第五幕 第四話:胃痛の団長と、新たなる冒険者パーティー
「……はぁ。お前たちという奴は……」
エインヘリアルの巨大母艦、その中枢にある団長室。
重厚なデスクの前に座るブリュンヒルデは、水と共に胃薬の錠剤を飲み込み、深く、深くため息をついた。
「『隠密調査』という言葉の意味を、もう一度辞書で引いてこい。あれほど目立つ真似は控えるようにと言ったはずだぞ」
ブリュンヒルデの目の前には、先ほど意気揚々と未開の惑星へ降り立ったはずの四人——ローゼリア、リアンヌ、レガリア、アルティナが並んで立っていた。
机上のホログラムモニターには、小型偵察ドローンが上空から撮影した『踊る豚の尻尾亭』での騒動の一部始終が、ご丁寧に録画再生されている。
「だ、だから言うたではないか。あれはお約束のイベントで、向こうから絡んできたのを正当防衛で退けただけじゃと……」
ローゼリアが、目を泳がせながら弁解する。
「お前たちが現地の衣装に着替えたことまでは良かった。だが、魔法の概念そのものが異なる原始的な世界で、無詠唱かつ一瞬で相手を氷漬けにするなど、正体を疑われるに決まっているだろう! あまつさえ、重力魔法で男たちを床にめり込ませるなど……レガリア、お前はストッパーとして同行させたはずだが?」
ブリュンヒルデの鋭い視線が、優雅に微笑む黒衣の淑女へと向けられる。
「あら、私はリアンヌの剣が抜かれるのを防いだまでですわ。あそこで力加減を間違えれば、あの酒場ごと消し飛んでいたかもしれませんもの。それに、少しばかり『教育』を施した方が、今後の情報収集もスムーズにいくかと思いまして」
レガリアは扇子で口元を隠し、全く悪びれる様子もなく答えた。
「屁理屈を言うな。……で、リアンヌ」
「はっ」
「お前は、少しローゼリアへの過保護が行き過ぎている。現地人が無遠慮な視線を向けることなど、最初から想定内だったはずだ。それだけでいちいち殺気を放っていては、調査どころか街の住人が全員逃げ出すぞ」
ブリュンヒルデの正論に、リアンヌは悔しそうに唇を噛んだ。
「……申し訳ありません、団長。ですが、あの薄汚い獣どもが、我が主の美しい御顔を品定めするように見つめるなど……私の騎士としての誇りと、ローゼリアへの愛が許さなかったのです」
「愛は結構だが、任務に支障を来すのはいただけない。……リアンヌ、お前には罰を与える」
ブリュンヒルデが、デスクの横にうず高く積まれた電子書類の山を指差した。
「未知の銀河における星図データの再構築、環境スキャンの解析レポート、そして母艦の備品目録の再計算。……これらすべての書類仕事が終わるまで、お前は地上への降下を禁ずる。私の執務室で手伝いを行え」
「なっ……!? そ、そんな! 私から我が主の護衛の任を奪い、あまつさえお側から引き離すなど……団長、どうかそれだけはご慈悲を!!」
リアンヌは顔面蒼白になり、ブリュンヒルデのデスクにすがりついた。
「ダメだ。お前を連れて行けば、また同じことの繰り返しになる。頭を冷やせ」
「ああっ、ローゼリア! 私がいなくては、現地の野蛮な輩があなた様にどのような危害を加えるか……! どうか、どうか団長を説得して……!」
涙目で助けを求めるリアンヌに対し、ローゼリアはポンポンと優しく彼女の肩を叩いた。
「まあまあ、リアンヌ。ここは団長の言う通りにするのじゃ。お主の分まで、妾がしっかりと街を調査してくるから安心せい。……それに、お主が手伝ってくれれば、ブリュンヒルデの胃痛も少しはマシになるじゃろ?」
「ううっ……! 我が主がそう仰るなら、このリアンヌ、血の涙を流して書類の山を片付けてみせます……っ!」
