第六幕 第三話:敬意の称号『死神』と、密かなる落胆のドック
帝国軍第十一秘密ドックの内部は、上を下への大騒ぎとなっていた。
「おい、ウソだろ……!? あの白と金の装甲、マジで『エインヘリアル』か!?」
「伝説の女傭兵団が、どうしてこんな辺境の偽装ドックに……!」
「馬鹿野郎、口を慎め! あそこにはフェイト陛下の実妹であられる、あの『特異点』が乗っておられるんだぞ!」
駐留していた帝国軍の兵士や整備員たちは、突如として光学迷彩を解き、ドックに滑り込んできた巨大な母艦を見上げてざわめいていた。
旧帝国派閥の反乱軍との戦力差に不安を抱いていた彼らにとって、銀河最強と謳われるエインヘリアルの合流は、百万の味方を得たに等しい朗報である。
特に前線のパイロットや若い兵士たちの間では、エインヘリアルの絶対的エースである『ローゼリア・エーベルヴァイン』の噂で持ちきりだった。
「ついに生で拝めるのか……。俺たちの英雄のお姿を」
若い兵士の一人が、ゴクリと唾を飲み込んでタラップを見つめる。
彼らにとって、ローゼリアは単なる皇族ではない。単機で敵艦隊を殲滅する圧倒的な戦闘力を持ち、味方には絶対の勝利と生還を約束し、敵には無慈悲な絶望をもたらす絶対的守護者。
その苛烈にして頼もしい戦いぶりから、帝国軍の兵士たちは彼女に対し、最大級の畏怖と**『多大なる敬意』を込めて、彼女を『死神』**と呼んでいたのだ。
(きっと、氷のように冷たい瞳をした、スレンダーで高身長のクールな美女に違いない……!)
(歴戦の傷跡とかがあって、タバコを咥えながら気怠げに歩いてくるような、大人の色気と凄みを持ったカッコいい女性なんだろうな……!)
兵士たちの脳内では、ハードボイルドでスタイリッシュな『理想の死神像』が勝手に出来上がっていた。
やがて、エインヘリアルのタラップが降り、二つの人影がドックに降り立ってきた。
「ふははははっ! さあ、帝国の最新鋭機とやらを見せてもらうぞ! どこじゃ、どこにあるのじゃ!」
「おいおい大将、そんなに走るなよ。ここはウチの艦じゃねえんだから、少しは大人しくしてな」
現れたのは、油まみれのツナギを着て巨大なスパナを担いだアネゴ肌の整備班長フィーネと。
その前を、目をキラキラと輝かせながら小走りで進む、一人の少女だった。
艶やかな金髪をツインテールにまとめ、黒を基調としたフリルの多い特注の軍服を着こなしたその少女は、どう見ても『敬意を抱く歴戦の死神』には似つかわしくない、華奢で可憐なお人形のような美少女であった。(胸のサイズだけは立派に発育しているが、全体的なオーラが完全に『わがままな貴族のお嬢様』である)。
「お、おい……。嘘だろ……?」
「あの人が、俺たちの死神……? フェイト陛下の妹君……?」
整列して出迎えていた帝国軍の兵士たちは、一瞬、完全にフリーズした。
彼らの頭の中で、勝手に作り上げられていた『スレンダーでクールな大人の女性』という理想像が、音を立てて崩れ去っていく。
(ち、ちっちゃい……! そしてなんか、凄まじくアホの子っぽいオーラが出てるぞ……!?)
(俺たちの憧れの死神が、あんな子供みたいな……。いや、確かに絶世の美少女だけど、マギアナイトのエースパイロットっていうより、アイドルとかマスコットじゃないか……!)
兵士たちは、声に出すことこそ避けたものの、密かに(そして盛大に)ガッカリしていた。
自分たちが心から敬意を払うエースが、こんなフワフワした雰囲気の少女だなんて、とてもではないが信じられなかったのだ。
「む? お主ら、妾の顔に何かついておるか?」
ローゼリアは、周囲の兵士たちが微妙な顔をして自分を見つめていることに気づき、きょとんと首を傾げた。
「はっ! い、いえ! 何でもありません、ローゼリア殿下!」
ドックの責任者である中年の士官が、慌てて敬礼をする。
「エインヘリアルのご到着、心より歓迎いたします。……して、本日はどのようなご用件で格納庫へ?」
「うむ! 姉上……フェイト陛下が自慢しておった、次期主力量産機『ティルフィング』とやらを視察しに来たのじゃ! 妾の仲間であるフィーネが、自分の設計をパクられたとえらくご立腹でな」
ローゼリアは、隣でスパナを肩にトントンと当てながら不敵に笑うフィーネを指差した。
「パ、パクったなどと人聞きの悪い! アレは技術部が正式に……い、いえ。こちらです。現在、三機のティルフィングが最終調整を行っております」
士官は冷や汗を流しながら、ローゼリアとフィーネを格納庫の奥へと案内した。
そこには、整備用のアームに固定された、白銀に輝く真新しいマギアナイトが三機、威風堂々と並んでいた。
「ほう……! なかなかスマートで悪くないフォルムじゃな! ルシフェル・リベリオンのようなピーキーさはないが、量産機としては十分な迫力じゃ!」
ローゼリアは、機体を見上げるなり、オタク全開の目を輝かせて機体の足元へと駆け寄った。
「チッ……。外見だけは一丁前に取り繕いやがって。どれ、中身はどれだけアタシの設計を再現できてるか……」
フィーネも、専門家の鋭い目で機体の関節部や装甲の継ぎ目をチェックし始める。
(あーあ……。あの人、完全に観光気分じゃないか)
(本当にあの人が、反乱軍から俺たちを救ってくれるのか……?)
