第六幕 第五話:白銀の試金石と、死神が踊る模擬戦(テスト・ラン)
帝国軍第十一秘密ドックの広大な格納庫に、甲高い電動工具の音と、溶接の火花が散る音が鳴り響いていた。
「よしっ! 腰部フレームの魔力伝導率のバイパス調整完了! スラスターの出力に対する装甲強度の補強も終わったぜ!」
油まみれのツナギを着たエインヘリアルの整備班長フィーネが、額の汗を手の甲で拭いながら、満足げに声を上げた。
彼女の眼前には、整備用アームに固定された白銀の最新量産機『ティルフィング』が鎮座している。ほんの数時間前までは「凡人パイロットを殺す棺桶」と酷評されていた機体だが、フィーネの神懸かり的な技術と徹底的な改修により、その内面は全く別の『名馬』へと生まれ変わっていた。
「見事じゃ、フィーネ! これなら妾が本気で振り回しても、そう簡単には空中分解せんな!」
コックピットハッチの傍らで、ローゼリア・エーベルヴァインが目を輝かせてティルフィングの装甲を撫でていた。
パイロットスーツに着替えた彼女の姿は、小柄ながらも無駄のない引き締まったラインを描いており、普段のフリルの多い軍服とは違った、純粋な『戦士』としての機能美を漂わせている。
「おう。だが、フレームを補強した分、機体の重量バランスがほんの少しだが変わっちまった。それに、元々のピーキーな操作性はあえて残してある。……このじゃじゃ馬の『操作性の向上』と、量産化に向けた最適解のリミッターを再設定するためには、どうしても実戦レベルでの【データ取り】が必要だ」
フィーネはデータパッドを叩きながら、ニヤリと笑ってローゼリアを見上げた。
「大将、一丁乗ってくれるか? アンタの極限の機動に合わせてOSの学習データを取れりゃ、帝国軍のド素人どもでも扱える最高の操縦支援ソフト(アシスト)が完成する」
「ふはははっ! 愚問じゃな! 妾を誰だと思っておる!」
ローゼリアは、弾むような足取りでティルフィングのコックピットへと飛び込んだ。
「最新鋭の量産機を真っ先に乗り回せるなど、エースパイロットとしての誉れにして至高のロマンではないか! データ取りでも何でも、存分に協力してやるぞ!」
ウィィィィン……という駆動音と共にハッチが閉じ、ティルフィングのメインカメラに真紅の光が灯る。
ローゼリアの愛機である『ルシフェル・リベリオン』とは異なる、標準化された帝国軍のコンソール。しかし、ローゼリアの天才的な操縦センスは、数秒でその配列を把握し、自身の神経と機体のOSを完全にリンクさせていった。
『こちらローゼリア。ティルフィング、システムオールグリーンじゃ! 魔力炉のアイドリングも絶好調だぞ!』
通信機から響くローゼリアの明るい声に、フィーネが親指を立てる。
「よし。それじゃあ大将、秘密ドックの外にある暗礁宙域に出てくれ。……『テストの相手』は、すでに待機させてある」
秘密ドックの外側に広がる、巨大ガス惑星の引力圏に捕らわれたデブリ(宇宙ゴミ)や小惑星が密集する暗礁宙域。
そこは、レーダーが乱反射し、視界も遮られるため、実戦形式の模擬戦を行うにはうってつけの場所であった。
ティルフィングの背部スラスターから蒼白い炎が噴き出し、白銀の機体が音もなく暗礁宙域へと躍り出る。
『——お疲れ様です、死神のアネゴ!』
ローゼリアのティルフィングが宙域に到達した瞬間、通信モニターに三つの機影が映し出された。
それは、帝国軍の現行主力機『ブレイバー』の小隊であった。
直線的な装甲と無骨なフォルムを持つブレイバーは、長年帝国軍を支えてきた堅牢で信頼性の高い機体である。ティルフィングのシャープで流線型なフォルムとは対照的だった。
「おお! お前たちは、さっきの休憩室におった……」
ローゼリアがモニターの向こうの顔ぶれを見て、パッと表情を明るくした。
