第六幕 第六話:女帝の政治的ジレンマと、特異点の悪知恵
白銀の最新鋭機『ティルフィング』のテスト・ランを終え、圧倒的な戦闘データと熱狂的な士気を第十一秘密ドックにもたらしたローゼリア。
彼女が意気揚々と母艦エインヘリアルのブリッジへ帰還した直後、メインモニターに再び最高機密回線の着信を知らせるアラートが鳴り響いた。
『——通信繋ぎます。フェイト陛下からです』
レガリアの報告と共に、スクリーンに豪奢な軍服を纏った女帝フェイトの姿が映し出される。その漆黒の瞳には、先ほどの通信時にはなかった、為政者としての重くシビアな光が宿っていた。
「どうしたのじゃ、姉上! 妾のティルフィングでの華麗なテスト機動、見ておったか? これでもう量産機のOSは完璧じゃぞ! いつでもルシフェル・リベリオンで出撃して、反乱軍の旗艦を沈めてやれるわ!」
ローゼリアが胸を張って報告するが、フェイトはゆっくりと首を横に振った。
『……ええ、見事なデータ取りだったわ。技術部もフィーネの調整能力と貴女の操縦センスに感涙していた。けれど……事態が少し複雑になったの』
フェイトは扇子を口元に当て、ブリュンヒルデとローゼリアを真っ直ぐに見据えた。
『結論から言うわ。今回の反乱軍鎮圧作戦において、エインヘリアルおよび戦乙女専用機の投入は「最終手段」に格下げとするわ。貴女たちには、基本的には後方待機を命じます』
「……はぁっ!?」
ローゼリアの間の抜けた声がブリッジに響いた。
「お待ちください、陛下。それはどういう意図でしょうか?」
ブリュンヒルデが、冷静ながらも鋭い声で問い質す。
「我々エインヘリアルの戦力抜きで、アルカードの支援を受けた反乱軍を鎮圧できると? 現状の帝国軍の戦力では、被害が拡大する一方のはずですが」
『ええ、分かっているわ。軍事的な合理性だけで言えば、貴女たちを最前線に投入するのが最も確実な勝利への道よ。……でも、これは「政治」の問題なの』
フェイトは、苦渋の表情を微かに滲ませながら、自身が抱える政治的なジレンマを語り始めた。
今回、旧帝国派閥が反乱を起こせた最大の要因は、帝国の強大な抑止力であったローゼリアたちが行方不明になったからに他ならない。もしここで再びエインヘリアルの圧倒的な力――ルシフェルなどの規格外の専用機――に頼って反乱を鎮圧してしまえば、「帝国はエインヘリアルという『外部の傭兵団』に頼らなければ、身内の反乱すら鎮められない」という事実を全宇宙に証明することになってしまう。
それでは帝国の威信は失墜し、今後再びエインヘリアルが別の宙域へ遠征した際、必ず第二、第三の反乱が起きるという未来への禍根を残すことになる。フェイト自身の「女帝としての統治能力と発言力」も、根底から揺らいでしまうのだ。
『だからこそ、私は帝国を統べる女帝として、この内乱を「帝国軍自身の力」で鎮圧しなければならないの。反乱分子どもに、もはや特異点がいなくとも今の帝国に逆らうことは不可能だと、骨の髄まで分からせる必要があるのよ』
フェイトの痛切な言葉に、ブリッジは重い沈黙に包まれた。
彼女の言うことは、国家のトップとして完全に正しい。エインヘリアルはあくまで「強力な傭兵団」であり、帝国の正規軍そのものではないからだ。
「……つまり、妾の『ルシフェル・リベリオン』や、リアンヌの『ブラン』のようなエインヘリアルの艦載機は、表立って使えないということじゃな?」
ローゼリアが、不満げに唇を尖らせる。
『そういうこと。本当に帝都が落ちそうになった時の最終防衛ラインとしては頼るかもしれないけれど……極力、出撃は控えてもらうわ。ごめんなさいね、ローゼリア』
フェイトが申し訳なさそうに通信を切ろうとした、その時だった。
「——待つのじゃ、姉上」
ローゼリアの真紅の瞳に、キラリと『狡猾な悪知恵』の光が閃いた。
「姉上の懸念はよく分かった。要するに、『エインヘリアルの専用機』が戦場で目立ってしまえば、帝国のメンツが丸潰れになるということじゃな?」
『ええ、そうよ』
「そして、反乱軍や全宇宙の貴族どもに、『帝国軍の新たな力』を見せつけ、二度と逆らおうという気を起こさせないほどの圧倒的な恐怖を植え付ければ良いんじゃな?」
