第六幕 第一話:女帝の帰還指令と、牙を剥く旧帝国の亡霊
眩い光の奔流が宇宙空間を引き裂き、漆黒の虚空に巨大なトンネルを穿つ。
その次元の裂け目から、白と金を基調とした優美かつ神々しい巨艦——銀河最強の女傭兵団の母艦『エインヘリアル』が、滑るように姿を現した。
『次元跳躍、完了。魔力炉の出力、正常値に安定。……本艦は現在、エーベルヴァイン帝国支配宙域、第三防衛ライン外縁部に実体化しました』
ブリッジのメインモニターに、見慣れた星図が表示され、シエラの無機質だがどこか安堵を含んだ声が響く。
「ふぅ……。どうやら無事に帰ってこられたようだな」
艦長席に座るブリュンヒルデが、小さく息を吐き出して姿勢を正した。
「おおおっ……! 見慣れた星の並びじゃ! ついに、ついに帰ってきたぞぉぉっ!」
特異点ローゼリア・エーベルヴァインは、ブリッジの窓に張り付き、故郷の宇宙空間を見つめて歓喜の声を上げていた。
魔法と辺境の星ルミナス、そして前世の故郷である地球(太陽系)を経由した、途方もなく長い迷子の旅が、ついに終わりを告げたのだ。
その時である。
『——警告。本艦の暗号通信プロトコルに、外部からの強制アクセス。……この識別信号、帝国軍の最上位権限です』
システムを統括するレガリアが、僅かに目を見開いて報告した。
「なんだと? 跳躍直後だというのに、もう捕捉されたのか。……通信を繋げ。こちらから身分を明かす」
ブリュンヒルデの指示により、メインスクリーンが切り替わる。
ノイズが走り、やがて画面に一人の女性の姿が鮮明に映し出された。
ローゼリアと同じ、流れるような美しい黄金の髪。しかし、その瞳は真紅ではなく、底知れぬ深淵を思わせる漆黒の瞳であった。
豪奢な帝国の軍服を身に纏い、玉座に腰掛けるその美女こそが——エーベルヴァイン帝国を統べる若き絶対権力者、女帝『フェイト・エーベルヴァイン』であった。
『……久しぶりね、エインヘリアルの諸君。そして……』
フェイトは、漆黒の瞳をスッと細め、画面越しにローゼリアを見据えた。
『お帰りなさい、ローゼリア。私の可愛い妹にして、帝国最大の不良債権』
「姉上! 妾は不良債権ではないわ! 帝国最強の特異点じゃ!」
ローゼリアが、腰に手を当てて堂々と胸を張る。
『ふふっ。相変わらず元気そうで何よりだわ。貴女たちが次元断層に飲み込まれて行方不明になった時は、さすがの私も肝を冷やしたのよ』
フェイトは、口元に微かな笑みを浮かべた。妹の無事を確認し、女帝としての威厳の奥に、確かな安堵の色が見え隠れしている。
「恐悦至極に存じます、フェイト陛下」
ブリュンヒルデが、艦長席から立ち上がり、恭しく臣下の礼をとった。エインヘリアルは独立した傭兵団ではあるが、帝国とは強固な同盟・雇用関係にある。
「次元の狭間を漂流し、ご心配をおかけしました。これより本艦は、補給とメンテナンスのため、帝都への帰還軌道に入り……」
『——いえ。挨拶もそこそこに申し訳ないのだけれど、エインヘリアルにはこのまま、直接「戦場」へ向かってもらいたいわ』
フェイトの漆黒の瞳から、姉としての温もりが消え、冷徹な統治者の光が宿った。
「戦場、ですか? 帝国境で何か紛争でも?」
ブリュンヒルデが眉をひそめる。
『現在、帝国内部は少しばかり……いえ、かなり厄介な状況に陥っているの。貴女たちが行方不明になっていた数ヶ月の間に、「旧帝国派閥」の連中が息を吹き返しつつあるわ』
フェイトが手元の端末を操作すると、メインモニターの半分に、帝国各地で発生している武装蜂起や、不穏な艦隊の集結を示す戦術データが次々と表示された。
「旧帝国派閥……。かつて陛下が即位された折に、粛清されたはずの腐敗貴族や軍の強硬派の残党ですか」
『ええ。連中がなぜ、今になって大規模な反乱を起こせるまでに軍備を整えられたか……。理由は二つあるわ』
フェイトは、扇子をパチンと鳴らしてローゼリアを指差した。
『一つ目の理由は、帝国の「抑止力」であったローゼリア……戦場の死神たる貴女が、長期間不在になったからよ』
「……む?」
ローゼリアが、きょとんとした顔をする。
『圧倒的な暴力が消えたと知った反乱分子どもは、恐れるものがなくなり、各地で一斉に結託し始めたの。貴女がどれだけ、連中にとってのトラウマになっていたか分かるでしょう?』
「ふはははっ! なるほど、妾の不在でネズミどもが調子に乗っておったというわけじゃな! 罪深い美貌と才能を持った自分が恨めしいわい!」
ローゼリアはどこか嬉しそうに高笑いしたが、アルティナに「笑い事じゃないわよ、この戦闘狂」と横から脇腹を小突かれた。
