第六幕 第十一話:深紅の狂乱と、白銀の刃
暗礁宙域の最深部。
旧帝国派閥の反乱軍にとって最後の砦となる絶対防衛ラインは、たった六機の『白銀の悪魔』によって、文字通りズタズタに引き裂かれていた。
「次じゃ」
ローゼリアの駆るティルフィングが、デブリの影から飛び出してきた敵のマギアナイト三機を、振り返りざまのライフル三連射で的確に撃ち抜く。メインカメラと推進器を破壊された敵機は、そのままコントロールを失い、宇宙の藻屑と化していく。
『こちらシエラ。左舷より敵巡洋艦二隻、本艦隊(テスト部隊)へ主砲の照準を合わせています』
『させないわ。火器管制システム、強制書き換え(オーバーライド)完了。……同士討ちでもしてなさい』
アルティナの冷ややかな声と共に、敵の巡洋艦二隻の砲塔が勝手に旋回し、あろうことか互いの装甲に向けて主砲を放った。轟音と爆炎が上がり、反乱軍の防衛網に致命的な大穴が開く。
『エリーゼ、ロスヴァイセ。その大穴から侵入しようとする魔獣の群れを処理してください。私と我が主は、このまま敵指揮母艦へ肉薄します』
『承知いたしましたわ、リアンヌ様』
『一匹たりとも通しません』
リアンヌの的確な指示のもと、六機のティルフィングは完璧な連携で敵の戦力を削り取っていく。
もはや反乱軍のパイロットたちの目に、この白銀の部隊は「帝国の新型量産機」などという兵器の枠を超え、意思を持った死神の群れにしか見えていなかった。
「……見えたぞ。あれが本命じゃな」
ローゼリアは、爆炎の向こう側に鎮座する、禍々しい装甲に覆われた大型艦——秘密結社アルカードの指揮母艦を視界に捉えた。
旧帝国派閥の残存艦隊が盾となるように周囲を固めているが、その陣形はすでに崩壊寸前である。
「さて、アルカードのネズミども。このまま艦ごと宇宙の塵にしてくれるわ」
ローゼリアが重斬刀を構え、スラスターの出力を最大に引き上げようとした、その時だった。
『——警告! 敵指揮母艦より、極めて強大な魔力反応! この波形、通常の規格外です!』
シエラの切羽詰まった報告が通信回線に響く。
直後、指揮母艦の巨大なハッチが吹き飛ぶような勢いで開き、内部から【深紅の閃光】が飛び出してきた。
ズドォォォォォッ!!
その機体は、周囲のデブリを魔力の余波だけで粉砕しながら、ローゼリアたちの前に立ちはだかった。
全身を禍々しい真紅の装甲で覆い、背部には蝙蝠の翼を思わせる異形の推進器を備えた、特注のマギアナイト。帝国や連邦の技術体系とは明らかに異なる、古代の遺産技術と生体部品(魔獣)を融合させたような、おぞましくも強力な機体であった。
『……ほう。たかが帝国の量産機風情が、よくぞ我々の母艦まで辿り着いたものだ』
オープンチャンネルの通信回線に、傲慢でねっとりとした男の声が響き渡った。
『旧帝国派閥の愚か者どもが次々とやられていると聞いて、どんなエース部隊かと思えば……隊長機の印すらない、名もなき白塗りのテスト部隊とはな。フェイトの小娘も、随分と舐めた真似をしてくれる』
「……誰じゃ、お前は」
ローゼリアはティルフィングの歩みを止め、真紅の異形機を静かに見据えた。
『我が名はガレオン。偉大なる秘密結社アルカードの幹部にして、この専用機【スカーレットブルーム】の主だ』
ガレオンと名乗った男は、モニターの向こうで嘲笑した。
彼には、目の前にいる六機の白いマギアナイトが、ただの「優秀な量産機に乗った一般兵」にしか見えていない。彼が恐れているのは、あくまでエインヘリアルの特異点や戦乙女たちのような規格外のバケモノだけである。
『いくら機体の性能が良くとも、所詮は量産品の枠を出ん。貴様らのような名もなきモルモットどもに、古代の力と魔獣の因子を融合させたこのスカーレットブルームの恐ろしさを、骨の髄まで叩き込んでやろう!』
ガレオンの咆哮と共に、スカーレットブルームの深紅の装甲から、血のような赤い魔力光が噴き出した。
その瞬間、スカーレットブルームがローゼリアのティルフィングの眼前へと【瞬間移動】したかのような超加速を見せた。
「死ねッ! 帝国の雑兵が!!」
スカーレットブルームの腕部から展開された巨大なビームクローが、ローゼリアのティルフィングをコックピットごと両断しようと振り下ろされる。
一般のパイロットであれば、反応すらできずに一撃でスクラップにされていたであろう、必殺の一撃。
——ガギィィィィィンッッ!!!
宇宙空間に、耳障りな金属の激突音が響き渡った。
しかし、両断されたのはティルフィングではなかった。
『……な、に……?』
ガレオンが、驚愕に目を見開く。
深紅のビームクローは、ローゼリアが片手で無造作に振り上げた【重斬刀】によって、完全に受け止められていた。
そればかりか、スカーレットブルームの突進の勢いと圧倒的な出力を、ティルフィングは一歩も退くことなく、完璧な姿勢制御で相殺しきっていたのである。
「名もなき雑兵、じゃと?」
ローゼリアの低く、冷徹な声が通信回線に響く。
その声には、先ほどまでの明るい調子は一切なく、戦場を支配する絶対的な『死神』の威圧感が込められていた。
「アルカードのネズミどもは、相変わらず物の価値を見極める目が節穴のようじゃな」
『ば、馬鹿な!? このスカーレットブルームの最大出力の斬撃を、たかが量産機のフレームと出力で受け止めるなど、物理的に不可能だ! 貴様、一体何者だ!?』
ガレオンがスロットルを押し込み、機体の出力をさらに上げるが、ローゼリアのティルフィングは微動だにしない。
それどころか、装甲の隙間から漏れる駆動音からは、機体が限界を超えてパイロットの『異常な反応速度』に完璧に追従している事実が伝わってくる。
「……機体のカタログスペック(数値)だけで勝負が決まるなら、戦争など必要ない。妾が受け止めたのは、お前の出力ではなく、お前の『浅薄な殺意』そのものじゃ」
ローゼリアは、真紅の瞳を細め、冷ややかに笑った。
「ローゼリア。その機体の装甲、通常のライフルでは抜けないわ。魔獣の生体装甲をコーティングしているみたいね」
後方からアルティナの冷静な分析データが送られてくる。
「シエラの解析によると、関節部の駆動系に僅かな遅延がありますわ。狙うならそこです、ローゼリア様」
エリーゼの優雅な声が続く。
『ろ、ローゼリアだと……!? 貴様、まさか……エインヘリアルの特異点……!?』
通信回線越しに聞こえたその名前に、ガレオンの顔色が土気色に変わった。
行方不明になっていたはずの帝国の絶対的抑止力が、なぜ目の前で『白い量産機』に乗っているのか。その真実に気づいた時、ガレオンの背筋に氷のような悪寒が走った。
「さて、幹部殿。自慢の専用機とやらが、帝国の『ただの量産機』の前にどこまで保つか。……試してやろうぞ」
ローゼリアは、受け止めていたビームクローを強引に弾き返すと同時に、ティルフィングのスラスターを限界まで吹かした。
白銀の機体が、深紅の巨体を翻弄するように、宇宙空間で変幻自在の軌道を描き始める。
偽りの衣を纏った死神と、アルカードの傲慢なる幹部の激突が、今ここに火蓋を切った。




