第五幕 第九話:底辺クラスの学友と、絵に描いたような傲慢貴族
ファルガー魔法学院の昼休み。
陽光が差し込む広大な学生食堂は、色とりどりのローブを纏った生徒たちでごった返していた。この学院では、ローブの胸元に輝く刺繍の色で所属クラスが一目で分かるようになっている。
特待生や上流貴族が集まる『Aクラス』の金糸から始まり、成績順に色が下がり、最下層である『Fクラス』は地味な茶色の刺繍である。
「うむ! アランよ、よくぞこの『購買部限定・幻の激辛オークカツサンド』を手に入れてきたのじゃ! 褒めてつかわすぞ!」
食堂の片隅、最も日当たりの悪い不人気なテーブル席で、茶色い刺繍のローブを着たローゼリアが、目を輝かせて戦利品のパンを受け取っていた。
「ははは。任せてよ、ローゼリア。僕は魔力量も少ないし魔法のセンスもないけど、足の速さと体力だけは自信があるからね。君に筆記試験のノートを見せてもらったお礼さ」
屈託のない笑顔で笑うのは、亜麻色の髪をした少年、アラン。彼は魔力は低いがひたむきな、落ちこぼれクラスの典型的な生徒であった。
「それにしても、ローゼリアさんの座学の知識は本当にすごいです……。昨日の古代魔法陣の解読も、先生より早く正解してしまうなんて」
隣で控えめに微笑むのは、丸眼鏡をかけたおとなしい少女、レイラ。彼女は魔法の知識は豊富だが、極度のあがり症のせいで実技試験ではいつも失敗してしまうという、これまたFクラスらしい生徒である。
「ふははっ! 何、あれくらいは基本中の基本じゃ! 妾にかかれば、この程度の初歩的な問題など目を瞑っていても解けるわ!」
ローゼリアはふんぞり返り、得意げにカツサンドに齧り付いた。
学園生活が始まって数日。無事に(?)落ちこぼれのFクラスに配属されたローゼリアは、このアランとレイラという平凡だが気の良い学友とすぐに打ち解けていた。
自分のような特異点の傍らには、こうして親身になってくれる友人がいるものだという、彼女の完璧な脳内設定(思い込み)によるものである。
和気藹々と昼食を楽しむFクラスの三人。
しかし、その平穏な空気は、突如として割り込んできた『金糸のローブ』の集団によって無惨に踏みにじられた。
「——おいおい。底辺のネズミどもが、随分と楽しそうに食事をしているじゃないか。ここだけ下水のような臭いがするぞ」
嫌悪感を隠そうともしない、ねっとりとした声。
振り返ると、そこには見かげんにも高価そうな装飾品を身につけた、Aクラスの男子生徒たちが三人立っていた。リーダー格の金髪の少年は、絵に描いたような傲慢な顔つきでローゼリアたちを見下している。
「あ……ダリウス先輩……」
アランが顔を強張らせ、レイラは怯えたように身をすくめてうつむいた。
「特に君だ、ローゼリア・エーベルヴァイン」
ダリウスと呼ばれたAクラスの生徒は、ローゼリアを小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「筆記試験の成績だけで紛れ込んだそうだが、実技試験が『0点』のド素人だそうじゃないか。君のような歩くポンコツが同じ学院の空気を吸っていると思うだけで、ファルガー魔法学院の伝統と格式が汚される思いだよ」
ダリウスの取り巻きたちも、下品な笑い声を上げる。
「本当にな。今年の編入生であるアルティナ・アスフィやシエラのような、超一流の天才ならいざ知らず。あのお二人はすでにAクラスのトップ、いや、学院の至宝だ。それに比べてお前はどうだ? 杖を振れば自爆するだけの落ちこぼれが」
彼らは、今や学院中で「美しき天才双璧」として名を馳せているアルティナとシエラを引き合いに出し、ローゼリアを徹底的に蔑んだ。
「ローゼリア、すまない……僕らが一緒にいるから、君までこんな……」
アランが拳を握り締め、悔しそうに下を向く。
しかし。
当のローゼリアはというと——完全に、見事なまでに『無反応』であった。
「モグモグ……うむ、この激辛ソース、なかなか癖になる味じゃのう! レイラの持ってきた甘い果実水と相性バツグンじゃ!」
