第五幕 第八話:学園探索と、テンプレ通りの不良先輩
ファルガー魔法学院での生活が始まって数日。
『エインヘリアル』の潜入調査組の三人は、それぞれ全く異なる学園生活を送っていた。
Aクラスに編入したアルティナとシエラは、瞬く間に学院の有名人となっていた。
エインヘリアルの演算技術を応用した二人の魔法は、この世界の詠唱魔法とは比較にならないほど速く、正確だったのだ。さらに彼女たちは、放課後になれば冒険者ギルドへ顔を出し、新人離れした効率で魔獣討伐のクエストを次々とこなしている。
まさに『才色兼備の超エリート冒険者学生』として、教師からも生徒からも一目置かれる存在になっていた。
一方、我らが特異点・ローゼリアはといえば。
「ふはははっ! 今日も図書室の裏口から旧校舎の地下まで、くまなくチェックしたのじゃ! 怪しい隠し扉の一つも見逃さんぞ!」
筆記満点・実技0点という前代未聞の成績で落ちこぼれの『Fクラス』に放り込まれたローゼリアは、冒険者業を二人に任せきり(というかギルド不合格のため物理的に兼業できない)にし、学園生活——もとい『学園内の探索』に全精力を注ぎ込んでいた。
「(秘密結社アルカード……。あやつらがこの星に干渉しているなら、魔法の最高学府であるこの学院に何らかの手がかりがあるはずじゃ!)」
ローゼリアのゲーマーとしての直感は、「この学園のどこかに秘密の地下迷宮や、禁断の魔導書が隠されているはずだ」と告げていた。
そのため、授業が終わるや否や、彼女は一人で旧校舎の埃っぽい廊下をうろついたり、中庭の怪しい石像を動かそうと押してみたり、立ち入り禁止の裏庭の茂みをガサガサと嗅ぎ回ったりしていたのである。
しかし、その『熱心すぎる探索』が、思わぬ誤解を招くこととなった。
その日の放課後。
ローゼリアは、学院の裏手にある使われていない古い魔法薬の備品倉庫の周りをうろついていた。
「むむ……この倉庫、やけに頑丈な鍵がかかっておるな。怪しい、怪しすぎるのじゃ。絶対になにか重要なアイテムが隠されておるに違いない……!」
ローゼリアが鍵穴を覗き込み、どうにかして開けられないかとガチャガチャと取っ手をいじっていた、その時である。
「——おい、そこのFクラスのチビ。最近ちょろちょろと嗅ぎ回ってるようだが、そこで何をしてる?」
背後から、低くドスの効いた声が響いた。
ローゼリアが振り返ると、そこにはいかにも素行の悪そうな、着崩した制服を纏う三人の上級生(男子生徒)が立っていた。
リーダー格の男は、赤茶色の髪を逆立て、意地の悪そうな三白眼でローゼリアを睨み下ろしている。
「む? 妾のことか?」
「とぼけるなよ。お前、ここ数日ずっと俺たちの『シマ』をうろついてただろ。旧校舎の裏とか、この倉庫の周りとかよ」
赤茶髪の男が、指の関節をボキボキと鳴らしながらじりじりと距離を詰めてくる。
実は、この備品倉庫や旧校舎は、彼ら不良グループが『違法な魔法薬(マナを強制的に活性化させる劇薬)』の密売や、試験問題の横流しを行うための隠し場所として使っていたのだ。
そこに毎日毎日、金髪の編入生が何かを探るようにうろついているのを見て、彼らは完全に勘違いをしてしまった。
「生徒会か、それとも教師の犬か? 俺たちの『ビジネス』の証拠を探しに来たんだろうが……そうはいかねえぞ」
「へへっ、実技0点の落ちこぼれが、生意気に探偵ごっこかよ」
取り巻きの二人が、ローゼリアを逃がさないように左右から退路を塞ぐ。
「ビジネス……? 証拠……?」
ローゼリアは首を傾げた後、ポンッと手を打った。
「(なるほど! こいつら、アルカードの手先か、あるいは学園の裏に潜む悪の組織の下っ端じゃな! そうかそうか、妾の探索が鋭すぎて、ついにイベント戦が発生したというわけじゃ!)」
特異点の思考回路は、彼らの小賢しい非行(カンニングや薬の密売)などというチンピラレベルの悪事をすっ飛ばし、勝手に壮大なメインストーリーへと結びつけてしまっていた。
「ふはははっ! そういうことなら話は早いのじゃ!」
ローゼリアは全く怯むことなく、むしろ嬉々として腰に手を当て、ドヤ顔で言い放った。
「お主らの企みは全てお見通しじゃ! さあ、大人しくアルカードの目的と、この学園に隠された秘密を洗いざらい吐くのじゃ! そうすれば、少しは痛い思いをせずに済むぞ!」
「あ……? アルカード……? 何言ってんだこいつ」
不良たちは、突然飛び出した見知らぬ単語に顔を見合わせた。
「おい、頭がおかしいふりをして誤魔化そうったって無駄だぞ。お前みたいな実技0点の落ちこぼれ、ここで少しばかり『魔法の稽古』をつけて、二度と嗅ぎ回れないようにしてやるよ!」
赤茶髪の男が、イラついたように杖を構えた。
「おいおい、やりすぎんなよ。怪我させたら退学になるぜ?」
「安心しろ、治癒魔法で痕が残らない程度にこんがり焼いてやるだけだ」
彼らの手から、威嚇するように小さな炎や風の刃がチロチロと生み出される。
