第七幕 第七話:ゲリラの要求と、慎重なる団長
ローゼリアとリアンヌの圧倒的な武力介入により、惑星ガルドラのゲリラ軍は辛くも全滅の危機を免れた。
その後、事態の収拾と正式な交渉を行うため、ゲリラ軍の首脳陣が新生エインヘリアルへと招かれることとなった。
「……信じられない。これが傭兵団の母艦なのか? まるで王族の乗る豪華客船じゃないか」
エインヘリアルの真新しいVIP用応接室に通されたゲリラ軍の首領ジャンヌは、眩いばかりの大理石の床と高級な調度品を見回し、呆然と呟いた。
彼女の隣には、分厚い資料の束を抱えた冷静な面持ちの青年——参謀のラインハルトと、歴戦の傷跡を持つ筋骨隆々の大男——主力パイロットのクーゲルが控えている。彼らもまた、自分たちのボロボロの野戦キャンプとのあまりの落差に、すっかり気圧されているようだった。
「お待たせいたしました。当艦の温室で栽培した特製の紅茶です。長丁場の戦闘でお疲れでしょう、どうぞお召し上がりくださいませ」
メイド長のレガリアが、優雅な所作で三人の前にティーカップを並べる。芳醇な香りが応接室に広がった。
「あ、ありがとう……」
ジャンヌが緊張気味に紅茶に口をつけると、その対面に傭兵団『戦乙女』の団長であり、母艦エインヘリアルの艦長を務めるブリュンヒルデが静かに腰を下ろした。
彼女の背後には、ローゼリアをはじめとする戦乙女たちが立ち並んでいる。
「さて。まずは先ほどの戦闘の無事を祝おう。私は傭兵団『戦乙女』の団長にして、このエインヘリアルの艦長、ブリュンヒルデだ」
ブリュンヒルデが、怜悧な眼差しでゲリラの三人を見据える。
「……先ほどの救援、本当に感謝します。あなた方が来てくれなければ、我々はあの渓谷で全滅していました」
ジャンヌが居住まいを正し、深く頭を下げた。
「いやあ、本当にすげえ戦いだった! 俺も長年マギアナイトに乗ってるが、あんなバケモノじみた機動で企業軍の新型を切り刻むなんて、見たことも聞いたこともねえ!」
クーゲルが、興奮冷めやらぬ様子で身を乗り出す。
「ふふん。まあ、妾とリアンヌにかかれば、あんな量産機の群れなど造作もないことじゃ」
ローゼリアが腕を組んで静かに笑うと、リアンヌも「ローゼリアの先陣が完璧でしたからね」と微笑んだ。
「静かにしろ、戦闘狂ども。今は交渉の場だ」
ブリュンヒルデが軽く睨みを効かせ、ローゼリアたちを黙らせる。
「……それで? ゲリラの首領殿。改めて、我々に何を求めるのだ」
ブリュンヒルデの問いかけに、ジャンヌは緑色の瞳に強い意志を宿して答えた。
「単刀直入に申し上げます。この惑星ガルドラを不法占拠し、我々から故郷を奪った巨大軍事企業『ゼニス・コーポレーション』を打ち倒すため……どうか、我々ゲリラ軍に全面的な支援をお願いしたいのです」
ジャンヌの言葉に引き継ぐように、参謀のラインハルトがタブレットを操作し、空間にガルドラの立体マップを投影した。
「ゼニス・コーポレーションは、この星の地下に眠る希少鉱石を狙って強引な軍事介入を行いました。彼らは正規軍レベルの武装を持ち、我々の戦力ではもはや防衛ラインを維持することすら困難です。エインヘリアルの皆様の圧倒的な戦力があれば、企業軍の主要施設を叩き、星を取り戻すことができるはずです」
ラインハルトが、理路整然と作戦の有効性を説く。
「面白そうじゃな。巨大企業の最新兵器とやら、どれほどのものか妾が全部スクラップにしてやろうぞ」
ローゼリアが身を乗り出し、真紅の瞳を輝かせた。
「——待て。話が早すぎる」
ブリュンヒルデが、ピシャリとローゼリアを制止した。