「……え? あ、はい。ありがとうございます……?」
ローゼリアはダリウスたちを風景の一部として完全にスルーし、レイラと今日のランチの感想を語り合っていた。
「お、おい! 貴様、Aクラスであるこのダリウス・フォン・グランツ様の話を無視する気か!?」
ダリウスが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「む? なのじゃアラン、レイラ。何か今、ハエが飛ぶようなノイズが聞こえなかったか? 学院の食堂も、もう少し衛生管理をしっかりしてほしいものじゃのう」
ローゼリアは耳を小指でほじりながら、心底どうでもよさそうに言い放った。
彼女にとって、この手の権力を笠に着て嫌味を言ってくる輩は、「聞く価値もない退屈な自慢話」程度の認識でしかなかった。いちいち相手にするだけ時間の無駄である。
「き、貴様ぁっ! そのふざけた態度、魔法で丸焦げにして——!」
ダリウスが杖に手を伸ばそうとした、その時である。
『——ローゼリア。あんな羽虫ども、私の魔法で今すぐチリ一つ残さず消却しましょうか』
『……肯定。マスターを侮辱した罪は重い。ダリウスの実家の商会データもすでに掌握済みです。社会的・物理的に完全抹消します』
ローゼリアの脳内に、エインヘリアルのローカル通信網を通じて、アルティナとシエラの氷のように冷たい『殺意』が直接響いてきた。
食堂の少し離れたAクラスの専用テーブル。そこで優雅に食事をしているはずのアルティナは、笑顔のまま手元の銀のフォークをぐにゃりとへし折り、シエラに至っては瞳のハイライトを完全に消し去り、今にも無詠唱で広域殲滅魔法を放ちそうな尋常ではない魔力を漏出させていた。
「(い、いかん! あやつら、妾が馬鹿にされたことでブチギレておる! ここで学院を吹き飛ばされては、せっかくの学園生活が終わってしまうのじゃ!)」
ローゼリアは慌てて念話を返す。
『ストップじゃお主ら! 手を出すな! あれはただの小物じゃ、放っておけばいずれ勝手に自滅する! 絶対に魔法を撃つでないぞ!!』
主からの厳命を受け、アルティナとシエラはギリギリのところで魔力を霧散させた。
「……おい、聞いてるのかエーベルヴァイン! 次の合同演習で、Fクラスの連中がどうなるか……!」
ダリウスがまだ何か喚いていたが、ローゼリアは最後の一口を飲み込むと、バンッとテーブルを叩いて立ち上がった。
「ごちそうさまじゃ! さあアラン、レイラ! 次は魔法薬学の授業じゃな! 遅れると面倒じゃ、さっさと教室に向かうぞ!」
「えっ? あ、うん……!」
「ま、待ってください、ローゼリアさん!」
ローゼリアはダリウスの存在など最初からなかったかのように、呆気にとられるアランとレイラの手を引き、足取りも軽く食堂を後にした。
「あ、あいつ……! Aクラスの俺をコケにしやがって……! 絶対に許さんぞ、Fクラスの落ちこぼれめ!!」
ダリウスの怒声が背後から響いてきたが、ローゼリアの耳には全く届いていなかった。
「ふふふっ。これで『嫌味なエリートに目をつけられる』という、いかにも学園らしいお決まりの出来事も経験できたのじゃ! ますます学生らしくなってきたではないか!」
ローゼリアは上機嫌で廊下を歩く。
「ロ、ローゼリア……君、本当に度胸があるね。あんな上級貴族を完全に無視するなんて」
アランが感心したように息を吐く。
「そうですよ……後で何か嫌がらせをされるんじゃ……」
レイラが不安そうに周囲を見回す。
「気にするな! ああいう手合いは、いずれ実力で分からせてやれば良いのじゃ! さあ、授業じゃ授業! 今日こそ、隠し通路の手がかりを見つけるのじゃ!」
特異点たる彼女の無自覚な強者の振る舞いは、周囲の落ちこぼれ生徒たちに奇妙な勇気を与え始めていた。
そして、その強がりが『単なる虚勢』ではないことを、学園の者たちが知る日はそう遠くなかった。
ローゼリアの勘違いと無双に満ちたスクールライフは、さらに加速していく。




