第七幕 第二話:星間都市アヴァロンと、団長のコストカット
中立宙域に位置する星間都市国家『アヴァロン』。
銀河中の最新技術が集まり、軍用・民間を問わず最高峰の宇宙船が建造されるこの巨大な人工都市の造船ドックに、エインヘリアルの老朽化した母艦が静かに停泊していた。
その造船所が誇る、最上階のVIP専用会議室。
巨大なホログラム・プロジェクターを囲むように、戦乙女たちと整備班長フィーネ、そしてアヴァロン随一の腕を持つ主任設計技師の男が席に着いていた。
「——なるほど。銀河最強と謳われるエインヘリアルの皆様からの直々のご指名、我が造船所としても光栄の極みです」
初老の主任設計技師は、恭しく一礼した。
「帝国からの莫大な報酬を得て、資金は潤沢にあると伺っております。……して、新しい母艦には、どのようなスペックをご所望で?」
「うむ! よくぞ聞いてくれた!」
待ってましたとばかりに、ローゼリアがバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「まずは火力じゃ! 前方に極太の魔力圧縮砲を三門、いや、四門搭載する! 星を丸ごと一つ吹き飛ばせるほどの、超火力の巨大な砲塔じゃ! そして装甲は、敵の戦艦に真正面から突っ込んでも傷一つ付かない、超硬度のアダマンタイト合金の多重装甲にするのじゃ!」
「ちょっと待ちなさいよ、ローゼリア」
アルティナがすかさずツッコミを入れる。
「私たちは遊撃がメインの傭兵団よ。そんな重武装と重装甲にしたら、機動力が死ぬじゃない」
「へっへっへ、アルティナ。機動力が落ちるなら、それを補って余りある『特大のエンジン』を積めばいいだけの話だろ?」
フィーネが、設計図のホログラムに凄まじいサイズの推進器のデータを追加しながらニヤリと笑う。
「主任さんよぉ。魔力炉は最新鋭の『トリプル・コア』直列駆動で頼む。それに加えて、星系間をタイムラグなしで移動できる【長距離ワープ(超光速跳躍)能力】も必須だ。こちとら銀河中を飛び回る便利屋だからな。どんな僻地の戦場にも一瞬で駆けつけられる足が必要なんだよ」
「……ト、トリプル・コアに、長距離ワープドライブ機能ですか……」
主任技師の額に、ツツーッと冷や汗が流れる。
(戦艦クラスに積むには規格外すぎる代物だが……まあ、エインヘリアルの技術力なら制御できるのか……?)
「それと、居住区の拡充も忘れないでくださいませ」
レガリアが、静かに、しかし絶対の圧を放つ笑顔でホログラムの居住ブロックを指し示した。
「激戦の疲れを癒やすため、艦内には最高級の大浴場とサウナ設備を。水質管理は完全な天然温泉を再現できる浄化システムを組み込んでください。さらに、最高級の茶葉を栽培するための、気候を完全制御できる広大な温室庭園も必須ですわね」
「各個室は、完全防音かつ最高級スプリングのベッドを導入してくださいませ。ローゼリア様がいつでも快適に眠れるように」
ロスヴァイセとエリーゼも、メイドとしての譲れないこだわりを次々と追加していく。
「あ、アタシは! アタシは広くて最新鋭のトレーニングルームが欲しいぞ! 重力制御で負荷をかけられるやつ!」
ランドグリーズが豪快に笑いながら挙手する。
「私とアルティナの電子戦用スーパーコンピューターも、最新世代の量子演算機に換装してください。広域索敵用の大型レドームも追加で」
「我が主の盾として、私もマギアナイト専用の戦闘シミュレータールームの設置を希望します」
シエラとリアンヌも、涼しい顔でとんでもない高額設備をオーダーし始めた。
「ちょ、ちょっと待てお前たち! いくらなんでも要望が多すぎないか!?」
見かねたブリュンヒルデが、慌てて待ったをかける。
「良いではないか、ブリュンヒルデ! 資金はたっぷりあるんじゃから、どうせならロマンを全部詰め込んだ、夢の戦艦を造ろうぞ!」
ローゼリアが目をキラキラさせて言い放つ。
「そうですわ、団長。この艦は、私たちの『家』なのです。妥協は許されません」
レガリアも、珍しく一歩も引かない構えだった。
「…………」
主任技師は、戦乙女たちがホログラムに次々と追加していく『要望』を見つめながら、手元のタブレットで必死に計算を弾き出していた。
巨大な主砲。特大のトリプル・コアエンジン。長距離ワープドライブ。超硬度装甲。
それに加えて、最高級リゾートホテルのような大浴場に、温室庭園。最新世代の量子コンピューターとシミュレーター。
軍事施設と高級リゾートを、一切の妥協なく融合させた『移動要塞』。
やがて、会議室に沈黙が降りた。
「……計算が、終わりました」
主任技師が、魂が抜けかけたような顔でホログラム・プロジェクターを操作する。
「皆様の要望をすべて……一つ残らず『全部乗せ(フルオプション)』で盛り込んだ場合の新造艦の完成予想図と、そのお見積り額が、こちらになります」
会議室の空中に、禍々しいほどの巨大な砲塔と異常なサイズのエンジンを備えた、暴力的なシルエットの戦艦が浮かび上がった。
そして、その横に表示された【総建造費用】の数字。
「……ん?」
ローゼリアが、目をぱちくりと瞬かせた。
「あの、シエラ。……ゼロの数が、なんか凄まじいことになっておらんか?」
「……再計算中。……間違いありません。これが総額です」
シエラが、普段の無表情を僅かに崩して答えた。
「えーっと……」
