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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第五幕 第十七話:英雄の誕生と、蠢く深淵の影

翌朝、ファルガー魔法学院は、開校以来とも言える凄まじい喧騒と熱狂に包まれていた。

「おい、見たか!? Fクラスのアランとレイラだぞ!」

「あんな底辺クラスの落ちこぼれが、たった二人でAランク魔獣のヒュドラを討伐したなんて……信じられないわ!」

「でも、ダリウス様たちが実際にその場で助けられたって証言してるんだ。それに、王国騎士団が回収したヒュドラの死骸の痕跡も、凄まじい一撃で首が切断されていたらしいぜ……!」

朝の陽光が差し込む学院のメインストリート。

そこを歩くアランとレイラは、まるで凱旋する英雄のような扱いを受けていた。普段ならFクラスの生徒など視界にも入れない上級生や、特待生であるはずのAクラスの生徒たちまでもが、彼らを遠巻きに囲み、畏敬と驚きの眼差しを向けている。

「う、うわぁ……。なんだか、みんな僕たちのことを見てるよ……」

亜麻色の髪を揺らしながら、アランが困惑したように周囲を見回した。

彼はいつも通りの地味な茶色い刺繍のローブを着ているが、その背中に背負われた安物の鉄剣は、今や『ヒュドラの首を刎ねた伝説の剣』として、生徒たちの間で勝手に神格化されつつあった。

「どうしましょう、アラン君。私、こんなに注目されたら、緊張してまた魔法を失敗してしまいそうです……」

丸眼鏡の奥の瞳をオロオロと泳がせ、レイラがアランのローブの裾をきゅっと掴む。

そんな二人の背後を、数歩遅れて歩いている少女がいた。

「ふはははっ! 良い眺めじゃ! これぞまさに、底辺からの大逆転という胸のすくような痛快な展開! 昨日の今日で、見事な手のひら返しじゃな!」

ローゼリア・エーベルヴァインである。

彼女は、前を歩く二人の英雄の背中を眺めながら、心底楽しそうに笑みを浮かべていた。

ヒュドラ討伐の真の立役者であり、全ての物理法則を書き換えて彼らを極限まで強化した『銀河最強の魔法使い』。しかし、彼女はその事実を微塵もひけらかすことなく、「ただ後方で応援していただけの平凡な友人」という立ち位置を完璧にキープしていた。

誰も、この運動神経皆無で実技試験0点の金髪の少女が、あの凄まじい奇跡を引き起こしたなどとは夢にも思っていない。

「ローゼリア、本当に君は落ち着いてるね。僕なんて、未だに昨日の出来事が夢だったんじゃないかって思ってるのに」

アランが振り返り、苦笑いしながら言う。

「何を言うか。お主らは自分の内に秘められた本当の力を引き出しただけじゃ。妾はただ、お主らが迷わないように背中を押しただけ。胸を張るが良いぞ、アラン、レイラ!」

ローゼリアは偉そうに腕を組み、うんうんと頷いた。

そこへ、前方から金糸のローブを着た集団が歩み寄ってきた。

昨日の森で、ローゼリアたちをカツアゲしようとしていたダリウスとその取り巻きたちである。

「あっ……ダリウス先輩……」

アランが身構える。

しかし、ダリウスはアランの前に立つと、スッと深く頭を下げた。

「……昨日は、すまなかった」

「えっ……?」

「俺たちAクラスの誇りにかけて、あのような卑劣な真似をしようとしたこと、そして何より……俺の命を救ってくれたこと。いくら感謝してもしきれない。お前たちは、間違いなくこの学院で最も勇敢な魔法使いだ」

ダリウスの顔に、以前のような傲慢な貴族の面影はなかった。圧倒的な死の恐怖と、それを打ち払った真の強者の姿を前にして、彼のちっぽけなプライドは完全に粉砕され、同時に真っ当な魔道士としての敬意が芽生えていたのである。