『はい! アネゴに【ギャップ萌え】の真髄を教わった、第十一ドック防衛隊のジャックです! 本日はティルフィングのテスト相手を務めさせていただきます!』
『俺たちも、アネゴの胸を借りるつもりで全力でいきますよ!』
パイロットたちは、先ほどローゼリアと缶コーヒーを飲みながら男のロマンを語り合った若い兵士たちであった。彼らの声には、帝国最強のエースと手合わせができるという興奮と、熱烈な敬意が入り交じっている。
「ふははっ、元気があってよろしい! じゃが、妾は手加減という言葉を知らんぞ? ブレイバーの限界、見せてもらうのじゃ!」
『望むところです! 模擬戦ルール、ペイント弾および出力30%制限の近接兵装によるヒット・アンド・アウェイ! ……戦闘開始!!』
ジャックの号令と共に、三機のブレイバーがスラスターを全開にし、デブリ群の影を利用して散開した。
彼らも現役で最前線を張るパイロットだけあって、連携はスムーズであり、無駄な動きがない。
『さて、まずはアサルトライフルによる射撃戦と、スラスターの慣性制御のデータ取りだ! 大将、思いっきり飛び回ってくれ!』
通信越しにフィーネの指示が飛ぶ。
「承知じゃ!」
ティルフィングとブレイバーの主兵装は、共通規格の『魔力駆動式アサルトライフル』である。連射性能に優れ、装甲を撃ち抜く貫通力を持った標準的な武装だ。
ドドドドドッ!!
デブリの陰から飛び出したブレイバーの一機が、牽制のライフルを連射してくる。
光の弾幕が宇宙空間を引き裂き、ローゼリアのティルフィングへと殺到する。
「……ふむ。加速のレスポンスは……」
ローゼリアは、飛来する弾幕をギリギリまで引きつけると、操縦桿を軽く弾き、ペダルを踏み込んだ。
ゴォォォォッ!!
ティルフィングの背部スラスターが火を噴き、白銀の機体が物理法則を無視したかのような鋭角なスライド移動を見せた。
数千発の弾幕が、ティルフィングの残像を掠めて虚空へと消えていく。
「おおっ! なかなかじゃ! 加速の立ち上がりはルシフェルに一歩譲るが、最高速度への到達時間は現行のブレイバーの1.5倍は早い! だが……急加速した時の機体のブレ(反動)が、少しだけピーキーじゃな!」
ローゼリアは、機体が急制動をかけた際に生じる僅かな慣性のズレを、瞬時に手動の姿勢制御バーニアで相殺していく。
凡人のパイロットであれば、この急加速の直後に機体の制御を失い、標的の的になってしまうだろう。しかし、ローゼリアの神懸かり的な反射神経と予測能力は、そのじゃじゃ馬の癖をたった一度の機動で完全に掌握してしまった。
『すげえ……! あの速度で急旋回して、なんで機体がブレないんだ!?』
『アネゴの予測制御がヤバすぎる! こちらの射線が完全に読まれてるぞ!』
驚愕するジャックたちを尻目に、ローゼリアはデブリを蹴って三次元的な機動を描きながら、アサルトライフルを構えた。
「よそ見をしておる暇はないぞ、若いの! ほれ、反撃じゃ!」
ダダダダダッ!!
ローゼリアの放つペイント弾が、寸分の狂いもなくブレイバーたちの関節部やスラスターの死角を正確に撃ち抜いていく。
彼女はただ撃つのではなく、「ティルフィングの予測エイムシステム」の遅延時間を計算し、あえてコンマ数秒先の手動照準で敵を捉えていた。
『データ、バンバン取れてるぜ大将! そのまま近接戦闘に移行だ! フレームの耐久テストをやる!』
「よしきた! 抜刀じゃ!!」
ローゼリアはアサルトライフルを腰部マウントに懸架し、マニピュレーターで背中に装備された『重斬刀』を引き抜いた。
高周波の魔力を帯びた巨大な刃が、宇宙空間でギラリと輝く。
『来るぞ! 迎え撃て!!』
ジャックのブレイバーも重斬刀を構え、正面からティルフィングへと突進してきた。
ガギィィィンッッ!!
