第六幕 第四話:むさい休憩室のボーイズトークと、特異点の『男のロマン』
帝国軍第十一秘密ドックは、過酷な前線基地である。
来るべき反乱軍との決戦に備え、昼夜を問わず機体の整備と物資の搬入が行われており、施設内は常に機械油と汗の匂いが充満していた。
そして何より、このドックには致命的なまでに『女っ気』がなかった。
駐留している整備兵やパイロットの実に九割九分がむさい男たちであり、彼らの数少ない娯楽といえば、食堂のテレビで流れる帝都のアイドル番組を眺めることくらいであった。
そんな荒涼とした男たちの園に、突如として銀河最強の女傭兵団『エインヘリアル』がやってきたのだ。
しかも、乗組員である戦乙女たちは、揃いも揃って絶世の美女や美少女ばかり。兵士たちの士気が異常なまでに跳ね上がったのは、言うまでもない。
その日の休憩時間。
ドックの片隅にあるパイロットの待機室では、缶コーヒーを片手にした若い兵士たちが、熱を帯びた声で『ある議論』を交わしていた。
「いや、マジで奇跡の部隊だろエインヘリアル……。ここ数ヶ月、女の顔なんて全く見てなかったから、目が浄化されそうだぜ」
「ああ。それで……お前ら、ぶっちゃけ誰が一番好みよ?」
待ってましたとばかりに、一人の兵士が身を乗り出した。
「俺は断然、部隊長のブリュンヒルデ様だな! あの銀髪とクールな眼差し……! 普段は厳格な上官が、二人きりになった時にだけ見せるデレ……想像しただけで最高じゃないか!」
「バカ言え、お前は分かってない。王道はレガリアさんだろ! あの完璧なメイド服と、包み込むような母性! 疲れて帰ってきた俺を『お疲れ様です』って紅茶で癒やしてほしいんだよ!」
「いやいや、男ならランドグリーズ様のあのダイナマイトボディ一択だろ! あの豪快な笑顔で背中をバンバン叩かれたい!」
「リアンヌ様の、一途な金髪騎士ってのも捨てがたいぞ……!」
男たちの熱い(そして不毛な)好みの議論が白熱していく。
その時だった。
「——甘い。甘すぎるのう、お前たち。表面上の属性しか見えておらんわ」
「あぁん? 誰だお前、新入りか?」
盛り上がりに水を差され、兵士の一人が不満げに振り返る。
そこにいたのは、いつの間にかパイプ椅子を逆向きにして座り、男たちと同じように缶コーヒーを啜っている、金髪ツインテールの少女——ローゼリアであった。
「なっ……!?」
「しっ、死神……!?」
まさかの帝国最強のエース(しかも皇族)の登場に、兵士たちは心臓が止まるかと思い、慌てて立ち上がって敬礼しようとした。
しかし、ローゼリアは「よいよい、今は無礼講じゃ」と片手で制し、呆れたようにため息をついた。
「お前ら、理想を抱くのは勝手じゃが、現実はもっと過酷じゃぞ。ブリュンヒルデは重度のワーカーホリックで常に胃薬を飲んでおるし、レガリアの管理は分刻みで休日は一切の自由がない。ランドグリーズの食費は一食で給料の半年分が飛ぶし、リアンヌの愛は重すぎてGPSで24時間監視されるブラックホールじゃ」
「「「な、なんだってーっ!?」」」
エインヘリアルの内情を容赦なく暴露され、兵士たちが絶望の声を上げる。
「いいか? 共に戦場を生き抜くパートナーとして、本当に心癒やされる『男のロマン』とは何か。……それはズバリ、『ギャップ萌え』じゃ!!」
ローゼリアは、缶コーヒーをドンッと机に置き、前世のネトゲ廃人『宮本悠斗』としてのオタク知識と熱意を全開にして語り始めた。
「例えば、アルティナじゃ! 普段はツンツンして冷たい言葉を投げかけてくる金髪特待生が、ふとした瞬間に真っ赤になって目を逸らす! あの破壊力は計り知れん! さらに、普段は無口でクールなスナイパーのオルトリンデが、小動物のように無言でお菓子を差し出してくるあの控えめな優しさ! そして極めつけは、次女のロスヴァイセじゃ!」
ローゼリアは立ち上がり、熱弁を振るう。
「完璧なメイドでありながら、長女や三女に振り回されて『もう、お姉様ったら!』とアタフタする苦労人属性! 銀髪のポンコツ可愛いお世話係! これこそが、過酷な戦場で荒んだ男の心を癒やす、至高のオアシスではないか!! お主ら、この『隠された魅力』が分からんのか!!」
その場は、水を打ったような静寂に包まれた。
若い兵士やパイロットたちは、ローゼリアのあまりにも熱く、そして的確すぎる『萌えの解説』に、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
「(……す、すげえ……!!)」
一人の兵士が、ワナワナと震えながら口を開いた。
「天才だ……! 普段はツンケンしてる子の照れ顔……っ、苦労人メイドのアタフタ顔……っ!! なんで俺たちは、そんな真理に気づかなかったんだ!!」
「確かに、レガリアさんみたいな完璧超人より、ロスヴァイセさんみたいな少し隙のある苦労人の方が、親近感が湧いて守ってあげたくなる……!」
「俺、アルティナさんがツンデレで赤面する姿を想像したら、明日の出撃も頑張れる気がしてきました……!」
兵士たちの目に、感動の涙が浮かんでいた。
「ふはははっ! 分かればよろしい! 属性というのは奥が深いのじゃ! 外見に騙されず、その奥にある『魂の輝き』を見抜いてこそ、一流の兵士(漢)というものじゃ!」
ローゼリアが満足げに腕を組んで頷く。
「アンタ……いや、死神のアネゴ……! アンタ最高だよ! 俺たちの男心を、ここまで完璧に理解してくれるなんて!」
「一生ついていきます、アネゴ!!」
兵士たちは、自分たちの前にいるのが『女帝の妹』であり『絶世の美少女』であるという事実を完全に忘れ去っていた。
彼らの目に映っているのは、自分たちのオタク心とロマンを完全に共有し、的確なアドバイスをくれる『最高に気の合う男友達』の姿であった。
「うむうむ! 妾にかかれば、可愛い女の子の魅力の解説など造作もないわ! 何せ妾自身が最高の美少女じゃからな! ガハハハッ!」
ローゼリアも、前世のノリを完全に思い出して、若い兵士たちと肩を組んで高笑いしている。
「……何やってるのよ、あのバカは」
少し離れた通路の影から、その様子を呆れたように見つめているアルティナがいた。
「またマスターが、兵士たちの前で素を晒して同化していますね。……しかし、ドックの士気は想定値の150パーセントに向上しました。結果的には有益な行動です」
シエラが、データ端末を見ながら淡々と分析する。
「まあ、大将らしいっちゃ大将らしいけどな。……しかし、アタシらの裏の顔をあんなに嬉々として喋りやがって。後でシメてやる」
機体の整備を終えたフィーネが、スパナを握りしめながら青筋を立てていた。
秘密ドックの片隅で繰り広げられた、奇妙なボーイズトーク。
ローゼリア・エーベルヴァインは、圧倒的な操縦技術だけでなく、その『謎の親しみやすさと男心の理解度』によって、帝国軍の兵士たちの心を(別の意味で)完全に掌握することに成功したのであった。




