第五幕 第六話:冒険者ギルドと、特異点のポンコツな生身
「——ここが冒険者ギルドか! なかなか雰囲気があるのじゃ!」
辺境都市ファルガーの中央広場に面した、ひときわ大きな木造の建物。
剣と盾が交差した看板が掲げられたその扉を押し開けると、むわっとした熱気とエールの匂い、そして屈強な男女の喧騒が五人を包み込んだ。
壁には魔獣の討伐依頼がびっしりと貼られたクエストボード。奥には酒場が併設されており、朝から酒を煽る荒くれ者たちで賑わっている。
昨日『踊る豚の尻尾亭』で騒ぎを起こしたおかげか、あるいは五人が醸し出す只者ではない雰囲気を察してか、ギルド内の冒険者たちはチラチラと視線を向けてくるものの、直接絡んでくるような命知らずはいなかった。
「すみませーん! 冒険者の新規登録をお願いしたいんだけど!」
アルティナが受付のカウンターに進み出て、愛想よく声をかけた。
「はい、歓迎いたします。……おや、皆様は他国からの旅のお方でしょうか? 見慣れないお召し物ですが」
受付嬢は、村人Aの服(という設定の最高級素材の古着)に身を包んだ美少女たちの姿に目を丸くしながらも、仕事用の笑顔を浮かべた。
「ええ。少し遠くから来まして、この街で活動するための身分証が欲しいのですわ」
レガリアが優雅に微笑みながら答える。
「なるほど、承知いたしました。登録料として銀貨一枚、そして……冒険者として最低限の自衛能力があるかを確認するための『適性テスト』を受けていただきます。裏の訓練場へどうぞ」
「適性テストじゃと!? 望むところじゃ! 妾の圧倒的なステータスを見せつけてやるのじゃ!」
ローゼリアが腕をまくり、鼻息荒く訓練場へと向かった。
ギルドの裏手にある、土が剥き出しになった広い訓練場。
そこには、試験官を務める傷顔のベテラン冒険者が、木剣と的に使う藁人形を用意して待っていた。
「よし、まずはそこのデカい武器を持った姉ちゃんからだ。その木剣で、藁人形を思い切り叩いてみろ。剣の筋と、基礎体力を見る」
試験官がランドグリーズを指差した。
「木剣? そんな細っこい棒きれじゃ、私の力は測れないぜ?……まあいい、手加減してやるよ」
ランドグリーズが木剣を片手で無造作に掴み、藁人形に向けて軽く、本当にただ『軽く』一振りした。
ブンッ……!!
凄まじい風切り音と共に、木剣から放たれた衝撃波が藁人形を吹き飛ばし、背後の石壁に深々とヒビを入れた。
「…………は?」
試験官の口から、間の抜けた声が漏れる。
「あー、わりぃ。ちょっと力が入っちまった。これで合格か?」
「ご、ご、合格だ! 次!」
続いて、シエラとアルティナがテストに挑んだ。
シエラは無機質な表情のまま、瞬き一つせずに連続で木剣の突きを放ち、藁人形の急所(心臓と眉間)をコンマ一ミリの狂いもなく正確に穿った。
アルティナは、試験官が投げた複数の石つぶてを、アクロバティックなバック転と側転で軽々とすべて回避してみせた。
「と、とんでもない身のこなしだ……。お前ら、本当に素人か?」
試験官は冷や汗を拭いながら、合格の判子を押していく。
レガリアに至っては、木剣を構えることすらしなかった。
「私は戦闘は専門外ですので……これでよろしいかしら?」
彼女が優雅に扇子を扇ぐと、不可視の魔力(重力制御)が藁人形をふわりと宙に浮かせ、そのまま地面に綺麗に正座させたのである。
「ひぃっ!? ま、魔法使い様か! もちろん合格です!」
「ふはははっ! 我がパーティーの優秀さが証明されたようじゃな!」
ローゼリアが腕を組み、得意げに胸を張る。
「さあ、最後は妾の番じゃ! 銀河最強のエースアタッカーの実力、とくとその目に焼き付けるが良い!」
ローゼリアは意気揚々と進み出ると、試験官から木剣を受け取った。
「……おもっ」
その瞬間、ローゼリアの腕がガクンと下がった。
エインヘリアルの特異点であり、凄まじい魔力量と機体操縦技術を持つローゼリア。
しかし、彼女の中身は『日本から転生した、休日はゲームばかりしているインドア派の青年』である。マギアナイトの魔力アシストがない完全な生身の身体能力は、控えめに言って『絶望的』であった。
「な、なんじゃこの木剣! 鉄でも仕込んであるのか!?」
「いや、ただの樫の木だが……」
試験官が怪訝な顔をする。
「ふ、ふん! 弘法筆を選ばずじゃ! いくぞ!! おおおおおっ!!」
