第五幕 第十二話:お留守番の特異点と、チリも残さぬ自動迎撃結界
「——というわけで、妾はこのテントの中で『拠点防衛』の任務に就くことにするのじゃ!」
ファルガー魔法学院の野外合同演習、一日目の午後。
すっかり組み上がった(アランとレイラが二人がかりで建てた)テントの中で、ローゼリアは持参したふかふかの寝袋に包まりながら、堂々と宣言した。
「あはは。うん、そうだね。森の奥へ魔獣の討伐と薬草採取に行くのは、体力のある僕らでやっておくよ。ローゼリアはここで、荷物の番をお願いしていいかな?」
「す、すみませんローゼリアさん。私たちがもっと強ければ、一緒に探索に行けるんですけど……」
アランとレイラが、苦笑しながらも申し訳なさそうに言う。
彼らはローゼリアの絶望的な運動神経を目の当たりにし、「この子を森の奥へ連れて行けば、木の根につまずいて自滅する」と完全に察していたのだ。
「気にするな! パーティーには適材適所というものがある! お主らが前衛として素材を集めている間、妾は後衛として、このベースキャンプを鉄壁の守りで維持しておくのじゃ! これぞ『拠点防衛』の基本じゃな!」
ローゼリアは寝袋から顔だけを出し、ドヤ顔で親指を立てた。
実際はただテントの中でゴロゴロと休んでいたいだけなのだが、特異点たる彼女にかかれば、単なる「お留守番」も立派な重要任務へと早変わりする。
「それじゃあ、僕らは行ってくるね。ローゼリアも、もしはぐれ魔獣が出たら、無理せずに逃げるんだよ」
「ええ、気をつけてくださいね」
二人はローゼリアに手を振り、指定された採取エリアである森の奥へと向かっていった。
「さて……」
二人の気配が完全に遠ざかったのを確認すると、ローゼリアは寝袋の中でむくりと起き上がり、テントの中心にあるランタンのポールに指先を触れた。
「アランたちはああ言ってくれたが、万が一にもこの拠点が魔獣に荒らされては、今夜の快適な睡眠が台無しじゃからな。……少々、この星の『魔獣避けの結界』とやらをアレンジさせてもらうとするかの」
ローゼリアの真紅の瞳に、エインヘリアルの戦乙女としての冷徹な光が宿る。
彼女は、図書館のデータからインストールしたこの世界の初級魔法『獣避けの香炉』の術式をベースに、脳内の演算回路をフル回転させた。
「(大気中のマナを触媒とし、結界の範囲を半径五十メートルに設定。……対象の識別コード、アランとレイラ、及び妾の魔力波長をホワイトリストに登録。それ以外の『敵対的魔力』を持つ動的オブジェクトが侵入した場合……)」
ローゼリアの指先から放たれた極小の魔力が、テントを中心に波紋のように広がり、見えないドーム状の領域を形成していく。
「(……座標を自動ロックオン。対象の分子結合を魔力で直接乖離させ、完全消却する自動迎撃プログラムを構築。……よし、書き換え完了じゃ!)」
ローゼリアがにやりと笑う。
それは、もはや「獣避け」などという可愛いものではなかった。
エインヘリアルの対艦防空システム『イージス』の迎撃アルゴリズムを、この世界の原始的な魔法に無理やり組み込んだ、超凶悪な『自動迎撃・絶対殺戮領域』の完成である。
「これで虫一匹、いや、バクテリア一つすらこのテントには近づけん。完璧な布陣じゃ! さて、二人が帰ってくるまで一眠りするかのう……」
ローゼリアは満足げに頷くと、再び寝袋の奥深くへと潜り込み、スヤスヤと平和な寝息を立て始めた。
その数時間後。
日が暮れ始め、森の中が薄暗い影に包まれた頃。
ガサッ……ガサガサッ……。
Fクラスのキャンプ地に、四つの黒い影が音もなく忍び寄っていた。
『ブラッドハウンド』——人間の血肉を好む、赤い目をした巨大な狼型の魔獣である。本来ならもっと森の深部に生息しているはずの危険度Bランクの魔獣が、手頃な獲物(魔力の低い学生)の匂いを嗅ぎつけて、演習エリアまで降りてきていたのだ。
グルルル……。
四匹のブラッドハウンドは、ローゼリアが眠る質素なテントを見つめ、涎を垂らした。
中からは、美味そうな人間の匂いと、無防備な寝息が聞こえてくる。