団長の厳しい声色に、応接室の空気がピンと張り詰める。
「ジャンヌ殿、ラインハルト殿。我々は義勇軍ではない。報酬で動くプロの傭兵だ。……失礼だが、これだけの最新鋭の艦と戦乙女たちを動かすだけの資金が、君たちゲリラ軍にあるのか?」
「それは……」
ジャンヌが言葉に詰まり、唇を噛む。
「……現在は、お支払いできるだけのまとまった資金はありません」
ラインハルトが苦渋の表情で答えた。
「ですが、企業軍を追い出し、ガルドラの自治権を取り戻した暁には、この星の希少鉱石の採掘権の一部をエインヘリアルに譲渡することをお約束します。成功報酬としてなら、必ず破格の利益をもたらすはずです」
「成功報酬、か」
ブリュンヒルデは深く息を吐き出し、眉間を揉んだ。
「加えて言わせてもらえば、我々はまだこの惑星の状況を正確に理解できていない。君たちは『企業の不法占拠』と言ったが、それはあくまで君たち側からの主張だ。企業側が連邦政府などの法的な採掘許可を得ていた場合、我々が介入すれば『正規の企業活動を武力で妨害したテロリストの幇助』として、星間法に抵触する恐れがある」
「そ、そんな! 奴らは強引に村を焼き、人々を追い出したんですよ!? あれが合法なはずがない!」
ジャンヌが身を乗り出して叫ぶ。
「落ち着け、ジャンヌ」
クーゲルが彼女の肩を押さえて宥めるが、彼自身も悔しそうに顔を歪めていた。
「同情はする。だが、傭兵団の長として、そしてこの艦を預かる者として、一方の言い分だけで巨大企業と全面戦争を起こすわけにはいかないのだ。新造艦を手に入れたばかりで、無用な政治的リスクや未払いのリスクを背負い込む余裕はない」
ブリュンヒルデは、冷徹なまでに現実的な判断を下した。
「申し訳ないが、現段階では君たちの依頼を受諾することはできない。……回答は『保留』とさせてもらう」
「そんな……!」
ジャンヌの顔から血の気が引く。
「ローゼリア! なんとか言ってくれよ! あんたたちなら、あんな企業軍なんてすぐに追い出せるだろ!?」
クーゲルが、藁にもすがる思いでローゼリアに向かって叫ぶ。
「むぅ……妾としてはすぐにでも剣を振るいたいんじゃが。ブリュンヒルデがダメと言ったら、我々は動かん。組織の決まりじゃ」
ローゼリアが肩をすくめると、アルティナもそれに同意するように頷いた。
「そういうこと。私たちもただの戦闘狂の集まりってわけじゃないのよ。依頼の正当性と報酬の裏付けが取れるまでは、大人しくしてもらうわ」
「……分かりました。我々の準備不足と、見通しの甘さです」
ラインハルトが、静かに頭を下げた。
「ですが、ガルドラの現状を知っていただければ、必ず我々の正当性を理解していただけるはずです。どうか、情報収集のための時間だけでも頂けないでしょうか」
ブリュンヒルデは少し沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「ああ。情報収集はこちらでも独自に行わせてもらう。その結果、政治的リスクがクリアになり、報酬の算段に折り合いがつけば、改めて正式に依頼を受けよう」
「……感謝します、ブリュンヒルデ艦長」
ジャンヌが、消え入りそうな声で礼を言う。
こうして、惑星ガルドラを巡るゲリラ軍からの悲痛な要請は、団長であるブリュンヒルデの慎重な判断により一旦保留となった。
しかし、特異点が降り立った星で、事態がそう簡単に静観を許してくれるはずもなかった。
静かなる火種は、すでに白銀の城の足元でくすぶり始めていたのである。




