第五幕 第七話:ファルガー魔法学院と、座学の天才(物理0点)
ファルガー魔法学院。
辺境都市の北側に広大な敷地を持つこの学舎は、巨大な石造りの尖塔群と、美しく手入れされた庭園からなる、まさにファンタジー世界における『エリート育成機関』の体現であった。
正門の前には、ローブを身に纏った若者たちや、立派な馬車で乗り付ける貴族の子弟たちが列を成している。本日は年に一度の『秋の編入試験』の日なのだ。
「おおお〜っ! これぞ魔法学園! ザ・王道じゃな!」
ローゼリアは正門を見上げ、真紅の瞳をキラキラと輝かせた。
「さて、お嬢様。私たちはここまでですわ」
レガリアが、扇子を広げて優雅に微笑んだ。
「ん? レガリアとランドグリーズは受けないのか?」
「ガハハハッ! 大将、冗談きついぜ! 私のこのナリを見てみろよ。どう見ても学生って歳でも、机に向かって大人しく授業を受けるタチでもねえだろ!」
歴戦の傭兵風の装備に身を包んだランドグリーズが、豪快に笑いながら自分の豊かな胸板をバンバンと叩いた。
「ええ。私も、流石にこの年齢と『貫禄』で十代の生徒たちに混ざるには、少々無理がありますわ。……保護者、あるいは引率の教師と間違われるのがオチでしょう。私たちは街に残り、裏社会や大人の社交場からアルカードの手がかりを探っておきます」
レガリアの放つ、隠しきれない大人の色香と妖艶なオーラ。確かに彼女が学生服を着て教室に座っていれば、別の意味で学園の風紀が崩壊しそうであった。
「うむ、分かったのじゃ。適材適所じゃな! 街の調査は任せたぞ!」
「はい。アルティナ、シエラ。お嬢様のサポート、しっかりお願いしますね」
「任せて。しっかりチート……じゃなくて、優秀な成績で潜入して見せるわ」
アルティナがウインクをし、シエラが無言で頷く。
こうして、レガリアとランドグリーズと別れた三人は、編入試験の受付へと向かった。
第一の関門は『筆記試験』であった。
数百人が集められた大講堂で、魔法の基礎理論、属性学、そしてこの世界の歴史に関する問題が出題される。
「(……ふふん。ちょろい、ちょろいぞ!)」
ローゼリアは、渡された羊皮紙のテスト用紙に向かい、猛烈な勢いで羽ペンを走らせていた。
問題の内容は、昨日アルティナとシエラが王立図書館でスキャンした文献のデータと完全に一致している。エインヘリアルの戦乙女間で構築されているローカル通信(念話のようなデータリンク)を通じて、シエラから完璧な解答データがリアルタイムでローゼリアの網膜に投影されていたのだ。
さらに言えば、この世界の魔法理論は「精霊に祈りを捧げる」「マナの奔流を感じ取る」といった非常にアナログで精神論的な部分が多く、前世で大量のファンタジーRPGをプレイしてきたローゼリアのゲーマー知識(オタク特有の考察力)と奇跡的な親和性を見せていた。
『——マスター・ローゼリア。問十五の歴史問題ですが、ルミナス王国の建国年号は……』
『分かっておる! シエラ、そこは暗記済みじゃ! むしろこの問題、引っ掛けがあるぞ。建国宣言と実際の戴冠式で年号が一年ズレておる。正解はBじゃな!』
『……肯定。マスターの洞察力に感服します』
「(ふはははっ! 完璧じゃ! エインヘリアルの情報網と妾のゲーマー脳の前に、死角など存在せん!)」
一方のアルティナとシエラも、全く表情を変えずに恐るべき速度で解答を埋めていく。
試験開始からわずか数十分で、三人は揃ってペンを置き、余裕の表情で試験終了の鐘を待ったのであった。
そして午後。
筆記試験を通過した受験生たちは、学院の裏手にある広大な『実技訓練場』へと案内された。