リアンヌは泣く泣くデスクの横の補助席に座り、絶望的な表情でデータパッドに向かい始めた。
「よし。これで過剰な防衛機構は排除したな。……調査メンバーを再編成する」
ブリュンヒルデは胃の痛みを堪えながら、新たなメンバーを指名した。
「ローゼリア、アルティナ、レガリアはそのまま。レガリア、今度こそ目立つ真似はするなよ。……そして、リアンヌの代わりに前衛としてランドグリーズ。さらに、現地の原始魔法の仕組みを論理的に解析するため、シエラ。この五名で再び街へ向かえ」
「おおっ! つまりパーティーメンバーの入れ替えじゃな!」
ローゼリアが目を輝かせる。
「待機組はどうするの?」
アルティナが尋ねた。
「オルトリンデは引き続き上空からのモニタリングと記録。ウルスラは医療スキャナーの待機。ロスヴァイセは帰還後の食事と紅茶の準備だ。エリーゼは……まあ、ローゼリアの部屋の掃除でもさせておけ」
ブリュンヒルデが手際よく指示を出す。
「承知いたしました。お嬢様がいつお帰りになっても最高の状態でお迎えできるよう、完璧なティータイムの準備を整えておきますわ」
ホログラム通信越しに、ロスヴァイセが優雅にお辞儀をした。
数十分後。
エインヘリアルの装備保管庫にて、新たに選出された二人のメンバーが「現地の冒険者風」の衣装への着替えを終えていた。
「ガハハハッ! どうだ大将! 結構似合ってるだろ!」
ランドグリーズは、粗末な鉄の胸当てに、毛皮の腰巻き、そして無骨なガントレットという、絵に描いたような『歴戦の傭兵』スタイルで現れた。彼女が本来持つ豪快で野性味のある雰囲気と相まって、違和感など欠片も存在しなかった。
「おおっ! 完璧じゃ、ランドグリーズ! どこからどう見ても、酒場で一番強そうな戦士じゃな!」
ローゼリアが親指を立てる。
「……肯定。マスター・ローゼリア、私の擬態は問題ありませんか」
シエラは、全身をすっぽりと覆う漆黒のローブに、古びた木の杖を手にして現れた。その無機質でミステリアスな雰囲気は、まさに『訳ありの魔法使い』である。
「うむうむ! これで戦士、魔法使い、盗賊、そして謎の未亡人という、バランスの取れた素晴らしいパーティーの完成じゃ!」
ローゼリアが満足げに腕を組む。
「……謎の未亡人とは失礼な。私はあくまで、しがない旅の占い師といったところですわ」
レガリアがくすくすと笑いながら、ローブのフードを深く被った。
「よし、今度こそ目立たずに、この街の根幹に迫る情報を集めるのじゃ! 出発!」
ローゼリアの号令と共に、新たな五人のパーティーは再び光学迷彩シャトルに乗り込み、未知の惑星の地表へと降下していった。
一方、その頃の団長室。
「……終わりました。周辺星系の環境データ、三千件のソートとエラーチェックを完了。次をください」
ハイライトの消えた瞳で、キーボードを恐るべき速度で叩き続けるリアンヌ。その背中からは、ローゼリアのお側を離れた絶望と、書類への理不尽な怒りが黒いオーラとなって立ち上っていた。
「は、速い……。いや、助かるのだが、少しは休んでもいいんだぞ、リアンヌ」
ブリュンヒルデが、ドン引きしながら声をかける。
「休むなどと。この仕事が早く終われば終わるほど、私が我が主の元へ戻れる時間が早まるのです。……あと五万件でも十万件でも、持ってきてください。すべて一瞬で終わらせて、ローゼリアの御髪を梳かしに行きます!!」
「……わかった。無理はするなよ」
ブリュンヒルデは、再び胃薬の瓶に手を伸ばしながら、この愛が重すぎる部下たちの手綱を握る己の苦労に、密かに涙するのであった。




