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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第五幕 第十五話:Aクラスの襲撃と、混沌(カオス)の三つ巴

「ふはははっ! 大漁じゃな! これだけレッサーウルフの牙があれば、演習のノルマなど余裕でクリアじゃ!」

森の浅い層。

倒した魔獣の素材を麻袋に詰め込みながら、ローゼリアは満足げに頷いていた。

一歩も動かずにアランとレイラを『超絶支援魔法』で無双させた彼女は、一切の汗をかくこともなく、後衛としての立ち回りを心底楽しんでいた。

「うん、ローゼリアの応援のおかげで、なんだか体が羽のように軽かったよ!」

「はい! 私の魔法も、今日は嘘みたいに的に当たりましたし……!」

アランとレイラも、自分たちの『隠された才能(と勘違いしている力)』に高揚感を隠しきれない様子である。

三人で意気揚々とベースキャンプへ帰還しようとした、その時であった。

ドォォンッ!!

突如として、三人の足元の地面が爆発し、土煙が舞い上がった。

「わわっ!? なんだ!?」

アランが咄嗟にレイラとローゼリアの前に立ち塞がり、剣を構える。

土煙の向こうから、木々の陰を縫って姿を現したのは、見覚えのある金糸の刺繍が施されたローブ——ファルガー魔法学院の『Aクラス』の生徒たちであった。

先頭に立つのは、昼間の食堂でローゼリアに絡んできた傲慢な貴族の少年、ダリウスである。彼の手には、まだ熱を帯びた高価な杖が握られていた。

「へっ。Fクラスのネズミどもが、随分と運良く獲物を狩れたようじゃないか」

ダリウスが、取り巻きの二人を引き連れて下品な笑いを浮かべる。

「ダリウス先輩……! なぜ、こんな真似を! 生徒同士の戦闘は、演習のルール違反です!」

アランが抗議の声を上げる。

「ルール違反? 誰がそんなことを証明するんだ? ここは深い森の中だ。魔獣に襲われて怪我をしたと言い張れば、教師どもにはバレやしないさ」

ダリウスは、杖の先をアランたちに向けたまま、意地悪く目を細めた。

「昼間の食堂での非礼……あのまま見過ごすわけにはいかないからな。お前たちが集めたその牙を全部置いて、地面に這いつくばって靴を舐めるなら、少し痛い目に遭わせる程度で許してやってもいいぞ」

「(……ふむ。典型的な『ならず者の襲撃』というやつじゃな)」

ローゼリアはアランの背後からひょっこりと顔を出し、心底どうでもよさそうにため息をついた。

「ダリウスとやら。お主、本当に小物じゃのう。わざわざ森の奥までつけ回してきて、やりたいことがカツアゲとは。三流の悪役のお手本のような行動じゃ」

「なっ……! き、貴様、この期に及んでまだその減らず口を……ッ!!」

図星を突かれたダリウスが顔を真っ赤にして激昂する。

「やっちまいましょう、ダリウス様! そのナマイキな金髪の小娘を、丸焦げにして泣き叫ばせてやりますよ!」

取り巻きの生徒たちが、杖に魔力を込め始めた。

アランが冷や汗を流しながら剣を強く握り、レイラが震えながら杖を構える。

一触即発の空気が流れた、まさにその瞬間であった。

——ズシンッ。

森の奥から、地響きのような重い音が響いた。

「あ……?」

ダリウスが杖を構えたまま、怪訝そうに森の奥へ視線を向ける。

ガサガサガサッ!!

突如、茂みを突き破るようにして、大量の『レッサーウルフ』たちが広場に飛び出してきた。

しかし、その様子がおかしい。彼らはダリウスやローゼリアたちに牙を剥くどころか、尻尾を巻いて、何かに怯えるように蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っているのだ。

「な、なんだ!? レッサーウルフの大群……いや、逃げてるのか!?」

アランが驚きの声を上げる。

——ズシンッ……。ズシンッ……!

