第七幕 第一話:潤沢なる軍資金と、団長の重大決断
偽装作戦を完璧に完遂し、無事に本来の姿へと戻った銀河最強の女傭兵団『エインヘリアル』。
星の海を往く白と金の優美な巨艦のブリッジで、本日は朝から信じられないほどの歓声が上がっていた。
「……確認しました。エーベルヴァイン帝国皇室の特別口座より、今回の反乱鎮圧作戦における特殊手当、機密保持費用、および危険手当の全額が、我がエインヘリアルのメイン口座へと送金されました」
オペレーター席のシエラが、メインモニターにその数字を大写しにする。
画面に並んだゼロの数は、ちょっとした小国の国家予算すら凌駕する、とんでもない天文学的な数値であった。
「おおおおっ!! 姉上、本当に奮発してくれたのじゃな! これなら、帝国軍の最高級レーションが向こう百年は食べ放題じゃぞ!」
ローゼリアがモニターを見上げて目を輝かせる。
「食事の心配なら私がしておりますから、そのような無駄遣いは却下です。……しかし、これほどまとまった資金が入るのは久しぶりですわね」
レガリアが、静かに紅茶を淹れながら微笑んだ。
「ふふふ……。これでようやく、私の胃痛の種が一つ減るというものだ」
作戦卓の前で腕を組んでいた部隊長のブリュンヒルデが、いつになく晴れやかな、そしてどこか感極まったような表情で深く頷いた。
「どうしたんじゃ、ブリュンヒルデ。そんなに嬉しそうな顔をして」
ローゼリアが首を傾げる。
「当然だろう。これまでの依頼でコツコツと貯めてきた貯金と、今回のフェイト陛下からの莫大な報酬。……ついに、ついに長年の悲願を達成する時が来たのだ」
ブリュンヒルデは、居住まいを正し、ブリッジに集まった戦乙女たち、そして整備班長のフィーネを真っ直ぐに見据えた。
「総員に告ぐ。——我がエインヘリアルはこれより、母艦を最新鋭の戦艦に買い替える(新造する)!」
「「「…………な、なんだってーっ!?」」」
ブリッジに、どよめきと驚愕の声が響き渡った。
最も激しい反応を示したのは、油まみれのツナギを着たフィーネであった。彼女は持っていたスパナを床に取り落とし、ワナワナと震えながらブリュンヒルデに詰め寄った。
「だ、団長……ッ! ま、マジかよ!? アタシ、夢でも見てんじゃねえだろうな!?」
「夢ではない、フィーネ。お前には今まで、本当に苦労をかけたな」
ブリュンヒルデが、慈母のような優しい眼差しでフィーネの肩を叩く。
実は、現在彼女たちが乗っている母艦『エインヘリアル』は、外見こそ白と金を基調とした優美で美しい戦艦であるが、その中身は限界スレスレの老朽艦であった。
銀河のあちこちの戦場を駆け回り、ローゼリアのルシフェル・リベリオンをはじめとする規格外の専用機を強引に運用し続けた結果、魔力炉は継ぎ接ぎだらけ、装甲のフレームは金属疲労の極致に達していたのである。
戦闘中、ブリュンヒルデが冷や汗を流しながら胃薬を飲んでいた理由の半分は、「ローゼリアが無茶をして艦載機を壊すから」であり、もう半分は「無茶な機動支援をするたびに、母艦の魔力炉が爆発しそうになるから」であった。
それを、フィーネの神懸かり的な魔改造技術と、レガリアの徹底した予算のやりくりで、まさに「騙し騙し」運用してきたのが実情なのだ。
「うおおぉぉぉんッ!! 長かった……! 長かったぜ……! 毎日毎日、いつ爆発するか分からないポンコツ魔力炉を徹夜で宥めすかす日々とも、これでようやくおさらばできるんだな!」
フィーネが、感涙にむせびながら床に突っ伏した。
「おおおっ! ついに新母艦じゃと!? それはテンションが上がるな!」
ローゼリアも、大興奮でポンッと手を叩いた。