「先輩……。いえ、僕たちはただ、必死だっただけで……」

アランが照れ臭そうに頭を掻く。

ダリウスは最後にローゼリアの方をチラリと見たが、何とも言えない複雑な表情を浮かべた後、再び頭を下げて去っていった。

(あれだけの死闘の中で、一人だけ泥一つ跳ねていなかったあの女……。いったい、何者なんだ……?)という疑念を心の奥底に抱えながら。

「ふむ、綺麗に改心しおったな。やはり、圧倒的な実力差を見せつけるのが一番の教育じゃ」

ローゼリアが満足げに呟く。

「……マスター・ローゼリア。おはようございます」

「やっほー、ローゼリア。ご機嫌ね」

声に振り返ると、そこには美しい金糸のローブを着こなした二人の少女——アルティナ・アスフィとシエラが立っていた。彼女たちもまた、学院中から注目を集める「Aクラスの天才双璧」である。

「おお、アルティナ、シエラ。おはようじゃ!」

ローゼリアは周囲の目を少しだけ気にしつつ、気さくに手を挙げた。

アルティナはローゼリアの耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。

「昨日のヒュドラ討伐、派手にやったわね。学院の教師たち、あのアラン君とレイラちゃんの『異常な魔力出力』の痕跡を調べて、頭を抱えてたわよ。……あなたが後ろでとんでもない支援魔法をかけてたなんて、誰も気づいてないみたいだけど」

「ふふん、当然じゃ。妾の隠蔽術式をこの星の原始的な解析魔法で見破れるはずがない。それに、妾はあくまで『目立たない平凡な生徒』じゃからな!」

ローゼリアは胸を張る。

「……肯定。マスター・ローゼリアの『裏で糸を引く黒幕』としての適性は、極めて高い数値を示しています」

シエラが淡々と事実を述べる。

「黒幕とは人聞きの悪い! 妾は良き指導者と言ってほしいのじゃ!」

そんなやり取りをしていると、始業の鐘が鳴り響いた。

「あっ、いけない! ローゼリアさん、魔法史の授業に遅れちゃいます!」

「うむ、急ぐのじゃ! 妾の輝かしい学園生活は、まだまだこれからじゃからな!」

三人の落ちこぼれ(一人は規格外の特異点)は、連れ立ってFクラスの教室へと駆け出していった。

それを後ろから見送るアルティナとシエラの表情は、いつもの余裕のあるものではなく、微かな緊張を帯びていた。

「……アルティナ。ダリウスの実家の商会を沈めるというリアンヌの凶行は、マスターの命令で阻止されましたが。問題は、あのヒュドラの方です」

「ええ。Aクラスの魔獣が、こんな田舎の魔法学院の演習林に現れるなんて、偶然にしては出来すぎているわ。……街で調査しているレガリアたちから、何か連絡は?」

「昨夜、定期連絡がありました。……どうやら、街の裏社会で『妙なもの』が流通しているようです」

時を同じくして。

辺境都市ファルガーの、さらにその暗部。

華やかな王立図書館や魔法学院のある北側とは対照的に、南側のスラム街には、陽の光を嫌う者たちが集う淀んだ空気が漂っていた。

その一角にある、表向きは古びた骨董品屋を装った地下の酒場。

違法な魔導具や出所不明の魔獣の素材、そして危険な魔法薬が取引される闇市場の顔役たちが集まる密室に、二人の『招かれざる客』が足を踏み入れていた。

「——さあ、もう一度だけ聞きます。この街の裏で、意図的に魔獣を凶暴化させている『元凶』はどこですか?」

優雅に扇子を扇ぎながら、冷ややかな微笑みを浮かべる黒衣の淑女、レガリア。

彼女の足元には、この闇市場を牛耳っていたはずの武装した用心棒たちが、数十人規模で折り重なるように倒れ伏していた。

「ひぃっ……! ば、化け物……! 杖も持たずに、俺たちの魔法を全部弾き返しやがって……!」

部屋の隅に追い詰められた顔役の男が、ガタガタと震えながら後ずさる。

「ガハハハッ! なんだ、もう終わりか? 私の斧のサビにもなりゃしねえな。もっと骨のある奴はいねえのか!」

レガリアの後方では、無骨な傭兵姿のランドグリーズが、巨大な戦斧を肩に担ぎながら豪快に笑っていた。彼女が一振りしただけで、地下酒場の分厚い石壁が紙くずのように吹き飛び、瓦礫の山が築かれている。

