第五幕 第三話:村人Aへの擬態と、酒場のテンプレイベント
「——ふむ。どうじゃ、皆の者! なかなか堂に入っておるじゃろ!」
街の中心部から少し外れた裏通りにある、薄暗い古着屋。
その試着室のカーテンを勢いよく開け放ち、ローゼリアが得意げにポーズを決めた。
彼女が身に纏っているのは、使い込まれて少し色褪せた焦げ茶色の革の胸当てと、動きやすさを重視した麻のズボン、そしてすっぽりと体を覆う深い緑色のフード付きマントであった。
エインヘリアルの漆黒と真紅の軍服が放っていた『圧倒的な強者』のオーラは鳴りを潜め、どこからどう見ても、このファンタジー世界を旅する『駆け出しの冒険者』、あるいは『村人A』のような素朴な出で立ちである。
「おおおおっ……! な、なんという愛らしさ……! 洗練された制服姿も至高でしたが、このような泥臭い現地の衣服を纏うことで、我が主の素材そのものの輝きがより一層際立っております! どのような布切れを纏おうと、ローゼリアは銀河一、いえ、宇宙一尊いお方です!!」
リアンヌが両手を組み、感動のあまり瞳を潤ませて天を仰いだ。
「いや、布切れって……一応、この店で一番高かった『上等な旅装束』なんじゃがな」
ローゼリアが苦笑しながら、少しサイズの大きいマントの裾を翻す。
リアンヌ自身もまた、現地の衣服に着替えていた。
彼女の純白の騎士服は空間収納に仕舞われ、現在はくすんだ銀色の簡素なチェインメイルと、濃紺のサーコートを身につけている。だが、その隠しきれない黄金の髪の艶と、背筋の伸びた完璧な姿勢、そしてローゼリアを見つめる熱烈すぎる瞳のせいで、ただの『没落した高貴な騎士』にしか見えなかった。
「……ふふっ。本当に、隠しきれない気品というものは困りものですわね」
試着室から現れたレガリアが、優雅な仕草で肩にかかったローブのフードを直す。
彼女は、街の女性たちが着るような地味な灰色のロングドレスに、顔を隠すための質素なローブを羽織っていた。しかし、その布の上からでも分かる豊満な身体のラインと、所作の端々から溢れ出る大人の色香は、もはや『訳ありの未亡人』か『お忍びの貴族の奥様』といった風情であり、逆に妙な目立ち方をしそうであった。
「レガリア、それ全然隠蔽になってないわよ。色気がダダ漏れじゃない」
最後に試着室から出てきたアルティナが、呆れたように突っ込みを入れる。
彼女は、身軽な盗賊を思わせる黒ずんだ革鎧とタイトなパンツスタイルを選んでいた。手にはタブレットの代わりに、現地で調達した小さな手帳と鉛筆(に偽装したスキャナー)を持っている。
「これで全員、無事に『現地の冒険者パーティー』に擬態完了ね。……まあ、顔面偏差値が高すぎて結局目立つとは思うけど、さっきのオーバーテクノロジーの制服よりはマシでしょう」
アルティナが、店主に金貨を数枚渡し、お釣りを受け取りながら頷いた。
「うむ! それでは、改めて情報収集に出発じゃ! 目指すは情報が集まる定番の場所……『酒場』じゃな!」
ローゼリアが鼻息荒く宣言し、意気揚々と古着屋の扉を開けた。
街のメインストリートから一本裏に入った場所にある、冒険者たちが集う大衆酒場『踊る豚の尻尾亭』。
昼間からエールを煽る荒くれ者たちや、クエストの打ち合わせをする傭兵たちで賑わうその店に、四人の少女が足を踏み入れた瞬間——。
ピタリ、と。
酒場の中の喧騒が、嘘のように静まり返った。
ジョッキを傾けていた戦士、ダイスを振っていた盗賊、くだを巻いていた魔法使い。その場にいた数十人の男たちの視線が、入り口に立つ四人に釘付けになる。
粗末な旅装束に身を包んでなお、彼女たちの美貌は酒場の薄暗いランプの光の中で、発光しているかのように際立っていた。
特に、フードの奥から覗くローゼリアの真紅の瞳と、彼女の背後に控えるリアンヌの冷ややかな青い瞳は、荒くれ者たちを一瞬で魅了し、同時に底知れぬ畏怖を抱かせるに十分な迫力を持っていた。
「……また目立ってしまいましたわね」
レガリアが、ローブの襟元を少し合わせながら小さくため息をつく。
「当たり前よ。こんな掃き溜めみたいな酒場に、私たちみたいなのが入ってきたら嫌でも目立つわ。……リアンヌ、殺気を抑えて。まだ何もされてないわよ」
アルティナが、すでに腰の剣(現地調達した安物の長剣)に手をかけているリアンヌを小声でたしなめる。
「……分かっています。ですが、あの薄汚い豚どもが、我が主の美しいお顔を品定めのようになめ回すのが許せません。一歩でもローゼリアに近づけば、この酒場ごと氷河期に戻してやります」
リアンヌの瞳から、完全にハイライトが消えていた。
「まあよいではないか。酒場で注目されるのは、実力ある冒険者の証じゃ! さあ、空いている席に座るぞ!」
ローゼリアは周囲の視線など全く気にせず、堂々とした足取りで酒場の奥にある丸テーブルへと向かい、ドカッと腰を下ろした。
リアンヌ、レガリア、アルティナもそれに続く。
「……お、おい。あんな上玉、この街で見たことねえぞ」
「どこのお嬢様だ? 冒険者の真似事でもしに来たのか?」
「へへっ、あのフードの金髪のガキ、なかなか俺好みの……」
ひそひそと交わされる男たちの下世話な会話。
リアンヌの周囲の温度が物理的に下がり、テーブルに置かれた木製のジョッキの表面に霜が降り始める。