「新しい船……! ならば、次はどんな戦艦にするのじゃ!? 主砲の火力は今の三倍! 推進器は超光速跳躍対応! そして何より、艦首には巨大なドリルを装着するべきじゃ!! ドリルで敵艦を真正面からぶち抜く……これぞ究極のロマンじゃろう!!」
ローゼリアのロボットオタクとしての血が激しく騒ぎ出し、身振り手振りを交えて熱弁を振るい始める。
「あんたは少し黙ってなさい。戦艦にドリルなんて何に使うのよ。宇宙空間の白兵戦で艦隊ごと突撃する気?」
アルティナが、呆れたようにジト目でローゼリアを睨みつけた。
「シミュレーションの結果、艦首に巨大なドリルを装備した場合、空力特性および質量バランスが著しく崩壊し、航行に致命的な支障をきたします。実用性は皆無です」
シエラが、冷酷なまでに的確な計算結果を表示してローゼリアのロマンを粉砕する。
「むぅ……ドリルが駄目なら、せめて人型への変形機構を……!」
「却下だ。無駄な機構を積めば、それだけ居住区と格納庫が圧迫されるからな」
ブリュンヒルデが即座に切り捨てた。
「でも、火力の増強は必須だぜ団長!」
復活したフィーネが、目をギラギラさせながら立ち上がる。
「ドリルはともかく、極太の魔力圧縮砲は積みたい! あと、大将やリアンヌたちの専用機を余裕で整備できるよう、格納庫のスペースと整備用アームの数は今の倍は確保する! 最新の3Dプリンター設備も導入して、予備パーツの生産ラインも艦内に作りてえ!」
「ええ。それと、居住区の拡充も絶対に必要ですわ」
レガリアが、静かだが譲れないという声色で提案する。
「皆様が戦闘の疲れをしっかりと癒やせるよう、各個室の防音性とベッドの質を最高級のものに。さらに、艦内に大浴場とサウナ、そして広大な温室庭園を新設いたしましょう。素晴らしい紅茶の茶葉を栽培するためにも」
「大浴場! それは素晴らしいですわ、お姉様!」
ロスヴァイセが、パァッと表情を明るくした。
「いつもシャワーだけで済ませるローゼリア様を、ゆっくりお風呂に入れることができますものね」
「む? 妾は今のままでも十分快適じゃぞ?」
「ローゼリアはすぐに整備の油まみれのままベッドにダイブするから、レガリアがいつも怒ってるじゃない。大浴場ができれば、あんたを放り込むのも楽になるわね」
アルティナがくすくすと笑う。
ブリュンヒルデは、仲間たちの要望をウンウンと頷きながら書き留めていく。
「よし。火力、整備機能、そして居住性。すべてにおいて一切の妥協を排した、真の『銀河最強の傭兵団の母艦』を造ろうではないか。資金は十分すぎるほどあるのだからな」
「して、団長。その新しい船は、どこで造るのじゃ? 帝国の技術部か?」
ローゼリアが尋ねる。
「いや、フェイト陛下に恩を売るのも良いが、我々はあくまで独立した傭兵団だ。特定の国家に偏りすぎるのは避けたい。……中立宙域である星間都市国家『アヴァロン』に、銀河最高峰の造船技術を持つメーカーがある。そこに、完全特注で建造を依頼するつもりだ」
ブリュンヒルデは作戦卓に、美しくも力強い、次世代型戦艦の設計図のベースモデルを投影した。
「新しい船の名前も、もちろん『エインヘリアル』を引き継ぐ。我々の誇り高き家だからな。……さあ、皆の者! すぐにアヴァロンへの航路を設定しろ! 夢のマイホーム(新造艦)の打ち合わせに向かうぞ!」
「おおーっ!!」
戦乙女たちの歓声がブリッジに響き渡る。
反乱軍との死闘を終え、圧倒的な資金と明るい未来を手にしたローゼリアたちは、次なる希望とロマン(と大浴場)を胸に、星の海へと新たな一歩を踏み出したのであった。




