第六幕 第二話:不可視の巨艦と、星に潜む牙
「行くぞ、皆の者! 久しぶりの本業じゃ、派手に暴れてやるわ!!」
ルシフェル・リベリオンのコックピットへ向かおうと、意気揚々とブリッジを飛び出そうとしたローゼリアの襟首を、スッと伸びてきた白魚のような手がガシッと掴んだ。
「ぐえっ!?」
「待て、特異点。血の気が多いのは結構だが、命令を最後まで聞け。今すぐ出撃しろとは言っていない」
ローゼリアの首根っこを掴んで引き戻したのは、他でもない部隊長ブリュンヒルデであった。
「な、なんじゃ団長! 反乱軍を殲滅するんじゃろう!? ならば一刻も早く突撃して、敵の旗艦を妾の剣で真っ二つにしてやるのが一番手っ取り早いではないか!」
ローゼリアが不満げに口を尖らせる。
「相変わらずの脳筋ね、ローゼリア。少しは戦略というものを考えなさい」
アルティナが、呆れたようにため息をついた。
「私たちはたった今、この宇宙域に帰還したばかりなのよ。反乱軍やアルカードの連中からすれば、行方不明だった『特異点』と『エインヘリアル』は、まだこの戦場に存在していないことになっているわ」
「アルティナの言う通りだ」
ブリュンヒルデはローゼリアを解放し、メインモニターの星図に新たなポイントを投影した。
「敵の戦力規模も、アルカードが持ち込んだという『魔獣』や『未知の技術』の全容も、まだ不確定要素が多すぎる。ここで我々が真正面から突っ込めば、敵に警戒と対策の猶予を与えるだけだ。……まずは情報的優位を活かし、敵の喉元に刃を突きつける準備を整える」
ブリュンヒルデは、星図上の宙域——巨大なガス惑星の周囲を回る、無数のデブリや小惑星が浮かぶ宙帯を指し示した。
「本艦はこれより、魔力炉の出力を抑え、光学迷彩および熱源隠蔽システムを最大まで展開。敵の哨戒網をすり抜け、第十一宙域にある『衛星偽装ドック』へと潜入する」
「衛星偽装ドック、ですか?」
レガリアが首を傾げる。
「ああ。フェイト陛下から事前にアクセスコードを受け取っている。外見はただの無人の岩塊(衛星)だが、内部は帝国軍の極秘補給基地となっている。そこで連邦軍のレオン大佐の部隊と連携を取りつつ、敵の艦隊が隙を見せるのを待つ」
「なるほど、暗殺者のように息を潜めて、敵の急所を狙うというわけじゃな! それならそうと早く言うのじゃ!」
ローゼリアは納得したようにポンと手を打った。
「シエラ。本艦の隠蔽は可能か?」
「問題ありません。エインヘリアルの全周囲に魔力干渉波を展開し、レーダー波や光学探知を完全に欺瞞します。……アルティナ、電子防壁のサポートを」
「ええ、任せて。ルミナスの魔法理論も組み込んで、絶対に破られないステルスを構築してあげるわ」
シエラとアルティナが、即座にコンソールを叩き始める。
白と金を基調とした優美な巨艦エインヘリアルは、その美しい船体をゆっくりと周囲の宇宙空間(闇)へと溶け込ませていった。
肉眼でも、そしていかなる最新鋭のレーダーでも捉えることのできない『不可視の幽霊船』となったエインヘリアルは、音もなく敵勢力圏の縁を滑るように進み始めた。
数時間後。
エインヘリアルは、巨大ガス惑星の引力圏を漂う、ひときわ大きな小惑星の裏側へと到達した。
『——識別信号を確認。帝国軍第十一秘密ドック、ゲートを開放します』
シエラが送った極秘のアクセスコードに応答し、ただのクレーターにしか見えなかった岩肌が、地響きと共にゆっくりと左右にスライドしていく。
その奥に広がっていたのは、無数の整備アームと人工照明に照らされた、巨大な軍事用ドックであった。
光学迷彩を解除しながら、エインヘリアルがゆっくりとドック内部へと滑り込んでいく。
「おおっ……! 外からじゃ全く分からなかったが、中はこんなに広いんじゃな!」
ブリッジの窓から見下ろすローゼリアが目を輝かせる。
ドック内では、駐留していた帝国軍の兵士や整備員たちが、突如現れた伝説の女傭兵団の巨艦を前に、驚きと歓喜の入り交じったどよめきを上げていた。
『エインヘリアル、入港完了。係留アーム、固定されました』
レガリアの報告を受け、ブリュンヒルデが頷く。
「よし。各員、これより本艦は待機状態へと移行する。いつ反乱軍が動いても即座に出撃できるよう、機体の最終調整を怠るな。……レガリア、私は連邦軍のレオン大佐と通信を繋ぎ、現状のすり合わせを行う。ブリッジを頼むぞ」
「承知いたしました、団長。お茶のご用意をしておきますわ」
ブリュンヒルデが艦長室へと向かうのを見送ると、ローゼリアは大きく背伸びをした。
「うーむ。結局、出撃はおあずけか。これならリアンヌと一緒に、自室でゲームでもしておった方が良かったかもしれんのう」
「大将、暇ならアタシと一緒に格納庫へ行くかい?」
整備班長のフィーネが、スパナを肩に担ぎながら声をかけてきた。その口元には、肉食獣のような好戦的な笑みが浮かんでいる。
「この秘密ドックには、例の帝国軍の最新量産機『ティルフィング』も何機か配備されてるらしいからな。アタシの設計を丸パクリした連中が、一体どれだけの精度で組み上げてるか……この目で直接、粗探し(チェック)してやろうと思ってよ」
「おお! それは面白そうじゃ! 妾も行くぞ!」
ローゼリアの目がパァッと輝く。最新の機体を見学できるとなれば、元ネトゲ廃人でありロボットオタクでもある彼女のテンションが上がらないわけがない。
「シエラ、アルティナ! 妾はフィーネとドックの視察に行ってくるぞ!」
「マスター、勝手に機体に乗り込んで壊さないでくださいね」
「ローゼリア、面倒な揉め事は起こさないようにしなさいよ。ただでさえ、ここはピリピリしてるんだから」
二人の的確すぎる忠告を背に受けながら、ローゼリアとフィーネは足早にブリッジを後にした。
偽装された星の腹の中。
反乱軍と秘密結社アルカードが宇宙を我が物顔で蹂躙しようとしているそのすぐ側で、銀河最強の猛獣たちは、音もなく、静かにその牙を研いでいた。
不可視の巨艦が放つ決定的な一撃の時は、刻一刻と近づいていた。




