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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第五幕 第五話:王道のテンプレ展開と、魔神のおとぎ話

チュン、チュン、と。

見知らぬ星の、見知らぬ鳥のさえずりが、木枠の窓から差し込む朝の光と共に部屋を満たしていた。

辺境都市ファルガーのメインストリートに面した、清潔で小ぎれいな宿屋『木漏れ日亭』。

その二階にある広めのスイートルーム(アルティナが生成した金貨で借り切った)のベッドで、ローゼリアは気持ちよさそうに伸びをした。

「……ふぁぁ、よく寝たのじゃ。母艦のフカフカのベッドも良いが、こういう質素な木のベッドに麻のシーツというのも、旅情があって悪くないのう」

ローゼリアが目をこすりながら起き上がると、すでに着替えを済ませたパーティーの面々が、部屋の中央にある丸テーブルに朝食を並べていた。

「おはようございます、マスター・ローゼリア。網膜の反応、良好。魔力波長も安定しています」

漆黒のローブ姿のシエラが、無機質ながらもどこか世話を焼くような声で温かいお茶を差し出す。

「おはよう、大将! さあ、冷めないうちにメシにしようぜ! 現地の朝飯ってやつだ!」

歴戦の傭兵風の装備に身を包んだランドグリーズが、豪快に笑いながら木の椅子を引いた。

テーブルの上に並べられているのは、少し硬そうな黒パン、山羊の乳のチーズ、そして野菜と干し肉がたっぷり入った湯気の立つスープであった。

エインヘリアルの母艦でロスヴァイセが作るフルコースの朝食と比べれば、恐ろしく素朴で質素なメニューである。しかし、この「いかにもファンタジー世界」な朝食に、ローゼリアの瞳はキラキラと輝いた。

「おおっ! これじゃ、これじゃよ! 冒険の始まりは、この硬いパンとスープからじゃな!」

ローゼリアは席に着くや否や、黒パンをスープに浸してパクリと齧り付いた。

「んんっ! パンの酸味と、スープの肉の出汁が合わさって、なかなかに美味いのじゃ!」

「ふふっ。お口に合ったようで何よりですわ」

旅の占い師を装うレガリアが、優雅にチーズを切り分けながら微笑む。

「さて。朝食を楽しみながらで構いませんので、昨日の探索の報告会といたしましょうか。……アルティナ、シエラ。図書館での収穫は?」

「ええ、大豊作よ!」

黒い革鎧姿のアルティナが、スキャナー(手帳に偽装)を操作し、テーブルの上に小さなホログラムのウインドウを複数展開した。

昨日の午後、ローゼリアとランドグリーズが街の市場や武器屋を見て回っている間、アルティナとシエラは街の中央にある巨大な『王立図書館』へと潜入していたのだ。

そして、彼女たちの持つ超絶ハッキング技術(物理スキャン)により、図書館に収蔵されている歴史書や文献の数万冊分のデータを、たった数時間で完全にデジタル化し、解析を終えていた。

「まず、この世界の成り立ちについてね。私たちがいるこの大陸は『ルミナス大陸』と呼ばれていて、主に人間の王国がいくつか存在しているわ。そして、この世界には人間や動物だけでなく……『魔獣』と呼ばれる、魔力を帯びた凶悪な生物が各地に生息しているの」

アルティナの操作で、ホログラムに様々な魔獣の挿絵(スキャン画像)が映し出された。

巨大な狼、空を飛ぶ有翼の蛇、岩のような皮膚を持つ熊など、多種多様である。

「魔獣、か! ガハハハッ、そいつはいい! 連邦での戦いは艦隊戦ばかりで少しばかり退屈してたところだ。強い魔獣がいるなら、私の斧の錆に丁度いいぜ!」

ランドグリーズが、早くも戦いの予感にニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。

「……肯定アファーマティブ。そして、その魔獣の脅威から人々を守り、討伐や素材の採取を生業とする者たちの組合が存在します」

シエラが淡々と報告を引き継ぐ。

「それが『冒険者ギルド』よ。この街にも大きな支部があるみたい。街の人たちが私たちを『冒険者』と勘違いしたのも、それが一般的な職業として認知されているからね」

「冒険者ギルド……! 魔獣討伐……!!」

ローゼリアが、スープを飲む手をピタリと止め、ワナワナと震え始めた。

その顔には「王道のファンタジー展開キター!」という歓喜の表情が張り付いている。

「そしてもう一つ、重要な情報がありますわ」

レガリアが、ローゼリアの興奮を宥めるようにスッと口を挟んだ。

「アルティナ。例の『魔法』を教える機関について、お嬢様にお話しして差し上げて」

「あ、そうそう。この街の北側に、巨大な敷地を持つ『ファルガー魔法学院』っていう学校があるのよ。貴族の子弟や、魔力に優れた平民が通うエリート育成機関みたい。図書館の文献にも、その学院が編纂した魔法の理論書がたくさんあったわ」