『……ローゼリア? 貴女、何を考えて……』
フェイトが、嫌な予感を感じて眉をひそめる。
ローゼリアは、ニヤリと口角を吊り上げ、極悪人のような(それでいて最高に楽しそうな)笑みを浮かべた。
「ならば、話は簡単じゃ。——妾たちが『帝国軍の量産機』に乗って出撃すれば良いんじゃよ」
「……なっ!?」
フェイトだけでなく、ブリュンヒルデやアルティナたちまでが目を丸くした。
「良いか? 姉上が用意した次期主力量産機『ティルフィング』は、正真正銘、帝国軍が開発した兵器じゃ。それに乗っているパイロットの顔など、装甲の外からは誰にも分からん!」
ローゼリアは、名案だと言わんばかりにビシッと画面のフェイトを指差した。
「妾たち戦乙女の前衛部隊が、全員で『白銀のティルフィング』に搭乗して最前線に出る! そして、反乱軍の艦隊を文字通りチリ一つ残さず殲滅するのじゃ!」
ローゼリアの提案の意図を理解し、シエラが即座に戦術予測を演算する。
「……なるほど。外部から見れば、『帝国軍の新しい量産機部隊が、信じられないほどの圧倒的戦闘力で反乱軍を蹂躙した』という歴史的事実だけが残ります」
「そうじゃ! 反乱軍からすれば、『なんだあの白い量産機は!? アタオカな機動力で迫ってくるぞ!? 帝国軍の一般兵はいつからあんなバケモノ揃いになったんじゃ!?』と絶望すること間違いなしじゃ! エインヘリアルの名前は一切出ず、手柄はすべて『帝国の最新兵器ティルフィング』と『姉上(女帝)』のものになる!」
ローゼリアは、両手を広げて高らかに宣言した。
「パイロットの正体は『帝国軍の所属不明のテスト部隊』とでもしておけば良い! これなら、政治的ジレンマも帝国の威信も、すべて解決じゃろう!?」
ブリッジは再び静まり返った。
しかし今度は、絶望の沈黙ではなく、あまりにも盲点をついた『悪辣な抜け道』に対する驚愕の沈黙であった。
『…………』
モニター越しのフェイトは、ポカンと口を開けたまま数秒間フリーズし、やがて——。
『……ふふっ。あははははっ!』
漆黒の瞳を細め、腹を抱えて上品かつ豪快に笑い出した。
『素晴らしいわ、ローゼリア! 貴女のその戦いへの執念と悪知恵、最高よ! まさか、誇り高い戦乙女たちが、身分を隠して帝国の量産機で出撃するなんて言い出すとは思わなかったわ!』
「なに、妾はルシフェルに乗れんのは残念じゃが、あのティルフィングもフィーネの魔改造のおかげで、なかなかスリリングな『じゃじゃ馬』に仕上がっておってな。たまには縛りプレイ(量産機無双)も一興というやつじゃ!」
『……承認するわ』
フェイトは笑いを収め、女帝としての絶対的な権威を持った声で告げた。
『特異点ローゼリア、ならびにエインヘリアル前衛部隊。貴女たちを、帝国軍第零独立テスト部隊に一時的に出向扱いとする。搭乗機は、第十一ドックに配備されている最新鋭機ティルフィング』
フェイトは、口元にローゼリアとよく似た好戦的な笑みを浮かべた。
『帝国に仇成す愚かな亡霊どもに、白銀の絶望を叩き込んでやりなさい。……帝国の新たな剣の恐ろしさを、全宇宙に刻み込むのよ!』
「御意!!」
ローゼリアは、満面の笑みでビシッと敬礼した。
通信が切れ、ブリッジに再び活気が戻る。
「やれやれ……。本当にローゼリアの悪知恵には呆れるわね」
アルティナが肩をすくめるが、その顔もどこか楽しげであった。
「ブリュンヒルデ団長! そういうわけじゃから、妾はリアンヌ、エリーゼ、ランドグリーズたちを連れて、格納庫のティルフィングを分捕ってくるぞ!」
ローゼリアが弾むような足取りで駆け出す。
「ああ、許可する。存分に暴れてこい」
ブリュンヒルデも、口元に薄く笑みを浮かべて頷いた。
「よぉーし! フィーネ! 今すぐドックにあるティルフィング全機を『エインヘリアル仕様』にピーキーにチューンナップし直すのじゃ! 量産機による下克上、いっちょ派手に開幕といくぞぉぉっ!!」
銀河最強の女傭兵団は、帝国軍の白銀の衣を身に纏い、反乱軍にトラウマを植え付けるための最凶の『テスト部隊』として、偽りの仮面の下で鋭い牙を剥いた。
死神たちの狩りの時間が、今、始まろうとしていた。




