応急処置は終わったようだね。……二人とも、よくやってくれた。第二の首レゲスが落ちたことで、連合軍も息を吹き返しつつある」
「団長! ならばすぐに出撃じゃ! まだ第三の首『ラライア』が残っておるじゃろう! アイアン・ブルズの筋肉馬鹿たちだけでは心許ないわ!」
ローゼリアがベッドから立ち上がろうとした瞬間、ブリュンヒルデの大きな手が、その小さな頭をポンと抑え込み、強制的にベッドへ座り直させた。
「駄目だ」
「むっ?」
「君たちの魔力と体力は完全にすっからかんだ。今の状態で出撃しても、足手まといになるだけさ。……二人とも、今すぐ仮眠を取りなさい。これは団長命令だ」
有無を言わさぬ、ブリュンヒルデの絶対的な威厳。
ローゼリアが口を尖らせて反論しようとすると、隣でリアンヌが静かに頷いた。
「団長の仰る通りです、ローゼリア。刃こぼれした剣では、あなたの前を切り開くことはできません。今は、次の戦いのために休むべきです」
「むぐぐ……お主がそう言うなら、仕方ないのう」
ブリュンヒルデは満足そうに微笑むと、「三時間だ。三時間後に叩き起こすから、それまで泥のように眠りな」と言い残し、医務室を後にした。
部屋の照明が一段階落とされ、静かな空間になる。
ローゼリアはベッドに横たわったが、興奮と疲労が入り混じり、なかなか寝付けそうになかった。
「……リアンヌ。起きておるか?」
「ええ。どうしました?」
隣のベッドから、リアンヌが優しく問いかけてくる。
「その……なんだ。ベッドが離れておると、少し、寒いのう」
(うわぁぁぁ! 俺は何を言ってるんだ!? でも、あの爆発した自室の一件以来、リアンヌ様の温もりがないと落ち着かない身体になっちまってるんだよ!!)
顔を真っ赤にしてシーツを被るローゼリア。
すると、衣擦れの音がして、隣のベッドのマットレスがフワリと沈み込んだ。
「——そうですね。私も、あなたが腕の中にいないと、どうにも肌寒くて」
リアンヌが、当然のようにローゼリアの狭いベッドに潜り込み、背後からその小さな身体をすっぽりと包み込んだ。
「ひゃっ……!?」
「ふふ、おやすみなさい、私の姫君。しっかり休んでくださいね」
背中から伝わる、リアンヌの規則正しい心音と、甘い香り。
それらは、どんな強力な睡眠薬よりも確実にローゼリアの神経を鎮め、彼女の意識をあっという間に深く、温かい眠りの底へと引きずり込んでいった。
その頃。
エインヘリアルの最下層、特別格納庫では、整備班長のフィーネが油まみれになりながら頭を抱えていた。
「くそっ、どうなってんだよこの古代機体は……!」
彼女の目の前には、肩の装甲を吹き飛ばされ、内部の魔力伝導回路が焼け焦げた漆黒の『ノワール』が鎮座していた。
純白の『スローネ』の方は、半壊した盾を予備のものに交換し、推進器のパーツを組み替えることでなんとか出撃可能な状態にまで復旧できた。
だが、ノワールは別だ。
「帝国の連中が作った機体なら、他のマギアナイトのパーツを無理やり流用できるのに……! こいつは規格が根本から違いすぎる!!」
フィーネはタブレットを床に叩きつけんばかりの勢いで苛立っていた。
ノワールは、エーベルヴァイン帝国の技術で造られた兵器ではない。名もなき古代遺跡の最深部から出土した、完全なる未知の遺物なのだ。
フレームの構造、魔力伝導ケーブルの規格、装甲の材質に至るまで、現代の技術とは一切の互換性がない。当然、その辺のジャンク屋はおろか、銀河中のどこを探しても代替パーツなど存在しない。
「まいったな……。この左肩の冷却ユニットが直らねぇと、次に魔導砲を撃った瞬間、機体ごと自爆するぞ。双璧が揃わなきゃ、第三の首との決戦は勝てねぇのに……」
『——なら、私の機体のパーツを使いなよ』
不意に、格納庫の入り口から冷静な声が響いた。
振り返ると、手にはコーヒーの入ったマグカップを持ち、分厚い電子書籍を小脇に抱えた三女・オルトリンデが立っていた。
「オルトリンデ? あんたの機体って……『ジークルーネ』のパーツか!?」
「そう。私のジークルーネは、長距離での超精密狙撃に特化している。その左肩には、極限まで砲身の熱を逃がすための『大型強制冷却ユニット』と、高精度の『魔力演算センサー』が組み込まれているわ」
