第六幕 第八話:白銀の悪夢、開戦
暗礁宙域の深部。
旧帝国派閥の反乱軍と、秘密結社アルカードの連合艦隊は、巨大な小惑星群を天然の要塞として陣形を組んでいた。
反乱軍の旗艦である大型戦艦のブリッジでは、豪奢な軍服を着崩した旧帝国派閥の司令官が、ワイングラスを片手に傲慢な笑みを浮かべていた。
「ふん。フェイトの小娘め、正規軍の防衛ラインはすでに虫の息だというのに、未だに降伏の通信も寄越さんとはな」
司令官が鼻で笑う。
「エインヘリアルの『特異点』が行方不明となった今、帝国の戦力など恐るるに足らん。我々にはアルカードから提供された強靭な魔獣部隊もある。このまま帝都まで一気に押し潰してくれるわ!」
その時だった。
『——警報! 宙域座標D-7、至近距離にて強大な魔力反応! こ、これは……!』
レーダー手の悲鳴のような報告と同時に、旗艦のブリッジをけたたましいサイレンが包み込んだ。
「何事だ!?」
司令官がワイングラスを取り落とし、メインスクリーンを睨みつける。
何もないはずの宇宙空間。
突如として空間が陽炎のように歪んだかと思うと、その光学迷彩のヴェールを脱ぎ捨てて、一隻の漆黒の巨艦が姿を現した。
エインヘリアルの手によって魔改造を施された帝国軍の特務戦艦『ヘイズ』。
反乱軍の絶対防衛ラインの「内側」にまで、完全に無音のまま潜り込んでいたのだ。
『——ロードリック艦長より全砲門へ。反乱軍の寝首を掻き切れ。主砲、一斉射撃!』
ヘイズの無骨な装甲が展開され、増設された規格外の魔力炉から莫大なエネルギーが砲身へと注ぎ込まれる。
次の瞬間、宇宙の闇を切り裂く極太の閃光が放たれた。
ズドォォォォォォォォォォォォンッッ!!!
奇襲の一撃は、反乱軍の護衛艦三隻の魔力シールドを紙切れのように貫通し、そのまま轟沈させた。
「ば、馬鹿な!? なぜあんな至近距離まで敵艦の接近を許した!」
司令官が血相を変えて怒鳴る。
「だが、たかが単艦の奇襲だ! 迎撃部隊を出せ! あのふざけた戦艦をハチの巣にしてやれ!」
旗艦からの命令を受け、反乱軍の旧式マギアナイト部隊と、アルカードが操る異形の魔獣たちが、一斉にヘイズへと群がり始める。
その動きを、ヘイズのブリッジから冷静に見据えていたロードリック艦長が、重々しく口を開いた。
「……露払いは済んだ。これより、戦術指揮をリアンヌに移譲する。行け、お嬢さん方」
『了解しました。——これより、マギアナイト部隊の指揮は私が執ります』
通信機越しに、純白の近衛騎士リアンヌの凛とした声が響く。
ヘイズの巨大なハッチが開き、六つの出撃用カタパルトが暗礁宙域へとせり出した。
『シエラ、アルティナ。敵艦隊の通信網および火器管制への電子攻撃を開始。敵の連携を寸断してください』
『了解。ルミナス式の魔法術式を織り交ぜた遅延プログラムを流し込むわ。……三秒後、敵のレーダーは完全に死ぬわよ』
アルティナの不敵な声と共に、不可視の電子パルスが戦場全域にばら撒かれる。
『ロスヴァイセ、エリーゼ。右翼から回り込んでくる魔獣部隊の迎撃を。一匹たりとも本艦には近づけないでください』
『ええ、お任せを。……さあ、お掃除の時間ですわね』
『害虫駆除、開始します』
ロスヴァイセとエリーゼが搭乗する二機のティルフィングが、カタパルトから音もなく射出される。
『そして、我が主。……中央突破し、敵の旗艦を一直線に叩き斬ってください』
リアンヌの指示に対し、先頭のカタパルトで待機していた機体から、底抜けに明るく、そして血に飢えた歓喜の声が返ってきた。
『 完璧な采配じゃ、リアンヌ! 妾は何も考えず、ただ目の前の敵をぶち抜けば良いんじゃな!?』
ローゼリアが操縦桿を強く握りしめる。
彼女が乗るティルフィングは、フィーネの魔改造によって、ルシフェル・リベリオンに勝るとも劣らない、常人には制御不可能な超ピーキーな『じゃじゃ馬』へとチューンナップされていた。
「さあ、見せてやるのじゃ! 帝国の『ただの量産機』の恐ろしさをな! ローゼリア、出るぞ!!」
ゴァァァァァァッ!!