『そして、もう一つの理由。……ルミナスという星から、次元を超えてやってきた「秘密結社アルカード」の暗躍よ』
「アルカードじゃと!?」
その名前に、ブリッジの空気が一気に張り詰めた。
『連中は、旧帝国派閥に古代の遺産技術や、未知の魔獣を軍事力として提供しているわ。その見返りとして、帝国が管理する次元ゲートの制御技術を狙っている。……連中の技術支援を受けた反乱軍の艦隊は、すでに正規軍の防衛ラインを突破しつつあるの』
「なるほどな。裏で糸を引いているのは、やっぱりあのオカルト集団ってわけか」
腕を組んでモニターを見ていた整備班長のフィーネが、忌々しそうに舌打ちをした。
「では、正規軍の被害は甚大だと?」
ブリュンヒルデが尋ねると、フェイトはゆっくりと首を横に振った。
『幸い、連邦国保守派のレオン大佐率いる艦隊が奮闘してくれているわ。それに、帝国軍もただ指を咥えて見ていたわけじゃない』
フェイトは再び画面を切り替えた。
そこに映し出されたのは、帝国軍のドックに並ぶ、白銀に輝く最新鋭の量産型マギアナイトの姿だった。
『対アルカード、および反乱軍鎮圧のために急遽ロールアウトさせた次期主力量産機……『ティルフィング』よ』
「おいおいおい!」
その機体の設計図面をひと目見た瞬間、フィーネが目をひん剥いてコンソールに身を乗り出した。
「そいつのフレーム構造と魔力炉のバイパス……アタシがエインヘリアルの予備機用に提出した設計図の流用じゃねえか! 帝国軍の技術部、アタシのアイデアを丸パクリしやがったな!?」
フィーネの剣幕に、フェイトは悪びれる様子もなく、ふふっと優雅に微笑んだ。
『人聞きの悪いことを言わないでちょうだい、フィーネ。国家の緊急事態ゆえ、優秀な貴女の技術を一部「採用」させてもらっただけよ。……もちろん、事後承諾になったお詫びとして、正規のライセンス料と莫大な特別ボーナスは、エインヘリアルの口座に振り込んでおくわ』
「チッ……。金払いがいいのは助かるが、アタシの設計を量産ラインに乗せるのは骨が折れただろうよ。あのピーキーな出力調整、凡人の整備士に扱えるのか?」
『貴女の言う通りよ』
フェイトは、重々しい声で頷いた。
『ティルフィングの基本性能は既存の機体を遥かに凌駕するけれど、要求される技術レベルが高すぎて、完全な状態での量産化が遅れているわ。現在、実戦投入できる機体数は決して多くない。……数では、完全に旧帝国派閥の反乱軍に押し負けているのが現状よ』
フェイトは、モニター越しにエインヘリアルのクルーたちを、そして妹のローゼリアを真っ直ぐに見つめた。
『だからこそ……貴女たちの力が必要なの。銀河最強の女傭兵団。私の可愛い妹よ。このまま反乱軍とアルカードの思惑通りにさせれば、帝国は内戦の泥沼に沈むわ』
ブリュンヒルデが、艦長席からすくっと立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの長旅の疲労は微塵もなく、戦場を支配する指揮官としての鋭い覇気が満ちていた。
「状況は理解いたしました、フェイト陛下。……我がエインヘリアルは、これより帝国の正規軍および連邦軍と合流。旧帝国派閥の反乱軍、ならびに秘密結社アルカードの部隊を殲滅します」
『頼もしいわ、ブリュンヒルデ。報酬は弾むわよ。……ローゼリア、頼んだわよ?』
「任せておくのじゃ、姉上!」
ローゼリアは、ルシフェル・リベリオンのコックピットに向かうため、踵を返しながら不敵な笑みを浮かべた。
「妾がいない間に随分とデカい顔をしておったようじゃが……死神が帰還した戦場で、いつまでも大口が叩けると思うなよ。旧帝国派閥も、アルカードの連中も、まとめてこのローゼリア様が宇宙の塵に変えてくれるわ!!」
「各員、第一種戦闘配備! 本艦はこれより反乱軍の集結宙域へ急行する! 前衛部隊は出撃準備を急げ!」
ブリュンヒルデの号令が、ブリッジに力強く響き渡る。
「はっ!!」
レガリアが流麗な手付きで火器管制を戦闘モードへと切り替え、シエラとアルティナが電子戦のシステムを起動する。
リアンヌ、エリーゼ、ランドグリーズら前衛部隊も、即座に自身の愛機が待つ格納庫へと走り出した。
故郷の宇宙への帰還。
それは同時に、休息の終わりと、新たな戦端が開かれる合図でもあった。
だが、今の彼女たちに迷いや疲労はない。
白と金の優美な母艦エインヘリアルは、主砲に眩い魔力を漲らせながら、反乱軍が待ち受ける星の海へと、一直線に進撃を開始した。




