第五幕 第十三話:特異点のクッキングと、複雑すぎる『お嫁さん』フラグ
完全に安全が確保された(※ただし魔獣にとっては文字通り原子分解の処刑場と化している)Fクラスのキャンプ地。
ランタンの温かな光に照らされたテントの前では、アランが起こした焚き火のパチパチという心地よい音が響いていた。
「よし、火も安定したね。僕が川で獲ってきた魚と、レイラが見つけたキノコと香草……これでお湯を沸かして、簡単な野営食を作ろうか」
アランが、木の枝に刺した川魚と、水筒の水を張った小さな鍋を用意する。
「うむ! 食事の支度じゃな! ならば、この『拠点防衛』の要たる妾に任せるのじゃ!」
ローゼリアが寝袋から這い出し、自信満々に胸を叩いた。
「えっ……? あ、いや、ローゼリアは休んでていいよ。ほら、刃物を使うし……テントのポールで親指を怪我したばかりだし……」
アランが、昼間の『木槌で自分の指を叩いて悶絶するローゼリア』の姿を思い出し、慌てて止める。
「そ、そうですよローゼリアさん! お料理は私がやりますから! 腕の力も必要ですし、包丁で指を切り落としたりしたら大変です!」
レイラも顔を青ざめさせて加勢する。二人の目には、ローゼリアが『歩く大惨事(運動神経ゼロ)』として完全に映っていた。
「馬鹿にするでない! 料理とテント設営は全くの別物じゃ! 妾の華麗なる包丁さばき、とくと見るが良いのじゃ!」
二人の制止を振り切り、ローゼリアは野営用の小刀とまな板を手に取った。
(ふん、大振りの力仕事は体がついていかんが、手先の細かい作業なら話は別じゃ! 前世では、新作ゲームの資金を捻出するために毎日自炊で節約しておった『一人暮らしのプロ』じゃからな! コントローラーで鍛えた指先のエイム(精度)を見せてやるわ!)
ローゼリアは、レイラが採ってきたキノコと香草をまな板に並べると、スゥッと息を吸い込んだ。
トトトトトトトッ……!!
「えっ」
「嘘……」
アランとレイラは、目を丸くして固まった。
先ほどまで平坦な地面で転び、テントの布に簀巻きにされていた少女が、目にも留まらぬ速さ……かつミリ単位の均等な薄さで、次々と食材を刻んでいくではないか。
さらに、アランが獲ってきた川魚の内臓を迷いなく滑らかな手つきで処理し、均等に塩を振って焚き火の周りにセットしていく。
鍋に食材を放り込むタイミング、香草で魚の臭みを消す手順、全てに一切の無駄がない。
「(まあ、火加減の調整にほんの少しだけ『温度操作』の無詠唱魔法を使っておるが……これも料理の技術のうちじゃな!)」
ものの十数分で、焚き火の上には見事なきつね色に焼き上がった川魚の串焼きと、香ばしい匂いを漂わせるキノコとハーブのスープが完成した。
「……ど、どうして……?」
アランが、信じられないものを見るような顔で呟く。
「ローゼリア……君、自分の足に躓いて転ぶのに、なんで包丁の扱いはプロの料理人みたいに完璧なの……? 体の動かし方の理屈が全く分からないんだけど……」
「わ、私はてっきり、お鍋をひっくり返して大火傷するかと……」
レイラも困惑を隠しきれない。
彼女たちからすれば、『運動能力は皆無なのに、なぜか料理(という高度な物理作業)だけは人並み以上にできる』というローゼリアのステータスは、完全なバグにしか見えなかった。
「ふはははっ! 料理とは力ではない! リズムとタイミング、そして指先の繊細なコマンド入力(操作)の賜物じゃ! さあ、冷めないうちに食べるのじゃ!」
ローゼリアは得意げに木のお椀にスープをよそい、二人に手渡した。
「う、うん。それじゃあ、いただきます……」
アランとレイラは、まだ半信半疑のままスープを一口すすり……そして、パァッと顔を輝かせた。
「おいしいっ!!」
「すごいよローゼリア! キノコの出汁がしっかり出てるのに、香草のおかげで泥臭さが全くない! 魚も外はカリカリで中はふっくらだ!」
野営の粗末な食材で作ったとは思えない、見事な味付けと完璧な火加減。
二人とも、あっという間に自分の分を平らげてしまった。
「ふふん、そうじゃろそうじゃろ! 妾のサバイバル技術(自炊スキル)に死角はないのじゃ!」
自分の作った料理を美味そうに食べてくれる友人たちの姿に、ローゼリアは心底嬉しそうに胸を張った。
すると、食後の温かいお茶を飲みながら、レイラが心底感心したようにローゼリアを見つめた。
「ローゼリアさん……魔法の知識も学院トップで、お料理もこんなに上手だなんて……本当にすごいです」
レイラは頬を染め、ふにゃりと柔らかい笑顔を向けた。
「これなら将来……ローゼリアさん、絶対に『良いお嫁さん』になれますね!」
「…………ぶふっ!!」
ローゼリアは、飲んでいたお茶を危うく焚き火に吹き出しそうになった。
「えっ!? 大丈夫ですか、ローゼリアさん!?」
「ご、ごほっ、げほっ……! な、なんでもない、変なところに入っただけじゃ……」
ローゼリアは涙目で咳き込みながら、内心で凄まじい葛藤と動揺に見舞われていた。
(お、お嫁さん……!? 妾が!?)
ローゼリアの現在の姿は、誰もが振り返る絶世の金髪美少女である。
しかし、その魂(中身)は、日本で一人暮らしをしながらゲームに明け暮れていた『男』なのだ。
前世の記憶を持つ彼女にとって、「良いお嫁さんになりそう」という褒め言葉は、本来なら『自分が言いたい(そういう女の子と結婚したい)』セリフであって、『自分が言われる』言葉ではない。
(くっ……! 男としてのアイデンティティが、美少女としての完璧な家事スキルのせいで揺らいでおる……! 妾は……妾は、女の子にチヤホヤされる無双主人公になりたかったはずなのに、どうして『良き妻』のフラグを立てておるのじゃ……!)
「あはは、確かに。ローゼリアみたいな綺麗で料理も上手な子がお嫁さんに来てくれたら、旦那さんは毎日幸せだろうね」
アランまで、全く悪気のない爽やかな笑顔でトドメを刺してくる。
「う……うむ。そ、そうじゃな……。特異点たる者、家庭に入るスキルもカンストしておるということじゃ……ははは……」
ローゼリアは、引きつった笑いを浮かべながら、なんとも言えない複雑すぎる気持ちで自分の作ったキノコスープを見つめた。
自分でも自覚している。今の自分がエプロンをつけて「ご飯にする? お風呂にする?」と言えば、銀河中の男(と戦乙女たち)がひれ伏すほどの破壊力があることを。
——そしてその頃。
遠く離れたAクラスのグランピングテントのバルコニーでは。
『……録音完了(セーブ完了)。マスター・ローゼリアの「良いお嫁さん」フラグ音声データ。即座に母艦のメインサーバー・神殿フォルダへと転送します』
シエラが、ハイライトの消えた瞳のまま、凄まじい速度で手元の通信端末を操作していた。
『ちょっとシエラ、抜け駆けはずるいわよ! 私の端末にもその音声データ共有しなさい! 帰ったらリアンヌやロスヴァイセたちが高値で買うわよ!』
アルティナが身を乗り出してデータを要求する。
特異点の複雑な乙女心(男)など露知らず。
秋の夜長のキャンプ地では、様々な思惑と勘違いが交錯しながら、平和な時間が過ぎていくのであった。




