第五幕 第十四話:後衛特化の特異点と、エイムアシスト付きの学友
野外合同演習、二日目の朝。
完璧な自動迎撃結界に守られ、一滴の夜露にも濡れることなく快眠したFクラスの三人組は、朝食のキノコスープを平らげると、いよいよ演習の主目的である『魔獣討伐』へと出発した。
今回の課題は、森の浅い層から中間層にかけて生息する『レッサーウルフの牙』を五本以上集めること。
レッサーウルフは、昨夜結界に突っ込んで消滅したブラッドハウンド(Bランク)に比べれば、Dランク程度の比較的弱い魔獣である。しかし、常に群れで行動するため、未熟な学生にとっては油断ならない相手であった。
「ローゼリア、足元に気をつけてね。木の根っこが出っ張ってるから」
「ローゼリアさん、疲れたらすぐに言ってくださいね。休憩を挟みますから!」
森の中を進む三人。
先頭を歩くアランが剣を片手に周囲を警戒し、中衛のレイラが杖を構え、そして一番後ろの安全なポジションを、ローゼリアがテクテクと歩いていた。
「うむ! 妾への配慮、痛み入るのじゃ! 妾は一番後ろで、お主らの背中をしっかり見守っておるぞ!」
ローゼリアは、杖をピクニックのステッキ代わりにしながら元気よく答えた。
彼女は、母艦エインヘリアルが誇る超高性能マギアナイト『ルシフェル・リベリオン』に搭乗した際には、狂犬のように真っ先に敵陣へ突っ込み、一個艦隊を単騎で蹂躙する『最前衛』である。
しかし、ここはこの世界。生身の彼女は、木の根っこにつまずいただけでHPが削れる(精神的な意味で)最弱のフィジカルしか持っていない。
「(ふふん。アクションゲームで近接アタッカーをやり込んだ後は、RPGで後衛のサポーター職をやりたくなるものじゃ! 今日は一歩も動かず、後方支援に徹するプレイングを見せてやるのじゃ!)」
ローゼリアは、全く新しいゲームのロールプレイを楽しむように、やる気に満ち溢れていた。
ガサガサッ……!
グルルルルッ……!
森の奥へ進んで数十分。前方から低い唸り声と共に、灰色の毛並みを持つ狼の魔獣が五匹、茂みを掻き分けて姿を現した。
目標であるレッサーウルフの群れだ。
「出たね……! ローゼリアは下がってて! 僕とレイラで引きつける!」
アランが前方に躍り出て剣を構え、レイラが震える手で杖を強く握りしめた。
「うむ! 任せたぞ、アラン、レイラ! 妾はここから一歩も動かずに支援するのじゃ!」
ローゼリアは宣言通り、少し離れた安全圏の巨木の陰に立ち、ビシッと杖を天に掲げた。
「——さあ、妾のバフ(支援魔法)を受けるが良い! 『攻撃力アップ』『防御力アップ』、おまけに『リジェネ(自動回復)』じゃ!!」
ローゼリアが杖の先をクルクルと回す(全く意味のないモーション)。
しかし、彼女の脳内ではエインヘリアルの演算回路がフル稼働していた。
(アランの筋肉繊維のマナ伝導率を強制的に三倍に引き上げ、痛覚をマスキング。さらに皮膚の表面に厚さ一ミリの不可視の魔力防壁を展開し、細胞の活性化プログラムを常時バックグラウンドで走らせる……実行!)
「うおおおっ! いくぞぉぉっ!」
アランが気合いの声を上げ、一番手前のレッサーウルフに向かって斬りかかった。
ドパァンッ!!