地響きは、確実に近づいていた。

周囲の巨木が、まるですだれをかき分けるようにメキメキとなぎ倒されていく。

そして、木々の陰からぬっと姿を現した『それ』を見て、その場にいた全員(ローゼリアを除く)が、絶望に息を呑んだ。

「ヒ、ヒュドラ……!?」

レイラが悲鳴のような声を漏らし、その場にへたり込む。

それは、全長十メートルを超える巨大な多頭の蛇であった。

黒光りする硬質な鱗に覆われ、四つの首がそれぞれ別々の方向をギョロギョロと睨みつけている。その口の端からは、周囲の草木を紫に枯らす猛毒の涎が滴り落ちていた。

Aランクに指定される最悪の魔獣『ヒュドラ』。通常であれば、こんな森の浅い階層に現れるような代物ではない。

さらに異常なのは、そのヒュドラの全身から、赤黒い不気味な瘴気マナが立ち上っていることだった。

「(……ほう。あれがアルティナたちが言っていた、アルカードの『魔神の瘴気』とやらを帯びた魔獣か。なるほど、只の魔獣とは魔力の質が根本的に異なっておるな)」

ローゼリアは、怯えるどころか、興味津々でヒュドラの生態を観察していた。

「ひ、ひぃぃぃッ!?」

ダリウスと取り巻きのAクラス生徒たちは、完全に腰を抜かしていた。

「な、なんでこんな浅い森にヒュドラが……!? 話が違うぞ! 逃げろ、逃げるんだ!!」

ダリウスたちは、自分たちが襲撃しようとしていたFクラスのことなど完全に忘れ、杖を放り出して背を向けて走り出そうとした。

しかし、ヒュドラの四つの首のうちの一つが、逃げようとしたダリウスたちを標的に定め、大きく鎌首をもたげた。

「シャーッ!!」

ヒュドラの口から、猛毒の酸の塊がダリウスたちに向けて吐き出される。

「うわああああっ!?」

ダリウスが絶望の悲鳴を上げた、その時。

「——させないっ!!」

アランが、ダリウスたちの前に文字通り飛ぶようにして立ちはだかり、盾を構えた。

ドバァァァンッ!!

猛毒の酸が盾に直撃する。普通であれば盾ごとアランの体をドロドロに溶かすはずの劇毒が、目に見えない強固な光の壁(ローゼリアが無詠唱で展開した絶対防壁)に弾かれ、周囲の地面をジュウジュウと溶かすに留まった。

「あ、アラン……お前……」

腰を抜かしたダリウスが、自分を庇った底辺クラスの少年を呆然と見上げる。

「大丈夫ですか、ダリウス先輩! 早く、逃げてください! ここは僕たちが食い止めます!」

アランは、溶けかけた盾をかなぐり捨てて剣を両手で構え直した。

「そ、そんな……! 私たちだけじゃ無理だよアラン! 相手はヒュドラだよ!?」

レイラが涙声で叫ぶ。

「逃げるったって、僕たちが背を向けたら一瞬で追いつかれる! 誰かが囮にならなきゃダメだ!」

アランは覚悟を決めたような顔で、ヒュドラを睨み据えた。

「レイラ、ローゼリアを連れて逃げてくれ! 君たちの足なら、僕が時間を稼いでいる間に……!」

「ダメです! 仲間を置いて逃げるなんてできません!」

レイラも震える足に鞭を打ち、杖を構えてアランの横に並び立った。

絶体絶命のピンチ。

自分を虐めた傲慢な貴族すらも見捨てず、仲間のために命を張る落ちこぼれの少年少女。

胸が熱くなるような、友情と自己犠牲の展開である。

「……ふはははっ! 実に見事じゃ、アラン、レイラ!」

その極限の緊張感をぶち壊すように、背後から高らかな笑い声が響いた。

振り返ると、ローゼリアが胸を張り、杖をビシッとヒュドラに向けて立っていた。

「逃げる必要などない! お主らは素晴らしい勇気を見せた! ならば、この『拠点防衛の要』にして『後衛の天才』たる妾が、全力で支援してやろうではないか!」

ローゼリアの言葉に、アランとレイラは目を丸くする。

「ロ、ローゼリア!? ダメだ、君は運動が苦手なんだから、巻き込まれたら死んじゃうよ!」

「そうじゃな、生身で殴られたら妾は一撃でミンチじゃ。……ゆえに、妾はここから一歩も動かん! お主らが妾の剣となり、盾となるのじゃ!」

ローゼリアは、杖をくるくるとバトントワリングのように回し始めた(運動音痴なので落としそうになりながらも必死に回している)。

「(対象・ヒュドラ。再生能力の阻害術式を演算・適用。……さらに、アランの筋力制限を限界突破(1000%)まで引き上げ、関節の負荷を魔力で保護! レイラの火属性魔法に、空間圧縮と魔力誘導の補助を付与!)」

「——さあ、いくのじゃ! 恐れることはない! お主らの力で、あの化け蛇の首を叩き落としてみせよ!」

「う、うおおおおっ!!」

アランは、腹の底から湧き上がる異常なほどの熱量を感じ、雄叫びを上げてヒュドラに向かって跳躍した。

本来なら人間の脚力では届くはずもない、高さ数メートルの大跳躍。

アラン自身が「えっ、僕こんなに飛べるの!?」と空中でパニックになりかけるが、体は勝手にヒュドラの一番右の首へと向かっていく。

「シャーッ!」

ヒュドラが迎撃しようと首を振るうが、アランの振るった安物の鉄剣が、それを迎え撃った。

ズガァァァァンッ!!