学園の裏庭という人目のつかない場所で、弱い新入生を痛めつける。それは彼らにとって、いつもの『憂さ晴らし』に過ぎなかった。
しかし、彼らは致命的なまでに相手を間違えていた。
目の前にいる小柄な少女が、一個艦隊を単騎で壊滅させ、銀河の覇権すら握りかねない『銀河最強の死神』であるという事実を。
「……ふむ。問答無用で襲いかかってくるとは、典型的な『噛ませ犬』のテンプレじゃな。よかろう!」
ローゼリアは、実技試験の時と同じように、手にした安物の杖をスッと構えた。
フィジカルはEマイナス(運動音痴)だが、彼女の体内に眠る魔力の絶対量と演算速度は、この世界の魔法使いたちが束になっても敵わない次元にある。
「実技0点と馬鹿にされたままでは、妾のプライドが許さんからな。……お主らのような雑魚モブ相手に詠唱など不要じゃ。妾の真の力、その身で味わうが良いのじゃ!」
ローゼリアの真紅の瞳が、狩りを楽しむ肉食獣のように妖しく細められた。
学園の裏庭で、すれ違いと勘違いに満ちた、圧倒的すぎる『制裁』の幕が今上がろうとしていた。
「ふふっ、勘違いしているようじゃの。杖を振るから……物理法則という名の足枷に引っかかるのじゃ」
ローゼリアは、地面に転がった木剣の記憶を脳裏から消し去り、妖艶な笑みを浮かべた。
彼女は杖を構えたまま、まるで何でもないことのように、杖先を微塵も動かさない。
「杖を振る必要などない。妾の意志こそが術式。……『見えない壁』、展開。座標固定……重圧解除、解放!」
ローゼリアが杖の先を軽く指先でトントンと叩くような仕草を見せた——その瞬間。
バッ! と空気が弾け、赤茶髪の男たちが立っていた周囲の重力が、数十倍にまで跳ね上がった。
「ぐっ……!? な、なんだ……体が……動かねえッ!?」
「うわあああッ!? 重い、何だこの圧力は!!」
地面がミシミシと悲鳴を上げ、三人の不良生徒は床に縫い付けられたかのように膝をついた。杖を振る動作など介在しない、純粋な魔力演算による不可視の衝撃。それはこの世界の魔法使いには理解不能な、完全なる蹂躙であった。
「どうじゃ? お主らが俺たちを痛めつけると言った『魔法』とは、この程度のことか?」
ローゼリアは杖を持ったまま、優雅に髪をかき上げる。
「な、なめるなよ……ッ! 立て……立てるはずだッ!!」
リーダー格の男が、歯を食いしばりながら必死に杖を掲げようとする。
「ほう。では、さらに追加じゃ」
ローゼリアが杖を、今度はわざとらしく大げさに、空を切るようにぶんっ! と振るった。
——途端。彼女の足が、例によって自分のマントの裾に絡まり、盛大にぐらつく。
「あわっ!?」
ドタバタと無様によろめき、その拍子に放たれた魔力弾が、彼らの頭上の樹木を正確に……いや、偶然にも直撃して爆散させた。
「ひぃぃっ!?」
不良たちが悲鳴を上げる。
「あいつ、適当に杖を振り回してるだけなのに、なんでこんなに破壊力が……ッ!?」
「(いかん、また振ってしまった! 振ると重心が崩れるのじゃ!)」
ローゼリアは赤面しながら、再び体勢を立て直す。
だが、その間も彼女の脳内ではエインヘリアル級の超高速演算が止まらない。杖を『振っている』という形だけを見せつつ、実質的な魔法は全て無詠唱・杖の動きを無視して乱射し続けるという、極めて高度な『擬態魔法』へとシフトしたのだ。
「ふはははっ! 受けるが良い! 妾の……『奥義・乱れ撃ち』じゃ!!」
ローゼリアは、杖を空中でこれ見よがしにデタラメに振り回した。
杖そのものは明後日の方向を向いている。しかし、彼女の視線が向けられた場所には、凄まじい密度の魔力弾が、次から次へと無慈悲に降り注いでいた。
ドォォォォォンッ!! ドォォォォンッ!!
「ギャアアアアッ!?」
「止めてくれ! 俺たちはただ、その……! 降参だ、降参だぁぁぁっ!!」
訓練場が砂塵と煙で包まれる。
ローゼリアは「杖を振り回して足がもつれ、変な方向に転びそうになりながら」も、その実、相手の周囲の地面を完璧な精度で爆破し続け、彼らの逃げ道を完全に塞いでいた。
傍目から見れば、ただの「魔法を制御しきれていない暴走少女」に見える。だが、実際には、狙ったポイントを一切外さない銀河最強の精密射撃であった。
「おのれ……! このままじゃ殺されるッ!!」
不良たちは、恐怖のあまり杖を投げ捨て、泣きべそをかきながら裏庭の茂みへと逃げ出していく。
「あ、待つのじゃ! まだ『アルカード』の秘密を聞き出しておらんぞ!」
ローゼリアが追いかけようとして、案の定、庭石に躓いて地面に突っ伏した。
「……はぁ、はぁ。……あやつら、二度と妾の前に現れんぞ、これでは」
地面に倒れたまま、ローゼリアが深いため息をつく。
魔法の乱射は完璧。だが、生身の運動音痴は依然として絶望的。
『杖を振るとポンコツになる』という、この上なく分かりやすい偽装を完成させた彼女は、今日も今日とて、周囲に圧倒的な破壊の爪痕を残して学園探索を続けるのであった。