レガリアとランドグリーズの二人は、学院の演習林で異常な魔獣が出現したという報告を受け、即座に街の裏社会の制圧(という名の物理的な情報の刈り取り)を開始していたのだ。

「化け物とは心外ですわね。私たちはただ、少しばかり知りたいことがあるだけですよ」

レガリアが、パチンと扇子を閉じる。

その瞬間、顔役の男が隠し持っていた短剣が、見えない巨大な重力の手に押し潰されるように、ぐにゃりとひしゃげて鉄屑へと変わった。

「ヒィィッ!?」

「昨日の森に現れたヒュドラ。あれは本来、この地方の生態系には存在しない魔獣です。何者かが意図的に持ち込み、そして『赤黒い瘴気』を纏わせて放った。……この街の闇の流通経路を仕切るあなたなら、誰がそんな危険なものを運び込んだのか、知っているはずですわね?」

レガリアの紫の瞳が、男の魂の奥底まで見透かすように細められる。

「し、知らねえ! 本当に知らねえんだ! ただ……!」

男は恐怖のあまり涙と鼻水を流しながら、懐から小さな革袋を取り出し、レガリアの足元に投げ出した。

「一ヶ月ほど前から、黒いローブを着た不気味な連中が、この街に出入りするようになったんだ! 奴らは俺たちに莫大な金貨を渡し、この『黒い種』を森の魔獣の餌場に撒くように依頼してきた! それだけだ、本当にそれしか知らねえ!」

レガリアは扇子の先で器用に革袋を開き、中身を確認した。

そこには、脈打つように微かな赤黒い光を放つ、親指ほどの大きさの『奇妙な種』が入っていた。

「……ランドグリーズ、これを見て」

「ん? なんだこりゃ。嫌な魔力を放ってやがるな」

「ええ。生命力を強制的に暴走させ、理性を刈り取って破壊衝動のみを増幅させる……極めて悪質な呪術の結晶体ですわ。あのヒュドラも、この『呪縛の種』を大量に摂取させられて、演習林へ誘導されたのでしょう」

レガリアは種を一つ拾い上げると、冷酷な光を瞳に宿した。

「……男よ。その依頼主の黒いローブの連中、何か特徴的な紋章を身につけてはいませんでしたか?」

「も、紋章……? ああ、そういえば、奴らのローブの胸元に、赤い刺繍で……『茨の絡みついた蝙蝠の十字架』が描かれていた……!」

その言葉を聞いた瞬間、レガリアとランドグリーズの間に、研ぎ澄まされた殺気が走った。

間違いなく、エインヘリアルをこの未知の銀河へと強制転移させた元凶——秘密結社『アルカード』の痕跡である。

「なるほど。やはり、奴らはすでにこの星に深く根を下ろしていたというわけです」

レガリアが種を握り潰し、魔力で完全に浄化・消滅させる。

「おい、レガリア。どういうことだ? 奴ら、なんでわざわざこんな田舎町の森に、凶暴化した魔獣を放ったりしたんだ? 街を滅ぼすのが目的なら、もっと効率の良いやり方があるだろうが」

ランドグリーズが怪訝そうに首を傾げる。

「ええ、その通りですわ。奴らの目的は、街の破壊などというちっぽけなものではありません。……奴らは『探していた』のです」

「探していた?」

「魔獣を暴走させ、わざと魔法学院の生徒たちがいる演習林へと向かわせた。もしそこに、奴らが求める『特異点』がいれば……その圧倒的な力で、魔獣は容易く屠られるからですわ」

レガリアの推測は、恐ろしいまでに的を射ていた。

「……つまり、ヒュドラはただの『観測用の使い魔』。お嬢様がこの星の、この学院に潜伏しているかどうかを確認するための、捨て駒だったということです」

「なっ……! じゃあ、大将がヒュドラをぶっ飛ばしたせいで、アルカードに居場所がバレちまったってことか!?」

ランドグリーズが目を見開く。

「おそらく。奴らの目は、すでにファルガー魔法学院に向けられています。……急いでローゼリアに報告し、警戒態勢を引き上げなければなりません」

レガリアは身を翻し、瓦礫の山となった地下酒場を後にした。

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