そこには、分厚い魔力障壁で覆われた的(ゴーレムのような木人)が並べられており、厳しい顔つきをした試験官の教師たちがバインダーを持って立ち並んでいる。
「これより、戦闘実技試験を開始する! 己の持つ最大の魔力を込めた攻撃魔法を的に放ちたまえ。威力、詠唱の正確さ、そして魔力の性質を総合的に評価する!」
初老の試験官が声を張り上げた。
「まずは、アルティナ・アスフィ! 前へ!」
「はーい」
アルティナが進み出る。
彼女は、現地で調達した安物の木の杖を構え、ふぅと息を吐いた。
「(……この世界のアナログ魔法ね。大気中のマナを『ハッキング』して現象を書き換えると思えば、原理は簡単よ)」
アルティナは、図書館のデータから抽出した最も効率の良い短い詠唱を口にした。
「——『炎の精霊よ、我が呼び声に応え、赤き槍となれ(フレイム・ランス)』!」
彼女の杖の先から、美しい赤い魔法陣が展開され、そこから放たれた炎の槍が、的の木人の胸に正確に命中し、黒焦げにした。
派手すぎず、しかし完璧な威力とコントロールである。
「おお……! 詠唱の無駄のなさ、魔力の安定性、見事だ! 合格!」
試験官が感嘆の声を上げてバインダーに丸を書き込む。
「次は、シエラ! 前へ!」
「……了解」
漆黒のローブを着たシエラが無表情のまま進み出る。彼女もまた、杖を構えて淡々と詠唱を紡いだ。
「——『大地の精霊よ、連なる刃となりて敵を穿て(ロック・エッジ)』」
ドガガガッ! と。地面から鋭い岩の棘が連続して突き出し、的の木人を下から串刺しにした。
エインヘリアルの演算理論を応用し、この世界の魔法の『プログラム』を極限まで最適化した一撃である。
「す、素晴らしい……! 地属性魔法をこれほど速く、かつ精密に発動させるとは……! 紛れもない天才だ! 君も合格!」
試験官が興奮気味に拍手を送る。
「(ふふん、二人とも見事じゃ。だが、妾はさらにその上をいくぞ!)」
「最後は、ローゼリア・エーベルヴァイン! 前へ出なさい!」
「うむ! 任せるのじゃ!」
ローゼリアは、自信満々の笑みを浮かべて所定の位置に立った。
彼女の作戦はこうだ。
『詠唱』などという面倒なプロセスを完全にスキップし、エインヘリアルの特異点としての圧倒的な魔力演算(無詠唱)で魔法を放つ。そうすれば、「無詠唱で魔法を扱える究極の天才」として、学院中からチヤホヤされること間違いなしである。王道ファンタジーの主人公ムーブとしては完璧なシナリオだ。
「さあ、エーベルヴァインさん。準備ができたら詠唱を始めなさい」
「詠唱など不要じゃ!」
「なっ……!?」
試験官や他の受験生たちが驚きの声を上げる中、ローゼリアは杖を天高く掲げた。
「(出力は極小で……しかし、圧倒的な密度で圧縮した魔力弾を放つ! これぞ銀河最強の魔法使いの力じゃ! いけぇっ!!)」
ローゼリアは、脳内の演算回路をフル回転させ、指先に極小の魔力を集束させた。
そして、気合いと共に杖を的に向けて——思い切り、振るった。
「ふんっ!!」
……しかし。
ここで、午前中の冒険者ギルドでの『悲劇』が再びローゼリアを襲った。
運動音痴である。
彼女の生身のフィジカル(E−ランク)は、杖を「的に向かって真っ直ぐ振る」という単純な動作すら正確にこなすことができなかった。
気合いを入れすぎた結果、ローゼリアの足がもつれ、体が大きく右へとブレたのだ。
「ふぎゃっ!?」
杖の先から無詠唱で放たれた高圧縮の魔力弾は、的の木人には全く向かわず、明後日の方向——訓練場の端にある、魔力測定用の巨大な『計測用水晶(魔力の最大値を測るための高価な魔道具)』へ向かって飛んでいった。
ピシィッ!!