周囲の兵士たちは、無邪気に機体を触って「おおっ、ここの装甲、硬いのじゃ!」とはしゃぐローゼリアを見て、さらに落胆の色を濃くしていた。
しかし。
その時、ローゼリアの口からポツリとこぼれた一言が、ドックの空気を一変させた。
「……おい、フィーネ」
ローゼリアの声のトーンが、先ほどまでの無邪気なものから、スゥッと温度を失った、底冷えのするものに変わった。
「この機体……背部メインスラスターの出力設定に対して、腰部フレームの魔力伝導率が全く釣り合っておらんぞ」
「……あ?」
フィーネが、ローゼリアの視線の先——機体の腰部マウントへと目を向ける。
「見たところ、このスラスターは一瞬で機体を音速まで加速させる瞬発力を持っているようじゃが……その加速のGに、この量産品の腰部フレームの強度が耐えきれん。実戦で妾のような『超光速離脱』クラスの急旋回を一度でも行えば、0.2秒で腰から真っ二つにへし折れる欠陥品じゃ」
ローゼリアは、真紅の瞳をスッと細め、機体の装甲をトントンと軽く叩いた。
「姉上が『凡人の整備士には扱いきれず、量産が遅れている』と言っていたのはこのことか。……フィーネのピーキーな設計図を、カタログスペックだけ真似して無理やり組み上げた結果、現場のパイロットの命を軽視した『ただの棺桶』になっておるわ」
「……………………え?」
案内をしていた士官と、周囲の兵士たちの顔色が一瞬にして蒼白になった。
「な、なぜそれを……!? 技術部のトップシークレットである、スラスターとフレームの強度計算の不一致問題を、一目見ただけで……!?」
士官が、信じられないものを見るような目でローゼリアを見つめる。
「ふん。妾を誰だと思っておる」
ローゼリアは、キャップのつばをくいっと上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「機体の限界など、設計図を見ずとも、匂いと佇まいで分かるわ。……妾は、銀河の星の数ほどの戦場を駆け抜けてきた、エースパイロットじゃぞ」
その瞬間、兵士たちの背筋に雷に打たれたような衝撃が走った。
小柄で可憐なお姫様だと思っていた少女の背後に、味方を決して死なせず、数多の敵機をスクラップにしてきた絶対的エースの巨大な幻影が見えた気がしたのだ。
「ははっ、さすがは大将だ。アタシが言う前に気づきやがった」
フィーネが、嬉しそうにニヤリと笑い、士官の方を振り返った。
「聞いたか、お偉いさん? コイツは『現場の兵士』として、機体が実戦に耐えうるかどうかを本能で理解してんだよ。……おい、そこの整備兵! 今すぐこの三機の腰部装甲を外せ! アタシが直接、バイパスの調整とフレームの補強をやってやる! こんな棺桶に乗せて、帝国の若ぇ兵士を死なせるわけにはいかねえからな!」
フィーネの怒声に、ドックの整備兵たちが「は、はいっ!!」と慌てて動き出す。
「ふふん、フィーネの腕にかかれば、こんな棺桶も一時間で立派な名馬に生まれ変わるじゃろうて! 頼んだぞ、フィーネ!」
ローゼリアは満足げに頷き、腕を組んだ。
「……訂正する」
先ほどまで密かにガッカリしていた若い兵士が、姿勢を正し、同僚に熱を帯びた声で囁いた。
「……外見はスレンダーな大人の女性じゃなかったけど……あの人は、間違いなく俺たちの命を第一に考えてくれる、最高のエースだ」
「ああ……。一目で機体の限界を見抜くあの眼力……。俺たちが多大なる敬意を込めて呼ぶ『死神』の二つ名は、伊達じゃなかったんだな……!」
密かなる落胆は、一瞬にして『絶対的な信頼と敬意』へと反転した。
ローゼリア・エーベルヴァインは、ただ可愛いだけの皇族ではない。彼女の魂は、血と硝煙に塗れた戦場で鍛え上げられた純度百パーセントの『兵士』であり、仲間を護るために誰よりも研ぎ澄まされた直感を持っている。
秘密ドックの片隅で、帝国軍の兵士たちは、自分たちが敬愛する伝説の死神の真の凄みを、その目にしっかりと焼き付けていた。