「ま、ま、魔法学園じゃと……!?」

ローゼリアはガタッ! と椅子を蹴立てて立ち上がった。

「冒険者ギルドに、魔法学園……! なんという至れり尽くせりな世界じゃ! 剣と魔法の世界の王道テンプレを完璧に網羅しておるではないか!」

「お嬢様、落ち着いて。スープがこぼれますわよ」

レガリアがくすくすと笑いながら、布巾を差し出す。

「で、でも、アルティナ。妾たちをこの銀河に飛ばした秘密結社『アルカード』に関する記述はあったのか?」

ローゼリアはコホンと咳払いをして、真面目な顔を取り繕って尋ねた。

「それが、歴史書や公的な記録の中には『アルカード』という単語は一切出てこなかったわ。……ただ、少し気になるおとぎ話の記述があったの」

アルティナがホログラムの画像を切り替える。

そこに映し出されたのは、古い羊皮紙に描かれた、黒い茨と蝙蝠の紋章——エインヘリアルがワープ妨害を受けた際、モニターに映し出されたものと酷似した紋章であった。

「……『深淵の魔神』の伝承です」

シエラが、スキャンした文献の翻訳データを読み上げる。

「何百年も昔、この大陸を恐怖に陥れた『深淵の魔神』とその眷属たち。彼らは星の裏側から現れ、人々の魂を食らい、永遠の夜をもたらそうとした。しかし、光の勇者と聖女の力によって魔神は封印され、世界は平和を取り戻した……という、よくある神話です。ですが、その魔神のシンボルが、アルカードの紋章と完全に一致しています」

「なるほど。つまり『アルカード』という組織は、この世界の裏側に潜み、その『深淵の魔神』とやらを復活させようとしている……あるいは、魔神そのものが彼らの首魁である可能性がある、ということですわね」

レガリアが、静かに推測を述べる。

「ふむ……。あやつら、妾の魂がどうとか言うておったな。この星の魔法の根源や、その魔神の封印について調べれば、アルカードの尻尾を掴むことができるかもしれん」

ローゼリアが顎に手を当てて思考を巡らせる。

「では、大将。どう動く? その魔法学院とやらに乗り込んで、偉い学者を締め上げて吐かせるか?」

ランドグリーズが、物騒な提案をしながら拳を鳴らす。

「待つんじゃランドグリーズ。そんな野蛮な真似をしては、また団長に胃薬を飲ませることになるぞ」

ローゼリアはチッチッと指を振った。

「情報は、内側から自然に探るのが一番じゃ。魔法の神髄が知りたいなら……妾たちが『生徒』として魔法学院に潜入すれば良いのじゃ!」

「生徒……ですか?」

シエラが首を傾げる。

「うむ! この見事な若さと美貌を活かし、才能溢れる編入生として学園生活を満喫……ゲフンゲフン。潜入調査を行うのじゃ! そして同時に、冒険者ギルドにも登録し、魔獣討伐のクエストをこなしながら、この世界の生態系や地理を実地で学ぶ! これぞ完璧な調査計画じゃ!」

ローゼリアの主張は、半分以上が「自分がファンタジー世界のイベントを楽しみたいだけ」であったが、名目上は理にかなっていた。

「……まあ、確かに。外部の人間として嗅ぎ回るより、組織の内部に潜り込んだ方が、機密情報にはアクセスしやすいわね。学院の地下書庫とかに、アルカードの手がかりがあるかもしれないし」

アルティナが、タブレットを叩きながら同意する。

「問題は、どうやって学院に編入するかですが……。まあ、アルティナの『書類偽造』と、私の『交渉術』があれば、どうとでもなるでしょう」

レガリアが、妖しくも頼もしい微笑みを浮かべた。

「よし、決まりじゃ! まずは冒険者ギルドへ向かい、ギルドカード(身分証)を作る! その後、魔法学院へ編入の手続きに行くぞ! さあ皆の者、未知の冒険の始まりじゃー!」

ローゼリアが黒パンを咥えたまま、元気いっぱいに右手を突き上げた。

その頃。

遥か上空の軌道上で待機する母艦エインヘリアル、団長室。

「……終わりました。周辺星系の魔力分布データ、および生態系予測シミュレーション五万件。すべて完了です。次をください」

ハイライトの消えた青い瞳。

恐るべき速度でキーボードを叩き続けるリアンヌの周囲には、すでに終わった電子書類の山が物理的な塔のように築き上げられていた。

「り、リアンヌ……。お前、三日分の仕事を一晩で終わらせたのか……?」

ブリュンヒルデが、引きつった顔で胃薬の瓶を握りしめている。

「遅すぎます。これでは我が主の尊きお姿を、あと半日は拝むことができない。……団長、連邦軍から預かっていた十年分の未処理アーカイブの整理も、私が今から一瞬で終わらせます。ですから、どうか……どうか私を、ローゼリアの元へ……!!」

リアンヌの背後から立ち上る、愛と絶望の入り混じったドス黒いオーラ。

ブリュンヒルデは、これ以上彼女を艦に留めておけば、母艦のメインフレームが彼女の執念によって物理的に破壊されるのではないかという危機感を抱き始めていた。

『——ローゼリア。……いや、頼む。早くリアンヌを呼んでやってくれ。私の胃壁が限界だ……』

ブリュンヒルデの悲痛な声なき叫びは、未開の星の空に虚しく溶けていくのであった。

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