第六幕 第九話:白銀の悪魔と、特異点の冷徹な笑み
「ふっ……。見よ、この無残な星図を。見事な虫食いじゃな」
開戦から二日後。
暗礁宙域の裏側に一時潜伏し、補給とメンテナンスを行っている魔改造戦艦『ヘイズ』のブリッジで、特異点ローゼリア・エーベルヴァインは作戦卓のモニターを見下ろして口角を上げた。
作戦卓のメインモニターに投影されているのは、この宙域一帯における『反乱軍の勢力図』である。
開戦前は、旧帝国派閥と秘密結社アルカードの連合軍を示す赤いマーカーが、宙域を埋め尽くすほどの密度で配置されていた。しかし現在、その赤い光の群れは見る影もなくまばらになり、あちこちにぽっかりと大きな『空白地帯』ができあがっていた。
「機嫌が良いわね。……シエラ、最新の戦果報告を」
アルティナが促す。
「はい。開戦から四十八時間が経過。我が『第零独立テスト部隊』の六機による遊撃戦術の結果……反乱軍がこの宙域に展開していたマギアナイト戦力のおよそ三分の一を削り落としました。加えて、敵の巡洋艦クラス以上の戦艦を六隻、確実に轟沈させています」
シエラが、淡々と信じられないような戦果を読み上げる。
「たった六機の量産機で、二日の間に敵の三分の一を壊滅……。帝国の軍事史にも類を見ない、異常な殲滅速度です」
オペレーター席に座る帝国軍の兵士が、戦慄を隠せない声で呟いた。
ロードリック艦長も、腕を組みながら「ふっ……バケモノどもめ。頼もしいことこの上ないな」と、口元に凄絶な笑みを浮かべている。
「ふん。もっと褒めても良いのじゃぞ」
ローゼリアが腕を組み、満足げに頷いた。
「それにしても、反乱軍の狼狽えようといったら傑作じゃったな。妾たちがただの量産機『ティルフィング』の姿で突っ込んでいくと、通信回線で随分と喚いておったわ」
「ええ。ローゼリアの提案した『量産機による偽装作戦』は、完全に反乱軍の精神を破壊しつつあります」
アルティナがデータ端末を操作し、敵軍から傍受した通信記録を再生する。
『……くそっ! またあの白銀の部隊だ! 隊長機すら存在しない、真っ白な量産機たった六機に、我々の大隊が半壊させられたんだぞ!?』
『あり得ない……! 帝国の次期主力機は、あんなバケモノ揃いなのか!?』
『エインヘリアルの死神がいなくても、帝国の軍事力はこれほどまでに……! 我々は、取り返しのつかない相手に喧嘩を売ってしまったのでは……!』
通信記録から聞こえてくるのは、底知れぬ絶望と恐怖の声ばかりであった。
彼らは今、「エインヘリアルという規格外の傭兵団」に負けているのではない。「エーベルヴァイン帝国が新たに開発した量産兵器と、名もなきテストパイロットたち」に蹂躙されていると信じ込んでいるのだ。
女帝フェイトが狙った通り、「帝国軍自身の力」に対する絶対的な恐怖が、反乱軍の士気を根底からへし折り始めていた。
「ふふっ。雑兵の掃除も、大分捗りましたわね。私たちが掃討に専念できたのも、リアンヌ様の完璧な指揮のおかげですわ」
エリーゼが、ティーカップを片手に優雅に微笑む。
「ええ。リアンヌの無駄のない戦術機動の指示があったからこそ、私たちは息切れすることなく、二日間でこれほどの戦果を上げることができました」
ロスヴァイセも、深く頷いて同意した。
皆の視線を集めたリアンヌは、少し照れたように頬を掻いた。
「い、いえ。ロードリック艦長が全権を委ねてくださったおかげです。それに、私の仕事はあくまで『我が主が最も力を発揮できる舞台を作ること』だけですから」
リアンヌの謙遜に、ローゼリアは静かに頷いた。
「うむ。リアンヌの言う通り、妾はリアンヌが指定したポイントに突っ込んで、ただ剣を振るっておっただけじゃからな。良い肩慣らしになったぞ」
「あんたは少しは考えなさいよ……。私がどれだけ電子戦で敵の火器管制を狂わせて、あんたへの被弾率を下げてあげたと思ってるの」
アルティナがジト目で睨みつけるが、ローゼリアは「アルティナのサポートも完璧じゃった」と微笑んで応えたため、アルティナは毒気を抜かれたように小さくため息をついた。
「しかし……これだけ派手に暴れ回って、敵の主力艦隊を半壊させても、まだ『本命』が姿を現しませんね」
シエラが、作戦卓の星図の最深部を指し示す。
「秘密結社アルカード、か」
ロードリック艦長が険しい顔つきになった。
「今回の反乱の裏で糸を引いているオカルト集団。奴らが持ち込んだ未知の魔獣部隊とは何度か交戦したが、アルカードの幹部クラスや、奴らの本拠地となる母艦の反応は未だに捉えられていない」
「ふん。旧帝国派閥の連中を盾にして、自分たちは安全な後方で見物を決め込んでいるというわけじゃな」
ローゼリアの真紅の瞳に、冷ややかな怒りの火が灯る。
「ルミナスの星でも散々暗躍しおってからに。妾はああいう、裏で策を弄する陰湿な連中が嫌いなんじゃ」
ローゼリアは作戦卓から視線を上げ、戦乙女たちを見渡した。
「良いか、皆の者。反乱軍の戦力が三分の一削れたとはいえ、まだ半分以上残っておる。そして、アルカードの連中をこの帝国宙域から完全に排除しなければ、姉上の政治的ジレンマも解決せん」
「その通りね。……それに、ただの量産機にコテンパンにされるという屈辱を、アルカードの連中にもたっぷり味わわせてやらないと」
アルティナが不敵に笑う。
「補給と推進剤の充填、完了しました。白銀のティルフィング六機、いつでも出撃可能です」
ロスヴァイセが、完璧なタイミングで報告を上げる。
「よし。ならば休息は終わりじゃ。これより第零独立テスト部隊は、反乱軍の残存艦隊を叩き、アルカードのネズミどもを炙り出す」
ローゼリアが、前方に視線を向けた。
「リアンヌ、次の狩り場の指示を頼むぞ」
「はっ! 我が主の御心のままに!」
ローゼリアを筆頭に、六人の戦乙女たちは再びパイロットスーツのヘルメットを抱え、出撃用カタパルトへと歩き出す。
開戦からわずか二日。
反乱軍にとっての『白銀の悪夢』は、まだ始まったばかりであった。