魔力弾が直撃した瞬間。
水晶は、ローゼリアの常識外れの『特異点の魔力密度』に耐えきれず、完全にエラーを起こしてブラックアウト(真っ黒に変色)してしまったのである。
「…………」
訓練場に、朝のギルドと同じような、痛いほどの沈黙が降り下りた。
ローゼリアは杖を持ったまま、片足でケンケンをするような不格好な体勢で固まっている。
「え、えーと……これはその、システムのエラーで……」
「……エーベルヴァインさん」
初老の試験官が、額に青筋を浮かべて、ワナワナと震えながらローゼリアを睨みつけた。
「き、貴様ぁぁぁっ! 魔法の基礎たる『詠唱』を無視して魔力を暴走させた挙句、的に当てることすらできず、あまつさえ高価な計測用水晶を黒焦げの石ころにするとは何事かぁぁぁッ!!」
「ち、違うのじゃ! これは無詠唱の高等技術で、たまたま手が滑っただけで……!」
「言い訳は無用だ!! 全くコントロールできていないではないか! 魔力波長もめちゃくちゃだ! これでは味方を吹き飛ばすだけのただの歩く災厄だ! 実技試験は『0点』!! 圧倒的0点だ!!」
試験官は、バインダーに親の仇のように巨大なバツ印を書き込んだ。
「0点!? そ、そんなあああああっ! 妾の無双イベントがぁぁぁっ!!」
ローゼリアは、またしても訓練場の土の上に膝から崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。
アルティナは顔を覆って天を仰ぎ、シエラは無言でローゼリアのポンコツな姿を記録(録画)していた。
夕刻。
ファルガー魔法学院の正門前にある掲示板に、編入試験の合格発表が貼り出された。
「……ううっ。終わったのじゃ。妾の輝かしい学園生活は、始まる前に終わってしまったのじゃ……」
ローゼリアは、魂が抜けたような顔で掲示板の下にしゃがみ込んでいた。
「大将! 待たせたな! おっ、発表が張り出されてるじゃねえか。どうだった?」
街での調査を終え、屋台の串焼きを齧りながらランドグリーズが合流する。その後ろには、微笑みを浮かべるレガリアの姿もあった。
「……あ、ランドグリーズ。慰めてやって。ローゼリア、実技試験で0点叩き出したから」
アルティナが疲れた顔で告げる。
「ぶふっ!? マジかよ! あの大将が0点!?」
ランドグリーズが腹を抱えて爆笑する。
「笑い事ではないのじゃ……。運動音痴が、まさか魔法のエイム(照準)にまで影響するとは……クソゲーじゃ……」
「お嬢様、諦めるのはまだ早いですわよ。ほら、あそこを見てくださいな」
レガリアが、扇子で掲示板の一番端の紙を指し示した。
「……む?」
ローゼリアがのろのろと立ち上がり、自分の名前を探す。
そこには、確かにこう書かれていた。
『首席合格:アルティナ・アスフィ』
『次席合格:シエラ』
そして、合格者名簿の一番下、特別枠(最下位ランク)の欄に——。
『条件付き合格:ローゼリア・エーベルヴァイン』
「……ご、合格しておる!? 妾の名前があるぞ!!」
ローゼリアが目を丸くして叫んだ。
「ええ。試験官たちが話しているのを少し『盗み聞き』したのですが……。お嬢様の筆記試験の解答が、学院の歴史上でも類を見ないほど完璧で、かつ既存の魔法理論を一段階引き上げるような革新的なものだったそうですわ」
レガリアがくすくすと笑う。
「『実技は目も当てられないほどのポンコツで危険極まりないが、この座学の才能を手放すのは学院の損失だ』……ということで、特例でギリギリ合格となったようですわね」
「おおおおっ!! 捨てる神あれば拾う神ありじゃ! さすがは妾の頭脳!」
ローゼリアは完全に息を吹き返し、ドヤ顔で胸を張った。
「……でもローゼリア、あなたのクラスは、落ちこぼれが集まる『Fクラス』みたいよ。私たち二人はエリートの『Aクラス』だけど」
アルティナが、名簿のクラス分けを見ながら肩をすくめる。
「ふはははっ! それでこそじゃ! 落ちこぼれクラスから実力で這い上がり、エリートたちを見返す……これぞ学園モノの真の王道ルートではないか!!」
ローゼリアは全く気にする様子もなく、むしろ「美味しい展開」だと大喜びであった。
「……肯定。マスター・ローゼリアのメンタルの回復力(図太さ)は、Sランクです」
シエラが小さく頷く。
「よし! 無事に学園への潜入ルートは確保した! 明日から、妾の華麗なる『成り上がり学園生活』の始まりじゃー!」
ローゼリアが高らかに宣言し、夕陽に染まる魔法学院を見上げる。
銀河最強の死神にして、驚異の運動音痴。
筆記満点・実技0点という前代未聞の成績で魔法学院に滑り込んだ彼女の、波乱と勘違いに満ちたスクールライフが、今ここに幕を開けたのであった。