フィーネが、指を折りながら数字を数え始める。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……お、おい。フェイト陛下から振り込まれた莫大な特別報酬に、アタシたちが今まで命懸けで貯めてきた貯金の全額を足しても……」
「——【予算オーバー】ですわね」
レガリアが、静かに宣告した。
「それも、少し削ればどうにかなる額ではありません。我々の全財産の『約三倍』の資金が足りませんわ」
「「「…………」」」
VIP会議室が、宇宙の真空のような静寂に包まれた。
「……嘘じゃろ」
ローゼリアが、ポツリと呟く。
「妾の巨大砲塔付き超豪華大浴場戦艦が、造れないじゃと……!?」
「だからあれほど、あんたの巨大砲塔は無駄だと言ったのよ! 特大エンジンとワープドライブだけでも、戦艦二隻分の費用がかかってるじゃないの!」
アルティナが頭を抱えて叫ぶ。
「な、なんだと!? ならばレガリアの温室庭園と大浴場を削れば良いじゃろう! あんなもの、戦艦には不要じゃ!」
「お断りします。大浴場と温室は、我々の生活の質(QOL)に直結する死活問題です。削るならフィーネの無駄にでかい魔力炉を減らすべきですわ」
「ふざけんな! エンジンを削ったら、このクソ重たい装甲と巨大砲塔を動かせねえだろうが!」
ローゼリア、アルティナ、レガリア、フィーネによる、醜い責任のなすりつけ合い(予算の削り合い)が勃発する。
その喧騒の中。
作戦卓の端で、部隊長のブリュンヒルデは制服のポケットからいつもの【特効胃薬】を取り出そうとして——ピタリと手を止めた。
「……待て。私たちがなぜ、これほどの額を稼いだのだ? 私の平穏と、安全で快適な船を手に入れるためではなかったのか」
ギリギリと奥歯を噛み締め、ブリュンヒルデの額に青筋が浮かぶ。
「それを……お前たちの果てしない欲望のせいで、また一文無しの生活に戻るだと……? ふざけるな……!」
「いい加減にしろ、お前たちッ!!」
ブリュンヒルデの怒声が、アヴァロンのVIP会議室を震わせた。
修羅のごとき形相で立ち上がった部隊長の覇気に当てられ、言い争っていたローゼリアたちはビシッと直立不動になる。
「これは私たちの『家』であり、『戦艦』だ! 欲望を詰め込むだけのゴミ箱ではない! 予算内に収めるため、私がすべてを仕分ける!!」
ブリュンヒルデはホログラムを乱暴に操作し、不要なオプションを大鉈を振るうように次々と切り捨て始めた。
「ローゼリア! 我が軍の最大火力はお前の『ルシフェル・リベリオン』だ! 母艦に過剰な魔力圧縮砲など不要! 主砲は標準規格の連装砲二門に留める! アダマンタイト装甲も重すぎる、機動力を生かせる軽量かつ堅牢なミスリル合金の複合装甲にしろ!」
「な、なんじゃと!? 妾のロマンが……!」
「フィーネ! トリプル・コアなど完全なオーバースペックだ! デュアル・コアで十分だ! ワープドライブは残すが、無駄にでかい格納庫の3Dプリンター設備は、今のポンコツ艦から取り外して移設しろ! 新品など不要だ!」
「ちぃっ! バレたか!」
「レガリア! 大浴場は私も魅力的だと思うから残すが、天然温泉再現システムはやりすぎだ! 普通の循環式風呂にしろ! 広大な温室庭園など言語道断! 温室ではなくプランターの植木鉢で我慢しろ!」
「そ、そんな……私の極上ティータイムが……」
「ロスヴァイセ、エリーゼ! 高級ベッドは認めるが、完全防音は不要だ! 艦内通信が聞こえなくなるだろうが! ランドグリーズ、重力制御トレーニングルームなどいらん! 宇宙服を着て艦の外壁で腕立て伏せでもしていろ!」
「ええーっ!?」
「シエラ、アルティナの量子演算機は、最新モデルから一つ前の世代に落とす! それでも今のシステムより数倍は早いはずだ! リアンヌ、シミュレーターなどいらん、実戦で鍛えろ!」
「「「はいっ!!」」」
猛烈な勢いで全方位に雷を落とし、過剰なオプションを削ぎ落としたブリュンヒルデは、肩で息をしながら主任技師を振り返った。
「……主任。これで、再計算を頼む」
「は、はいっ!」
主任技師は慌ててタブレットを叩き、再びホログラムを更新した。
空中に浮かび上がったのは、先ほどの禍々しい要塞ではなく、白と金を基調とした、無駄のない洗練されたフォルムを持つ優美な戦艦であった。
「……お見事です、ブリュンヒルデ様。過剰な装飾と無駄な超兵器を削ぎ落とした結果……完璧に予算内に収まるどころか、当面の運用資金のプールすら余裕で残る計算です。それでいて、ワープドライブや新型魔力炉の恩恵により、現行の最新鋭戦艦を遥かに凌駕するスペックはしっかりと維持されています」
「うむ。見た目もスマートでカッコよくなったのう。……まあ、巨大砲塔は我慢してやるか」
ローゼリアが、完成予想図を見上げてしぶしぶ頷く。
「ええ。植木鉢の茶葉でも、最高の紅茶を淹れてみせますわ」
レガリアも、ホッと胸を撫で下ろした。
「ふぅ……。これで、私の胃の平穏は守られた……」
ブリュンヒルデは、手の中に握りしめていた胃薬の瓶をポケットにしまい、心底安堵したような笑みを浮かべて深く椅子に座り直した。
こうして、特異点たちの果てしない欲望は部隊長の現実的な大鉈によって適正サイズに切り揃えられ、エインヘリアルの新造艦の建造が正式に決定した。
白銀の死神たちの新たな『家』が、星の海を駆ける日は、もうすぐそこまで来ていた。