「リアンヌ、ストップ。ここでの情報収集が私たちの最初の任務よ。……すみませーん! こっちにエールを四つ、あと適当なおつまみをお願い!」
アルティナが、店員に向かって愛想よく手を挙げた。
運ばれてきたエール(ぬるくて少し酸味がある)と、干し肉とチーズの盛り合わせを前に、四人は小声で会議を始めた。
「アルティナ。ここまで歩いてきて、何か分かったことはあるか?」
ローゼリアが、干し肉を齧りながら尋ねる。
「ええ。周囲の会話や、看板の文字をスキャナーで翻訳・解析したわ。ここは『ルミナス王国』という国の辺境都市『ファルガー』。この世界は、やはり私たちがいた銀河とは全くの別物ね。……星の名前も、国家の概念も、魔力の使い方も、すべてが原始的よ」
アルティナが手帳に偽装したスキャナーを見ながら報告する。
「『アルカード』という秘密結社についての情報は?」
レガリアがエールのジョッキを優雅に傾けながら問う。
「今のところ皆無ね。ただ、この世界の魔法使いたちが信奉している『深淵の魔神』というおとぎ話の存在が、少し気になるところではあるわ。……まあ、ゆっくり探っていくしかないわね」
「ふむ……。未知のマップで、手がかりゼロからのスタートか。最高に燃える展開じゃな!」
ローゼリアが、目を輝かせてエールを煽る。
その時だった。
「よう、お嬢ちゃんたち。見ない顔だが、こんな辺境の街で冒険者ごっことは、いい度胸してるじゃねえか」
バンッ! と、ローゼリアたちのテーブルに、汚れた毛皮を着た大柄な男が両手を突いた。
その後ろには、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた仲間らしき男が三人控えている。典型的な『酒場のならず者』である。
「む?」
ローゼリアが、エールのジョッキを置いて男を見上げた。
「ここは俺たち『赤熊の牙』の縄張りでな。新入りは、先輩に挨拶と『場所代』を払うのが礼儀ってもん……」
男が最後まで言い終えることはなかった。
ピキィィィィンッ……!!
男の足元から、文字通り『氷の華』が咲き誇ったのだ。
石畳の床が瞬時に凍りつき、男の両足は太い氷の柱によって完全に拘束された。
「ひぃっ!? な、なんだこりゃあ!?」
男が悲鳴を上げる。
「我が主の尊きお食事の席に、無断で近づき、あまつさえその汚らしい息を吹きかけるとは……。万死に値します」
リアンヌが、立ち上がることもなく、ただ冷ややかな青い瞳で男を睨みつけていた。
彼女は剣すら抜いていない。ただ、エインヘリアルの高度な演算魔法の出力を『極限まで絞って』、男の足元の水分を凍らせただけである。
この世界の魔法使いが詠唱に数分かかるような魔法を、無詠唱かつコンマ一秒の演算で発動させたのだ。
「ま、魔法使いか!? くそっ、てめえら、やっちまえ!!」
リーダー格の男が凍りついたまま叫び、後ろの三人が武器を抜いて襲いかかろうとした。
「はぁ……。だから、目立つ真似は控えるようにと言ったのに」
レガリアが優雅にため息をつきながら、指をパチンと鳴らす。
ドォォォォンッ!!
襲いかかろうとした三人の男たちの頭上に、見えない巨大な質量の塊(重力魔法の極小版)がのしかかり、男たちは一瞬にして床に這いつくばらされた。
「がはっ……!?」
「な、なんだこれ……体が、動かねえ……っ!」
酒場の中は、水を打ったような静けさに包まれた。
荒くれ者たちは、目の前で起きた現象が理解できず、ただ震え上がっている。杖も持たず、呪文も唱えず、一瞬にして四人の大男を無力化したのだ。それは、この世界の常識ではあり得ない、まさに『神業』であった。
「やりすぎよ、二人とも。……ローゼリア、どうするのこれ」
アルティナが頭を抱える。
「ふむ……。まあ、絡まれるのはお約束のイベントじゃからな」
ローゼリアは干し肉を飲み込み、立ち上がると、氷漬けにされて震えているリーダーの男の前に立った。
「よいか、お主ら。妾たちは確かにこの街では新入りじゃ。じゃが、先輩風を吹かせる相手は選ぶことじゃな。……次は、足元だけでは済まさんぞ?」
ローゼリアが真紅の瞳を細め、ほんのわずかに『特異点としての威圧感』を放つ。
それだけで、男たちは呼吸すら忘れるほどの恐怖に支配され、白目を剥いて気絶した。
「……ふぅ。とりあえず、チュートリアル戦はこんなものじゃろ。さあ、店主! 騒がせてすまなかったのじゃ。代金と、床の修繕費じゃ!」
ローゼリアは、アルティナから受け取った金貨の袋をカウンターに放り投げた。
店主は震えながら金貨を受け取り、酒場の客たちは、誰も四人と目を合わせようとはしなかった。
「……これで、情報収集がしやすくなったのか、逆に避けられるようになったのか、微妙なところですわね」
レガリアが、気絶した男たちを見下ろしながら苦笑する。
「我が主の威光を前に、平伏しない者などおりません。これで、少しは虫除けになったでしょう」
リアンヌが、満足げに微笑んだ。
未知の銀河、剣と魔法の星。
村人Aに擬態したはずの戦乙女たちは、開始早々にその圧倒的な実力の片鱗を見せつけ、この世界における『新たな伝説』の第一歩を、実に騒がしく踏み出したのであった。