ローゼリアは気合いの叫びと共に木剣を振りかぶり、藁人形に向けて突進した。
しかし、その足取りは恐ろしくおぼつかず、へっぴり腰のまま数歩進んだところで、自分のマントの裾を見事に踏みつけた。
「あびゃっ!?」
すてーん! と。
銀河最強の死神は、何もない平坦な地面で盛大に転び、顔面から土に突っ込んだ。
手からすっぽ抜けた木剣が、クルクルと宙を舞い、コロンと試験官の足元に転がる。
「…………」
訓練場に、気まずすぎる沈黙が降り下りた。
「む、むきゅぅ……。バ、バグじゃ! 今のは地面の物理演算がおかしかったのじゃ! フレーム回避のタイミングが……!」
ローゼリアが顔を真っ赤にして立ち上がり、土を払いながら必死に言い訳をする。
「あの……お嬢ちゃん」
試験官が、ひどく哀れみを含んだ目でローゼリアを見た。
「冒険者ってのはな、ゴブリンやスライムみたいな魔獣と命懸けで戦う仕事なんだ。……その運動神経じゃ、街の外に出た瞬間にスライムに飲み込まれて死ぬぞ。悪いことは言わねえ、お嬢ちゃんは家で大人しく編み物でもしてた方がいい」
「なっ……!? 妾がスライム以下じゃと!? ふざけるな、もう一回じゃ! 次は魔力強化をかけて……」
「はい、終了! 不合格!!」
試験官は無情にもバツ印を書いた。
「そ、そんな馬鹿なあああああッ!!」
ローゼリアの絶叫が、秋の空に虚しく響き渡った。
数十分後。
ギルドのロビーの隅にあるベンチで、ローゼリアは完全に膝を抱えて白く燃え尽きていた。
「……妾が、不合格。村人Aのモブですらなれる冒険者に、妾がなれないなんて……。クソゲーじゃ……こんなの、絶対におかしいのじゃ……」
「まあまあ、大将。落ち込むなって! ギルドカードなら私たちが四人分持ってるんだから、身分証明には困らねえよ」
ランドグリーズが、真新しい銅色のプレートをジャラジャラと鳴らしながら、ローゼリアの背中をバンバンと叩く(その衝撃でローゼリアがカクンカクンと揺れる)。
「ランドグリーズ、少し手加減してあげなさい。ローゼリアは生身のフィジカルダメージに弱いのよ」
アルティナが苦笑しながらローゼリアの頭を撫でた。
「……マスター・ローゼリアの身体能力は、母艦のシミュレーターの生身測定でも常に最低ランク(E−)でしたからね。魔力による身体強化術式を使えば補えますが、それでは『目立たないようにする』というレガリアの指示に反しますし」
シエラが無慈悲な事実を淡々と述べる。
「ううっ……シエラの正論が心に刺さるのじゃ……」
ローゼリアが涙目で抗議する。
「お嬢様、気に病むことはありませんわ」
レガリアが、持参した水筒から優雅に冷たいお茶をコップに注ぎ、ローゼリアに差し出した。
「将たる者、自ら剣を振るう必要などありません。野蛮な真似は私たちに任せて、お嬢様は後方でふんぞり返っていれば良いのですわ。……もし、あの試験官の目が節穴だというのなら、私が今からあの男の社会的な息の根を止めてまいりましょうか?」
レガリアが、恐ろしく冷たい、しかし極上の笑顔でとんでもないことを言い出す。
「や、やめるのじゃ! それは逆恨みというやつじゃろ!」
ローゼリアは慌ててお茶を受け取り、喉を潤して深呼吸をした。
「……ふぅ。まあ良い。冒険者ギルドでの身分偽装は、お主らのカードがあれば十分じゃ」
ローゼリアは立ち上がり、気を取り直すようにパンパンと頬を叩いた。
「それに、妾たちの本命はここではない。魔法の根源と、アルカードの手がかりを探るための……『ファルガー魔法学院』じゃ!」
ローゼリアの真紅の瞳に、再びゲーマーとしての闘志が燃え上がる。
「生身の物理ステータスが低い魔法使い(後衛職)など、ロープレでは常識じゃ! 魔法学院の編入試験であれば、妾の持つ圧倒的な『魔力』のステータスで無双できるはず! 今度こそ、圧倒的な実力を見せつけてエリート生徒として潜入してやるのじゃ!」
「その意気ですわ、お嬢様」
「ガハハッ! そうこなくっちゃな!」
不合格の屈辱をバネに、次なるイベントへの期待を膨らませるローゼリア。
その頃、彼女が頼みとする『圧倒的な魔力』が、この原始的なファンタジー世界の魔法体系においてどのような評価を受けるのか、彼女はまだ知る由もなかった。
五人はギルドを後にし、街の北側にそびえる巨大な尖塔——『ファルガー魔法学院』へと向かって歩き出した。