鈍器がぶつかるような凄まじい轟音と共に、ヒュドラの硬い鱗が紙切れのように裂け、太い首が宙を舞った。

「き、斬れた……!? 私の剣で、ヒュドラの首が!?」

着地したアランは、自分の剣を信じられないものを見るように見つめる。

「(うむ! さすがは妾の支援魔法じゃ!)」

ローゼリアが後方で腕を組み、自画自賛する。

「ギャルルルッ!!」

一つの首を失ったヒュドラが激怒し、残りの三つの首をアランに向けて一斉に噛み付こうとする。

「アラン君っ!! 『炎の精霊よ……ファイア・アロー』ッ!!」

レイラが、涙目で必死に杖を振り、炎の矢を放つ。

あがり症の彼女が放った矢は、相変わらずヒュドラとは全く違う方向へ飛んでいく。

しかし、ローゼリアの指先がピクッと動いた瞬間。

明後日の方向へ飛んでいた炎の矢が、空中で突如として三つに分裂。さらに、ソフトボール大の火の粉が、太陽のように眩い純白のプラズマ球体へと変貌を遂げた。

「いけぇぇっ! レイラの『超・誘導爆炎陣』じゃ!!」

ローゼリアが適当な技名を叫ぶ。

シュゴォォォォォンッ!!

三つの純白の炎は、ヒュドラの残りの三つの首の眉間に、誘導弾の如く正確に直撃。

周囲の森を昼間のように照らし出す大爆発を引き起こし、ヒュドラの首を根元から完全に消し飛ばした。

さらに、ローゼリアが事前にかけておいた呪いにより、ヒュドラの切断面から新たな首が生えてくることはなかった。

ドドォォォォン……。

首を全て失ったヒュドラの巨体が、地響きを立てて崩れ落ち、やがて光の粒子マナとなって消滅していく。

「…………え?」

アランとレイラは、目の前で起きた光景が信じられず、呆然と立ち尽くしていた。

腰を抜かしたままその一部始終を見ていたダリウスたちAクラスの生徒に至っては、口から泡を吹いて気絶寸前である。

「ふはははっ! 見たか! これが妾たちFクラスの力……いや、完璧な後衛支援の賜物じゃ!」

ローゼリアは、全く汗をかいていない顔で堂々と胸を張り、杖を地面に突き立てた(そしてその杖が滑って、また少しよろけた)。

「ぼ、僕たち……ヒュドラを倒した……? ほんの数秒で……?」

アランが震える声で呟く。

「す、すごいです……ローゼリアさんの応援があると、なんだか奇跡が起きたみたいで……!」

レイラが泣き笑いの表情でローゼリアに駆け寄る。

自分たちの背後にいる『運動は苦手だが座学は天才の少女』が、実は銀河最強の魔法使いであり、全ての物理法則を書き換えて自分たちを極限まで強化していたなどとは、彼らは夢にも思っていない。

「友情と根性で限界を突破した」という、恐ろしく前向きな勘違いが、彼らの中で真実として刻み込まれてしまったのである。

『……マスター・ローゼリアの戦闘終了を確認。対象のヒュドラ、完全沈黙』

遥か遠くの丘の上。

望遠魔法で全てを見ていたシエラが、淡々と報告する。

『結局、私たちが手を出す幕なんてなかったわね。……まあ、あの子が楽しそうに支援役を満喫してるなら、それでいいけど』

アルティナが、呆れたようにため息をついた。

『肯定。しかし、アルカードの眷属がこの演習林に現れた事実は看過できません。母艦のブリュンヒルデ団長に報告し、警戒レベルを引き上げます』

未知の星での学園生活。

特異点ローゼリアの無自覚な無双ぶりは、ついにAクラスの生徒たちの前でも炸裂し、学院内に更なる混沌と勘違いの嵐を巻き起こそうとしていた。

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