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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第五幕 第十一話:野外合同演習と、絶望のテント設営

季節は巡り、ローゼリアがファルガー魔法学院のFクラスの生徒として潜入生活を始めてから、数ヶ月の月日が流れていた。

その間、彼女は実技の授業のたびに「杖を振って盛大に転びながら魔法を暴発させる(という設定の超精密無詠唱狙撃)」という離れ業を披露し続け、教師陣からは『圧倒的な魔力を持つが、運動神経が致命的に壊滅している爆弾娘』としてすっかり定着していた。

そして秋も深まったある日。

学院の全生徒が参加する恒例のビッグイベント、『秋の野外合同演習』が開催されたのである。

場所はファルガーの街から馬車で半日の距離にある『囁きの森』。

比較的弱い魔獣が生息するこの森で、三日間の野営サバイバルを行いながら、指定された魔獣の討伐や薬草の採取ポイントを競うという、いかにも魔法学園らしい王道のカリキュラムであった。

「ふはははっ! 野外サバイバルなど、クラフト系ゲームで数百時間も木を伐り、石を割り、巨大な拠点を作り上げてきた妾にとっては庭のようなものじゃ! アラン、レイラ! 妾の完璧なサバイバル術についてくるのじゃ!」

森の開けた広場。

Fクラスに割り当てられた少し凸凹したキャンプ地で、ローゼリアは腰に手を当て、自信満々にふんぞり返っていた。

「あはは、頼もしいねローゼリア。でも、まずは寝床となるテントを張らないと、夜露で凍えちゃうよ」

亜麻色の髪の少年、アランが苦笑しながら、学院から支給された分厚い帆布と数本の木のポールを地面に置いた。

「うむ! テントの設営じゃな! 基礎中の基礎じゃ!」

ローゼリアは目を輝かせて帆布の前に立った。

「よいかお主ら、テント設営の極意は『張力テンション』と『骨組みの反発』にある! まずは四隅のペグを地面に対して斜め四十五度の角度で打ち込み、その後、メインポールをスリーブに通して一気に立ち上げる! 風向きを計算し、入り口を風下に向けるのも忘れてはならんぞ!」

「おおお……! さすがローゼリアさん、座学の成績トップなだけあって、理論は完璧ですね!」

丸眼鏡のレイラが、パチパチと尊敬の眼差しで拍手を送る。

「ふふん、これくらい常識じゃ! さあ、妾が手本を見せてやるから、よく見ておくのじゃぞ!」

意気揚々と宣言し、ローゼリアは重い帆布を引っ張り、メインのポールを手に取った。

頭の中には、完璧な完成図と組み立て手順のフローチャートが構築されている。エインヘリアルの特異点たる超高度な演算能力が、最適なペグの位置、ポールのしならせ具合をコンマ一ミリの狂いもなく算出していた。

(完璧じゃ……! まずはこのポールを曲げて、端のピンに差し込む……!)

ローゼリアは、ポールを両手で掴み、ぐっと力を込めた。

「ふんぬっ……!」

ぷるぷるぷる。

ローゼリアの細い腕が震える。

「ぎぎぎぎ……っ!」

硬い木のポールは、彼女のEマイナスランクの絶望的な筋力では、全く、ミリ単位でさえもしならなかった。

「あれ……? おかしいのじゃ。頭の中のシミュレーションでは、ここでポールが良い感じに曲がってカチッとハマるはず……ふんすっ!!」

全体重をかけてポールを押し込もうとした、その時である。

バインッ!!

「ふにゃっ!?」

反発力に負けたポールがローゼリアの手から弾け飛び、彼女は勢い余って前方にすっ転んだ。

そのまま地面に敷きっぱなしになっていた帆布に足を引っ掛け、ガイロープ(張り綱)に絡まり、見事にテントの布ごとぐるぐると簀巻き状態になってしまった。

「ロ、ローゼリア! 大丈夫かい!?」

「ひぃぃっ! 今助けます、ローゼリアさん!」

アランとレイラが慌てて駆け寄り、モゴモゴと動く帆布の山からローゼリアを救出する。

「む、むきゅぅ……。な、なんじゃあのポールは。反発係数の設定がおかしいのではないか……?」

ローゼリアは頭に枯れ葉を乗せ、涙目で抗議する。

「う、うん。確かにこの支給品のポールは少し硬いけど……」

「次はペグ打ちじゃ! ペグ打ちなら力より技術が物を言うはずじゃ!」

懲りないローゼリアは、木槌と金属のペグを手に取り、地面にしゃがみ込んだ。

「斜め四十五度……狙いを定めて、スイング!」

スカッ。

ガンッ!!