獲物を仕留めるべく、リーダーの個体が大きく後脚で地面を蹴り、テントに向かって跳躍した——。
『——警告。未登録の敵対的魔力を検知』
『自動迎撃、起動』
その瞬間。
テントの周囲半径五十メートルの空間に、不可視の『死の線』が無数に走った。
ジュッ……。
一切の爆発音も、閃光も、悲鳴すらなかった。
ただ、夜露が熱した鉄板に落ちたような、極めて小さな音が鳴っただけ。
跳躍したリーダーのブラッドハウンドは、結界の境界線に触れた瞬間、その巨体を構成する全ての分子の結合を強制的に解かれ、細胞一つ、毛一本すら残さずに「文字通りのチリ(素粒子)」となって空間から消滅した。
残された三匹は、目の前で群れの長が『一瞬でこの世から消え去った』という理解不能な事象に、本能的な恐怖で硬直した。
『——マルチ・ロックオン。対象を完全排除します』
無慈悲な迎撃システムは、止まらない。
次の瞬間、空中に展開された見えない魔力の刃が残りの三匹を包み込み。
ジュッ、ジュッ、ジュッ。
何事もなかったかのように、恐るべき魔獣の群れは、血の一滴も、骨の欠片も残さずに、完璧にこの世界から消却されたのであった。
「……すぅ……すぅ……むにゃ、激辛オークカツサンド、おかわりじゃ……」
テントの中では、そんな凄惨な(そして静かすぎる)大虐殺が起きていることなど露知らず、特異点たる少女が幸せそうに寝返りを打っていた。
「……今の、見た?シエラ」
「……肯定。マスター・ローゼリアの張った結界の自動迎撃が作動しました。対象はBランク魔獣ブラッドハウンド四体。……見事なまでに、塵芥一つ残っていません」
遠く離れた丘の上、Aクラスの豪華なグランピングテントのバルコニーから、望遠魔法でその一部始終を監視していたアルティナとシエラは、冷や汗を拭いながら呆れ果てていた。
「あの改変術式、母艦の主砲の演算プログラムと同じじゃない。あんなの、魔獣避けじゃなくてただの『戦術防衛兵器』よ。……Fクラスのキャンプ地が、ルミナス王国の王城より安全な絶対不可侵領域になっちゃってるわ」
「マスターが安眠できているようで何よりです。……ですが、あの無慈悲な殲滅速度、少しだけ身震いしました」
感情の起伏の少ないシエラでさえ、主の無自覚なオーバースペックぶりに小さく肩をすくめる。
「ローゼリアー! ただいま! すごいよ、Bランクの魔獣の爪痕を見つけたから、先生に報告すれば高得点間違いなしだよ!」
やがて、すっかり日が落ちた頃。
泥だらけになったアランとレイラが、両手にいっぱいの薬草とキノコを抱えてテントへと帰還した。
「む? おお、二人とも無事だったか! 大変な収穫じゃな!」
ローゼリアは目をこすりながらテントから這い出し、二人を出迎えた。
「あれ……? なんか、このキャンプ地、すごく空気が澄んでない?」
アランが不思議そうに周囲を見回す。
「それに、森の中なのに蚊とか羽虫が一匹もいないし、獣の気配も全くしない。……なんだか、ものすごく守られてるって感じがするよ」
「……本当ですね。息をするのがとても楽です。ローゼリアさん、もしかして……」
レイラが、尊敬の眼差しでローゼリアを見つめる。
「ふはははっ! 気づいたか! 妾がこの拠点を守るために、完璧な『結界魔法』を維持しておいたのじゃ! 虫一匹通さぬ、鉄壁の防衛陣じゃぞ!」
ローゼリアはドヤ顔で胸を張った。
「すごい! ローゼリアは座学だけじゃなくて、結界魔法も天才だったんだね! ありがとう、これで夜も安心して眠れるよ!」
アランが心から感謝し、レイラも嬉しそうに頷く。
まさかその結界が、「虫一匹通さない」どころか「Bランク魔獣を原子レベルで分解消却する」超絶物騒な兵器であることなど、人の良いモブクラスメイトたちが知る由もない。
「うむ! 拠点防衛は完璧じゃから、お主らは安心して休むが良い! さあ、採ってきたキノコで夕食のスープを作るのじゃ!」
見知らぬ森の奥深く。
底辺クラスのポンコツ三人組のキャンプ地は、銀河最強の死神が放つオーバースペックな結界に守られ、周囲の魔獣たちが恐怖に震えて逃げ出す中、どこよりも平和で安全な夜を迎えるのであった。




