第七幕 第六話:真紅の狂舞と、微笑む純白の騎士
摩擦熱で真っ赤に燃える大気の壁を突き破り、惑星ガルドラの荒涼とした大地へ向かって降下していく二つの流星。
一つは真紅と漆黒に彩られた悪魔のごとき機体『ルシフェル・リベリオン』。もう一つは、純白の装甲に身を包んだ騎士の機体『ブラン』である。
「うむ……。やはりこのシートの沈み込み、そして操縦桿から伝わる魔力炉の脈動。他人の服(量産機)とは違う、妾自身の体と完璧にリンクするこの感覚……最高じゃな」
ルシフェルのコックピットで、ローゼリアは久しぶりの愛機での実戦に、静かな、しかし確かな高揚感を滲ませていた。
帝国の偽装作戦では、長らく白塗りの量産機に搭乗し、性能を抑えながら戦うことを強いられていた。もちろんそれも一興ではあったが、やはり彼女の限界を突破する反射神経と殺意に、コンマ数秒の遅れもなく追従できるのは、フィーネが限界まで魔改造を施したこの『ルシフェル・リベリオン』だけである。
『ふふっ。ローゼリアが楽しそうで、私も嬉しいです』
並走するブランのコックピットから、リアンヌのにこやかな声が通信回線に響く。
彼女もまた、ローゼリアが最も輝く姿——真紅の機体で戦場を蹂躙する姿を間近で見られる喜びに、頬を緩ませていた。
「リアンヌ、遅れるなよ。久々の愛機じゃ、少々スロットルを開けすぎるやもしれんからな」
『ご心配なく。ローゼリアがどれほどの速度で駆け抜けようと、このブランの盾は必ずあなたの背中をお守りします』
二機のマギアナイトは、大気圏突入の勢いを殺すことなく、地上で激戦が繰り広げられている渓谷地帯へと一直線に急降下していった。
地表。
土埃が舞う塹壕の中で、ゲリラ軍の首領ジャンヌは、絶望的な戦況に唇を噛み締めていた。
「くそっ……! 企業軍の新型機相手に、私たちの旧式では全く歯が立たない!」
ジャンヌの目の前では、巨大軍事企業が投入した重武装のマギアナイト部隊が、ゲリラ軍の防衛ラインを容赦なく蹂躙していた。数と性能、その両方で圧倒的な差がある。もはや全滅は時間の問題だった。
「首領! もう駄目です、これ以上は持ちこたえられません!」
「諦めるな! 傭兵団『エインヘリアル』に通信は繋がった! きっと救援が……!」
ジャンヌが部下を鼓舞しようとした、その時だった。
ズドォォォォォォンッ!!
企業軍の前衛部隊のど真ん中に、隕石のような凄まじい速度で「何か」が墜落した。
巻き上がった土煙が晴れると、そこには真紅と漆黒の悪魔的なフォルムを持つ機体が、巨大な重斬刀を肩に担いで悠然と立ち上がっていた。
『——待たせたな、ゲリラの少女よ。銀河最強の助っ人が到着したぞ』
機体の外部スピーカーから、凛とした、それでいて戦いへの歓喜に満ちたローゼリアの声が響く。
「な、なんだあの機体は!?」
「空から降ってきたぞ! レーダーには全く反応がなかったはずだ!」
混乱する企業軍のパイロットたちを尻目に、ローゼリアはルシフェルの真紅の瞳をギラリと光らせた。
「さあ、肩慣らしじゃ。……少しばかり、派手にいくぞ」
ゴァァァァッ!!
ルシフェルの背部スラスターから漆黒の魔力光が噴き出したかと思うと、真紅の機体は文字通り「消えた」ように見えた。
「なっ……どこへ……!?」
企業軍のパイロットが周囲を見回した次の瞬間、彼の機体は背後から袈裟懸けに両断され、爆散した。
「遅い。次じゃ」
爆炎の中から飛び出したルシフェルは、一切の無駄がない流れるような剣舞で、周囲の敵機を次々とスクラップに変えていく。量産機では決して不可能な、物理法則を無視したような急制動と超加速。ローゼリアの頭の中にある戦術のイメージが、タイムラグなしで機体の動きとして出力されていく。
『おお……! 素晴らしい……!』
上空でホバリングしながらその光景を見下ろしていたリアンヌは、うっとりとしたため息を漏らした。
流れるような剣筋、敵の死角を突く完璧なステップ、そして容赦のない制圧。ローゼリアの戦いは、リアンヌにとって至高の芸術作品であった。
「ぼんやりしておる暇はないぞ、リアンヌ。右翼から増援じゃ」
『はっ! 申し訳ありません、見惚れておりました!』
右手の丘陵地帯から、ルシフェルを包囲しようと十機以上の企業軍マギアナイトが姿を現す。
しかし、彼らがライフルを構えるより早く、上空から純白の光の雨が降り注いだ。
ガガガガガッ!!
リアンヌのブランが放った魔力ライフルの精密射撃が、敵機のメインカメラと武器を持つ腕だけを正確に撃ち抜いていく。
致命傷を避けつつ、完全に戦闘能力だけを奪うという、神業であった。
『ローゼリアの美しい剣舞を邪魔する羽虫は、私がすべて撃ち落とします。どうぞそのまま前へ!』
「うむ、頼もしい盾じゃ」
ローゼリアは一切の迷いなく、リアンヌが作り出した隙間を縫うように敵陣の奥深くへ突貫する。
前方を塞ぐ敵はルシフェルの重斬刀が切り裂き、死角からの攻撃はブランの白き盾と精密射撃が完璧に防ぐ。
「……信じられない。たった二機で、企業軍の一個大隊を蹂躙している……」
塹壕の中からその光景を目撃したジャンヌは、震える声で呟いた。
それは戦争というより、圧倒的な捕食者による狩りの風景だった。
ものの数分で、渓谷を埋め尽くしていた企業軍のマギアナイト部隊は、文字通り鉄屑の山へと変わってしまったのである。
『残敵の反応なし。……見事な戦いぶりじゃったな、リアンヌ』
『勿体なきお言葉。すべては、ローゼリアの完璧な先陣あってこそです』
真紅と純白の二機は、武器を収め、ジャンヌたちゲリラ軍の前に静かに降り立った。
『さて、ゲリラの首領よ。これで借りは作ったぞ。……詳しい話は、後から降りてくるうちの団長に言ってやってくれ。報酬の交渉にはうるさい女じゃからな』
コックピットの中で、ローゼリアは久々の愛機での大立ち回りに満足し、心地よい疲労感と共に静かに微笑んだ。
厄介事の始まりとはいえ、銀河最強の傭兵団の新たな船出にふさわしい、鮮烈な初陣であった。