二振りの重斬刀が激突し、火花と魔力の残滓が周囲のデブリを吹き飛ばす。
出力制限をかけているとはいえ、数十トンの金属の塊同士がぶつかり合う衝撃は凄まじい。フィーネが補強したティルフィングの腰部フレームが、ギリギリと軋み音を上げるが、決してへし折れることはなかった。
「……見事な踏み込みじゃ、ジャック! 腕を上げたな!」
「くっ……! アネゴの圧力が重すぎる……! ブレイバーの出力じゃ、押し負ける!」
鍔迫り合いの最中、ローゼリアはティルフィングの機体バランスの細かな振動を皮膚感覚で感じ取っていた。
「(フレームの強度は問題ない。じゃが、重斬刀を振り下ろす際、右腕のサーボモーターへの魔力供給が0.05秒遅れる癖があるな。……フィーネ、後でここの供給ラインのパイプを太くしてやってくれ)」
ローゼリアは心の中で機体の修正点をリストアップしながら、スラスターを吹かしてジャックのブレイバーを強引に弾き飛ばした。
そこに、背後から別のブレイバーが斬りかかってくる。
「甘いぞ! 左の推進器の出力が少し遅れておる!」
ローゼリアは、ティルフィングのメインスラスターを逆噴射させ、機体を独楽のように回転させながら敵の斬撃を軽々と回避した。
そのまま遠心力を利用した重斬刀の一閃が、ブレイバーの胸部装甲に鮮やかなペイントの太刀筋を刻み込む。
『うわぁっ!? 今の、どうやって避けたんだ!?』
『背中に目でもついてるのかよ!?』
三機のブレイバーが束になっても、ティルフィングを操るローゼリアの装甲に傷一つ、いや、ペイントの一滴すらつけることができない。
圧倒的な機体性能の差もあるが、何よりもパイロットとしての『格』が違いすぎた。ローゼリアは、まるで戦場という舞台で優雅なワルツを踊るかのように、白銀の機体を自在に躍動させていた。
ドックの管制室でモニターを見つめていたフィーネは、データパッドに次々と流れ込んでくる膨大な数値を前に、狂喜の笑みを浮かべていた。
「すげえ、凄ぇぜ……! 大将の機動が、ティルフィングのOSの限界値を次々と書き換えていきやがる……! これなら、大将の動きのデータをベースにした『初心者用リミッター』を組み込める! 棺桶が、誰でも乗れる名馬になるぞ!!」
戦闘宙域。
ブレイバー小隊はすでに三機ともペイント弾と斬撃を浴び、実戦であればとっくに撃墜判定となっている状態だった。
しかし、彼らの士気は全く落ちていなかった。むしろ、目の前で帝国最強のエースが繰り広げる神業のような操縦技術に、魂を震わせていた。
「ハァ……ハァ……! アネゴ、強すぎるっす……!」
「だが、これで終わりじゃないぞ! 現行のブレイバーと同じ装備なら、機動力の差で済むが……ティルフィングには、まだ『隠し玉』があるはずだ!」
ジャックが、肩で息をしながら通信機越しに叫ぶ。
「ふはははっ! よく分かっておるな、若いの!」
ローゼリアは、ティルフィングの重斬刀を収め、機体の姿勢を低くした。
「フィーネ! 最後のデータ取りじゃ! 機体背部の『魔導砲』、魔力回路の接続は良好か!?」
『おう! リミッターは解除してある! 暴発だけは気をつけて、ド派手にぶっ放してみな!』
ティルフィングの最大の特徴。それは、ブレイバーのような現行機には搭載不可能な高出力の魔力兵装を、量産機でありながら標準装備している点にあった。
機体の背部から、二門の巨大な砲身がスライドして展開され、両肩の上へとせり出してくる。
「さて、お次はこれじゃな。……標的は、あれじゃ!」
ローゼリアは、ブレイバー小隊をロックオンするのではなく、彼らの遥か後方に浮遊している、直径百メートル近い巨大な小惑星の欠片に照準を合わせた。
「エネルギー充填……120%! 臨界点突破! ティルフィング、背面魔導砲……放てぇぇぇっ!!」
ローゼリアがトリガーを引き絞った瞬間。
ティルフィングの二門の砲身から、宇宙の闇を切り裂くような、極太の蒼白い魔力の奔流が放たれた。
ズドォォォォォォォォォォォォンッッ!!!