「……えっ?」
アラン自身が一番驚いていた。
彼が軽く踏み込んだはずの足は、地面を爆発するように蹴り飛ばし、瞬きする間にウルフの懐へと飛び込んでいた。そして、適当に振り下ろした安物の鉄剣が、ウルフの頭蓋骨を豆腐のように真っ二つに叩き割り、そのままの勢いで背後の大樹の幹までへし折ったのである。
「す、すごい……! 僕、今日はなんだか体が羽のように軽くて、力が湧き上がってくるぞ……!! これが、実戦の緊張感ってやつか!!」
アランが自分の両手を見つめ、完全に『自分が覚醒した』と勘違いして興奮する。
ウルフたちが反撃の牙を剥いてアランの腕に噛み付くが、不可視の魔力防壁に阻まれ、ガキィッ! という金属音と共にウルフの牙の方が砕け散った。
「(うむうむ。完璧な物理バリアとリミッター解除じゃ。やはりタンク(壁役)が硬いと、パーティーは安定するのう)」
ローゼリアは腕を組み、後方で一人ご満悦であった。
「ア、アラン君だけじゃありません! 私もやります!」
中衛のレイラが、必死に詠唱を始めた。
「『炎の精霊よ、火の粉となりて敵を灼け……ファイア・アロー』!」
レイラの杖の先から、小さな炎の矢が放たれた。
しかし、彼女は極度のあがり症である。手が震えているため、炎の矢はウルフのいる場所とは全く違う、斜め上空の虚空へと飛んでいってしまった。
「ああっ……! ま、また外しちゃった……!」
レイラが涙目になる。
「(ふむ。エイム(照準)がガバガバじゃな。ならば、妾が『エイムアシスト』をかけてやるのじゃ!)」
ローゼリアは指先をほんの少しだけ動かした。
(空間の重力ベクトルを局所的に書き換え、炎の矢の弾道を『敵の眉間』に強制ロックオン。さらに、炎の温度を三百度ほど上乗せ(バフ)じゃ!)
「キャンッ!?」
明後日の方向へ飛んでいったはずのレイラの炎の矢が、空中でUターンするようなあり得ない直角カーブを描き、残りのウルフの一匹の眉間に超音速で突き刺さった。
ボガァァァァンッ!!
ただの『火の粉』レベルの魔法だったはずが、着弾した瞬間に凄まじい爆発を引き起こし、ウルフを黒焦げにして吹き飛ばした。
「えっ……? えっ……!?」
レイラが自分の杖と、黒焦げになったウルフを交互に見比べる。
「す、すごいぞレイラ! 今の『追尾型爆縮魔法』、君の隠された才能が目覚めたんだね!」
アランが興奮して叫ぶ。
「わ、私、いつの間にあんな高度な魔法を……!? き、奇跡が起きたのかもしれません!」
レイラもまた、自分の実力だと勘違いして(というかそれ以外に説明がつかないため)目を輝かせた。
「ふはははっ! さあ、どんどん狩るのじゃ! 妾のバフがある限り、お主らは無敵じゃぞ!」
一歩も動かず、杖を振るフリをしながら、超絶演算による極悪な『支援魔法(という名の物理法則の書き換え)』を連発するローゼリア。
その結果、レッサーウルフの群れは、覚醒(?)したアランの剛剣と、レイラの百発百中の誘導爆撃によって、ものの数分で壊滅してしまったのである。
「はぁ、はぁ……。やった、やったよローゼリア! 僕たち、無傷でレッサーウルフの群れを倒せた!」
アランが、戦利品であるウルフの牙を回収しながら、汗を拭って満面の笑みを向けた。
「ええ! 私も、魔法のコツが少しだけ分かった気がします! ローゼリアさんの応援のおかげですね!」
レイラも興奮冷めやらぬ様子で、ローゼリアの元へ駆け寄ってくる。
「うむ! お主らの見事な連携であった! やはり妾の目に狂いはなかったのじゃ。二人は将来、立派な冒険者になれるぞ!」
ローゼリアは、一歩も動いていないため全く汗一つかいていない顔で、偉そうに頷いた。
「(マギアナイトに乗って斧で叩き潰すのも爽快じゃが、こうして安全圏から味方を操作して無双させるのも、シミュレーションRPGのようで実に楽しいのう! 後衛職、最高じゃ!)」
ローゼリアは、ゲーマーとしての新たな喜びに打ち震えていた。
——しかし。
この時、三人は気づいていなかった。
ローゼリアの無自覚なオーバースペック支援によって放たれた魔力の余波が、森の奥深くに眠る『あるモノ』を刺激してしまったことに。
『……ピピピッ。マスター・ローゼリアの魔法行使による空間マナの異常な揺らぎを検知。同時に、森の深部より、ルミナス王国のデータベースに存在しない『規格外の魔力波長』が接近しています』
遠く離れた丘の上で監視を続けていたシエラの通信端末に、不穏なアラートが鳴り響く。
『……ちょっと、シエラ。これって……』
アルティナが、タブレットのモニターに表示された巨大な熱源反応を見て、顔をこわばらせた。
『肯定。おとぎ話の伝承と一致。……秘密結社アルカードの眷属、『深淵の魔神』の配下と推測される大型個体が、マスターたちのいるエリアへと急行中』
森の木々が、不気味な風にざわめき始める。
ローゼリアの後衛特化のロールプレイは、思わぬ形で、この星の裏側に潜む『真の脅威』とのファーストコンタクトを引き寄せようとしていた。