ティルフィングの背部スラスターから限界突破の蒼白い炎が噴き出し、カタパルトのレールが融解するほどの猛烈な加速で、白銀の機体が宇宙空間へと弾き出された。
「なんだ、あれは……?」
迫り来る白銀の機影を見た反乱軍のパイロットたちは、一様に首を傾げた。
「帝国軍の新しい量産機か? だが、装甲もカラーリングも真っ白で、隊長機の印すらない」
「ふん、ただの一般兵のテスト部隊だろう! 数で押し潰せ!」
十機以上の反乱軍マギアナイトが、一斉にアサルトライフルを構え、先頭を突っ走るローゼリアのティルフィングへと弾幕を張る。
誰もが、その哀れな白い機体が宇宙の塵になると思った。
——しかし。
「遅い、遅い、遅ぉぉいっ!!」
ローゼリアのティルフィングは、機体をコマのように回転させながら、降り注ぐ光の弾幕をミリ単位の精度ですり抜けていく。
そのまま一切減速することなく、敵陣のど真ん中へと突撃した。
「なっ……!? なんだあの機動力は!?」
驚愕する敵パイロットが反応するより早く、ローゼリアは背部の重斬刀を引き抜き、すれ違いざまに横一文字に振り抜いた。
ガガガガァァァンッ!!
一瞬の交錯。
ただの一振りで、三機の反乱軍マギアナイトの胴体が真っ二つに両断され、爆炎を上げて四散する。
「ば、馬鹿な! 一般兵があんな動きを……!?」
「ひぃぃっ! まるで……まるで、あの『死神』のルシフェルみたいな挙動じゃないか!」
パニックに陥る反乱軍をよそに、ローゼリアはアサルトライフルを連射しながら、三次元的な変態機動で次々と敵機をスクラップに変えていく。
さらに、右翼ではロスヴァイセとエリーゼが凄まじい制圧力を発揮していた。
『ウフフッ……弾幕展開。逃げ場はありませんわよ?』
エリーゼのティルフィングが両肩の魔導砲とライフルを同時斉射し、精密機械のような弾幕で魔獣たちを蜂の巣にしていく。
『メイドの務めとして、ゴミは一つ残らず消去します』
ロスヴァイセが、魔獣の死角を正確に突いた格闘術で、巨大な獣の首を次々と刎ね飛ばしていく。
「あ、あり得ん……! なんだあの部隊は!?」
反乱軍の旗艦ブリッジで、司令官が頭を抱えて悲鳴を上げていた。
「所属不明の白い量産機たった六機に、我が方の主力部隊が赤子のように蹂躙されているだと!? 帝国軍は……いつからあんなバケモノ揃いの量産機を配備したのだ!?」
特異点の悪知恵は、見事に反乱軍の精神をへし折っていた。
エインヘリアルという伝説の存在ではなく、『帝国軍の量産機』というただの兵器が自分たちを圧倒しているという事実が、彼らに「帝国には絶対に勝てない」という底知れぬ恐怖とトラウマを植え付けていく。
「さあ、どんどん行くのじゃ! 反乱軍のネズミども、このローゼリア様の……いや、帝国の白銀の刃の前に、ひれ伏すが良いわ!!」
狂喜の笑い声を上げながら、ローゼリアの駆る白銀のティルフィングは、反乱軍の旗艦を目指して血路を切り開いていく。
戦乙女たちによる「量産機での蹂躙」という極上の下克上劇が、今、華々しく幕を開けたのであった。