音のない宇宙空間において、網膜を焼き尽くすほどの強烈な閃光が弾ける。
圧倒的な火線を伴った魔導砲の一撃は、巨大な小惑星の欠片に直撃し、それを粉々の塵すら残さずに完全に『蒸発』させた。
その余波だけで、周囲の小惑星が吹き飛ばされ、ブレイバー小隊の機体が木の葉のように揺れる。
『な……っ!?』
『ひぃぃぃっ! なんちゅう火力だ!? もし俺たちに当たってたら、ペイント弾の設定でも灰になってましたよ!?』
ジャックたちが、あまりの破壊力に悲鳴を上げる。
「ふははははっ! 素晴らしい! これは良い火力じゃ! ブレイバーのアサルトライフルでは落としきれない大型艦や魔獣の硬い装甲も、これなら一撃で貫ける! 量産機にこれだけのロマン砲を積むとは、帝国の技術部もなかなか分かっておるではないか!」
ローゼリアは、砲身から白い排熱の煙を上げるティルフィングのコックピットで、大満足の笑い声を上げた。
「……よし、全テスト項目クリアだ! 大将、ジャック小隊、お疲れさん! 完璧なデータが取れたぜ!」
フィーネからの通信が入り、模擬戦の終了が告げられた。
「うむ! 良い汗をかいたぞ! ジャックたちも、なかなか良い動きじゃった! 次の戦場では、その調子で妾の背中を守るのじゃぞ!」
『はっ! 光栄の極みです、死神のアネゴ!!』
白銀のティルフィングと、三機のブレイバーが、連れ立って秘密ドックへと帰還していく。
ドックの格納庫に降り立ったローゼリアを待っていたのは、割れんばかりの拍手と歓声だった。
モニター越しに模擬戦の一部始終を見ていた兵士や整備員たちが、彼女の圧倒的な技術と、機体のポテンシャルを極限まで引き出す姿に心酔し、熱烈な賛辞を送っていたのだ。
「すげえ……! あれが、俺たちの死神……!」
「ピーキーなティルフィングを、あそこまで完璧に乗りこなすなんて……!」
「ガハハハ! 苦しゅうない、苦しゅうないぞ! もっと褒めて良いのじゃ!」
ローゼリアはヘルメットを小脇に抱え、ドヤ顔で兵士たちに手を振っている。
フィーネがデータパッドを片手に駆け寄ってきた。
「大将、最高だ! アンタの機動データのおかげで、ティルフィングの姿勢制御OSを完全に最適化できた。これなら、明日からでも全機体を実戦配備できる! 帝国軍の戦力が、これで何倍にも跳ね上がるぜ!」
「うむ! 棺桶を名馬に変えるのが、お主の腕じゃろう? 良い仕事じゃった!」
ローゼリアはフィーネとハイタッチを交わした。
「……ま、量産機としては最高の仕上がりじゃが。やはり妾には、じゃじゃ馬極まりない『ルシフェル・リベリオン』が一番じゃな! あいつのピーキーさに比べれば、ティルフィングはまだまだ優等生すぎるわい」
ふふっ、と笑いながら、ローゼリアは自分の愛機が眠るエインヘリアルの格納庫へと視線を向けた。
次なる反乱軍との決戦へ向けて。
ローゼリアがもたらした完璧な戦闘データと、秘密ドックの兵士たちの士気は、今まさに最高潮に達しようとしていた。




