第七幕 第五話:試験航行と、厄介事を引き寄せる特異点
「——ワープドライブ、冷却完了。目標座標、辺境惑星『ガルドラ』の衛星軌道上に実体化します」
シエラの平坦なアナウンスと共に、新生エインヘリアルのブリッジのメインモニターに映し出されていた超光速空間の光のトンネルが弾け、荒涼とした赤茶色の惑星の姿が広がった。
「素晴らしい……。以前の魔力炉なら、これだけの長距離跳躍をした後は船全体が悲鳴を上げていたというのに、駆動音ひとつ乱れていない」
ブリュンヒルデが作戦卓に手をつき、心底感動したように呟く。
「へっへっへ! デュアル・コアの恩恵ってやつだ。出力に余裕があるから、推進器への負荷も完全に分散できてる。これなら大将がどれだけ無茶な再出撃を繰り返しても、母艦が音を上げることはねえよ」
通信回線越しに、格納庫のフィーネが得意げに笑う。
試験航行は完璧であった。
新しい家での快適な航海に、戦乙女たちの顔にも自然と笑みがこぼれる。
——しかし、平穏な時間は長くは続かなかった。
『……ピィィィッ! 警告! ガルドラ地表より、本艦に向けた未確認の緊急通信を受信! 暗号化されていません、オープンチャンネルです!』
アルティナが眉をひそめ、コンソールを叩く。
「緊急通信? この宙域に帝国や連邦の正規軍はいないはずだが……繋いでみろ」
ブリュンヒルデの指示で、メインモニターに通信映像が映し出された。
そこに現れたのは、土埃と硝煙に塗れた軍服を纏う、一人の若い女性であった。
金色の髪を短く刈り込み、意志の強い緑色の瞳を燃やしているが、その表情には隠しきれない疲労と焦燥が色濃く浮かんでいた。
『あ、繋がった……! 応答願います! そちらの白と金の美しい戦艦は、銀河最強の傭兵団『エインヘリアル』とお見受けします!』
「いかにも。妾たちがエインヘリアルじゃが、お主は何者じゃ?」
ローゼリアがモニターの前に進み出る。
『私の名はジャンヌ! この惑星ガルドラを不法占拠している巨大軍事企業から、故郷を取り戻すために戦っているレジスタンス……ゲリラ軍の首領を務めています!』
ジャンヌと名乗った少女は、モニター越しに深く頭を下げた。
『噂は聞いていました。あなた達は、いかなる強大な敵にも屈しない最強の戦乙女であると! お願いです、私たちに力を貸してください! 企業側の最新鋭マギアナイト部隊に追い詰められ、私たちの防衛ラインは今にも崩壊寸前なのです!』
モニターの奥からは、激しい爆発音と怒号が微かに聞こえてくる。状況は一刻を争うようだった。
「……なるほど。悪徳企業に故郷を奪われた反乱軍の首領か。いかにも傭兵稼業にふさわしい、古典的で分かりやすい構図じゃな」
ローゼリアの真紅の瞳に、獲物を見つけた猛禽のような鋭い光が宿る。
「待て、ローゼリア。我々は今、新造艦の試験航行中だ。それに、企業が相手となれば背後の政治的しがらみも……」
ブリュンヒルデが冷静に制止しようとする。
「良いではないか、ブリュンヒルデ! 目の前に面白そうな戦場と、助けを求める者がおるのじゃ! 新しい家の門出を祝う血祭りとしては、最高のお誂え向きじゃろう!」
ローゼリアは全く聞く耳を持たず、すでに踵を返して格納庫へと歩き出していた。
「我が主の仰る通りです!」
リアンヌが、純白の騎士剣の柄に手を当て、凛とした声で後に続く。
「弱きを助け、強きを挫く。そして何より、我が主が剣を振るうと決めたその場所こそが、私の絶対的な戦場! さあローゼリア様、企業の手先どもに、我らエインヘリアルの真の力を見せつけてやりましょう!」
「うむ! 流石は妾の近衛じゃ、話が早い! 行くぞリアンヌ、ルシフェル・リベリオンの肩慣らしじゃ!」
「はっ! このリアンヌ、どこまでも我が主と共にお供いたします!」
二人の戦闘狂(特異点と狂信者)は、もはや誰の声も届かない世界に入り込み、弾むような足取りでブリッジを後にした。
「あ、こら! ローゼリア! リアンヌ! まだ作戦も報酬の交渉も終わっていないぞ!」
ブリュンヒルデが慌てて呼び止めるが、数分後には格納庫から無情な射出アナウンスが響き渡った。
『ルシフェル・リベリオン、およびブラン、カタパルトより発進しますわ! お気をつけて、ローゼリア様!』
エリーゼの楽しそうなアナウンスと共に、真紅の悪魔と純白の騎士が、一直線に惑星ガルドラの大気圏へと突入していく。
ブリッジに残されたのは、モニターに映るジャンヌの唖然とした顔と、重い沈黙だけであった。
「……はぁ。なぜうちの特異点は、こうも息をするように厄介事を引き寄せるのだ……」
ブリュンヒルデは真新しい作戦卓に両手をつき、ズンッと頭を垂れた。
せっかくの平穏な試験航行が、開始早々企業との全面戦争に発展しそうになっているのだ。胃痛の種が尽きることはない。
「ブリュンヒルデ様、お疲れ様ですわ。新設したプランターで栽培した、特製のカモミールティーです。胃に優しく作用しますよ」
レガリアが、静かな足取りで近づき、美しいティーカップを差し出した。
「……すまない、レガリア。ありがたく頂こう」
ブリュンヒルデは温かい紅茶を一口飲み、少しだけ表情を和らげた。
「やれやれ。新しい船になっても、あんたの気苦労は変わらないみたいね、団長」
アルティナが肩をすくめながら、電子戦の準備を始める。
「シエラ、ローゼリアたちの降下軌道に合わせて、地表の地形データと敵部隊の戦力分布を解析。私たちもサポートに入るわよ」
「了解。敵の通信網へのジャミング、開始します」
「……仕方がない。戦闘状態に移行する」
ブリュンヒルデは空になったティーカップを置き、部隊長としての鋭い眼差しを取り戻した。
「総員、第一種戦闘配備! ゲリラ軍のジャンヌと通信を維持しつつ、我が軍は上空から火力支援を行う!……全く、報酬の取り分については、後できっちりと交渉させてもらうからな!」
新生エインヘリアルの初陣は、特異点の気まぐれによって唐突に幕を開けた。
美しい白銀の城は、主たちの暴れ回る大地を見下ろすように、静かにその主砲の狙いを定めた。