オルトリンデは、自身の愛機である深い緑色のマギアナイトを見上げた。
「ノワールの欠損部分に、サイズ的にも機能的にも、ギリギリ流用できるはずだよ」
「お、おいおい待てよ! 規格が全く違うんだぞ!? それに、それを外しちまったら、あんたのジークルーネはどうなるんだ!?」
フィーネが慌てて聞き返すと、オルトリンデは丸眼鏡の奥の瞳を細め、フッと微笑んだ。
「ただの案山子になるね。狙撃もできず、電子戦の処理能力もガタ落ちだ。……だから、次の戦い、私は出撃しない」
「オルトリンデ……」
「規格が違うなら、力技で合わせるのがあんたの仕事でしょ。この銀河の運命を背負えるのは、あのバカみたいに強くて、危なっかしいウチの末っ子たちだけだからね。……私は、自分の目をあの子に託すよ。フィーネ、やれる?」
オルトリンデの静かな、しかし確固たる覚悟。
それを受け取ったフィーネは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ゴーグルを額に押し上げた。
「誰に聞いてやがる。エインヘリアルの天才整備士、フィーネ様だぜ? ……三時間。その時間で、古代の遺物と現代兵器を繋ぐ、最高にイカれたキメラを組み上げてやるよ!!」
三時間後。
「んんっ……ふぁぁ」
医務室のベッドで、ローゼリアは目を覚ました。
隣にはすでにリアンヌの姿はなく、代わりに「格納庫で待っています」という美しい文字のメモが置かれていた。
(すっかり寝入ってしまった……。でも、身体が嘘みたいに軽い。魔力も完全に回復してるぞ!)
ローゼリアはパイロットスーツのジッパーを上げ、急いで格納庫へと向かった。
そこには、出撃準備を整えたエインヘリアルのクルーたちと、リアンヌの姿があった。
「おはようございます、ローゼリア。よく眠れましたか?」
「う、うむ! バッチリじゃ! ……して、ノワールの修理は終わっておるのか?」
ローゼリアが自身の愛機を見上げ——そして、目を見張った。
漆黒の装甲で統一されていたノワールの左肩に。
深い緑色に塗装された、無骨で巨大な機械のブロックが、強引に、しかし緻密な溶接と無数のバイパスケーブルによって接合されていたのだ。
「なんじゃ、この継ぎ接ぎは!?」
「へへっ、驚いたかお姫様」
フィーネが油まみれの顔で、親指をグッと立てる。
「ノワールは古代の規格外機体だからな、合うパーツなんてどこにもねぇ。だから、オルトリンデの『ジークルーネ』から、強制冷却ユニットと高精度センサーをぶっこ抜いて、無理やり配線を繋ぎ変えて移植したんだ。色は塗り直す時間がなかったけど、悪くない面構えだろ?」
「オルトリンデの……!?」
ローゼリアは慌ててオルトリンデを探した。
彼女は少し離れたコンソール席に座り、コーヒーを飲みながらこちらに手を振っている。
「そういうことだから。……私の代わりに、絶対にラライアの首を取ってきなさいよね」
「オルトリンデ……」
(規格が全く違う機体同士を繋ぐなんて、フィーネはどれだけ無茶をしたんだ。そしてオルトリンデは、自分の出撃を諦めてまで……! 戦乙女、どれだけ俺に甘いんだよ……!)
胸の奥が、ジンワリと熱くなる。
ローゼリアは、継ぎ接ぎになったノワールを改めて見上げた。
漆黒の機体に、一部だけ緑色の巨大なセンサーユニット。決してスマートとは言えないが、仲間たちの思いと技術が詰まったその『傷跡』は、ローゼリアにとってどんな美しい装甲よりも誇らしく見えた。
「……ふん。いささか不格好じゃが、悪くないわ。オルトリンデの『目』があれば、妾の砲撃はさらに百発百中じゃな!」
ローゼリアはタラップを駆け上がり、コックピットへと滑り込んだ。
『システム・オンライン。オルトリンデ機からの強制冷却ユニット、同期完了。……魔力導力、120%で安定しています』
フィーネの通信が響く。
「いくぞ、リアンヌ! 仲間たちの思いを乗せたこの機体で、ガルムの最後の首を叩き落としてやるわ!」
『ええ。あなたの往く道、私がすべて切り開きます!』
『黒き死神』と『白銀の騎士』。
満を持して復活を遂げた双璧は、ガルムの第三の首・ラライアが暴れ回る最終決戦の地へと向けて、三度カタパルトから射出されたのであった。