「あぎゃああああっ!? 妾の親指がぁぁぁっ!!」

木槌は見事にペグをすり抜け、ローゼリアの華奢な親指を(かすり傷程度だが)直撃した。

あまりの痛みに木槌を放り投げ、地面をのたうち回る銀河最強の死神。

「……クソゲーじゃ……」

数分後。

すっかり組み上がった立派なテントの前で、ローゼリアは膝を抱えて真っ白に燃え尽きていた。

「理論は……組み立て方は、頭の中に完璧に入っておるのに……。どうして、どうして体が全く言うことを聞かんのじゃ……。妾の筋力ステータス、本当にバグっておるのではないか……?」

生身の運動能力のなさに、心の底から絶望するローゼリア。

結局、テントの設営は、農家の手伝いで鍛えられているアランと、手先の器用なレイラが二人であっという間に終わらせてしまったのである。

「あはは、気にしないでローゼリア。君は頭を使うのが得意なんだから、力仕事は僕らに任せてよ」

「そうですよ! ローゼリアさんにはいつも勉強を教えてもらっていますし、これくらいお安い御用です!」

二人の優しさが、逆にローゼリアのゲーマーとしてのプライドをえぐっていく。

「ううっ……アラン、レイラ……。お主ら、本当に良いモブ……いや、親友じゃのう……」

ローゼリアはしくしくと泣き真似をしながら、二人にしがみついた。

一方、その頃。

Fクラスのキャンプ地から少し離れた、見晴らしの良い平坦な一等地に陣取る『Aクラス』のキャンプ地。

そこには、他の生徒たちが支給品のボロテントに苦戦する中、一際異彩を放つ『要塞』のような豪華な天幕が完成していた。

アルティナとシエラが、現地の素材にエインヘリアルの土木魔法(超絶演算)を駆使し、開始わずか一分で築き上げた『超高級グランピング施設』である。

「……マスター・ローゼリアが、テントの布に食われています。救出に向かいます」

グランピングテントのバルコニー(という名の魔法で隆起させた見晴らし台)から、遠くのFクラスの惨状を望遠魔法で監視していたシエラが、ハイライトの消えた瞳でスッと立ち上がった。

「ストップ、シエラ。お座り」

優雅に紅茶(母艦から密かに持ち込んだロスヴァイセ特製)を飲んでいたアルティナが、シエラのローブの裾を掴んで引き留める。

「ですが、アルティナ。マスターの親指が、野蛮な木槌によって0・5ミリほど赤く腫れ上がりました。あの木槌を原子レベルで分解し、代わりに私が完璧な力加減でペグを打ち込まなければ、マスターの柔肌が……」

「気持ちは分かるけど、ここで私たちが手を出したら、ローゼリアの『お忍び学園生活』が台無しになっちゃうでしょ」

アルティナは呆れたようにため息をつく。

「ローゼリアは、ああ見えて結構あの『平凡なモブ友達』とのサバイバルを楽しんでるんだから。……まあ、見てて少しハラハラするのは確かだけどね」

アルティナの視線の先では、アランとレイラに慰められ、ようやく立ち直ったローゼリアが、今度は「火起こしなら任せるのじゃ!」と木の棒を擦り始め、案の定全く火がつかずに再び絶望している姿があった。

「……マスターのテントのメインポールが、理想的な角度から二度ほど傾いています。夜間に倒壊するリスクが0・1パーセント存在します。やはり私が今すぐ補強に……」

「だから行くなってば」

特異点たるローゼリアの、絶望的なまでの運動音痴。

そして、彼女を護りたくてうずうずしている過保護な戦乙女たち。

ファルガー魔法学院の野外合同演習は、魔獣の脅威とは全く別のベクトルの危うさを孕みながら、ドタバタと幕を開けたのであった。

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