第五幕 第二話:剣と魔法の星と、目立ちすぎる戦乙女たち
赤と紫の毒々しいガス雲が渦巻く未知の星海。
いかなる星図データにも存在しないその宙域を、白と金を基調とした優美なる巨大母艦エインヘリアルは、静かに、そして慎重に進んでいた。
『アルカード』と名乗る秘密結社の強制的なワープ妨害によってこの見知らぬ銀河に放り出されてから、数日が経過していた。
未知の宙域での航行は危険が伴うが、エインヘリアルの誇る超高性能センサーと、シエラ・アルティナの二人が構築した完璧な防壁システムのおかげで、これまでのところ致命的なトラブルには遭遇していない。
そしてこの日、彼女たちの前に一つの『希望』が姿を現した。
「——ブリュンヒルデ団長。前方、3時の方向に恒星系を確認。第三惑星に、豊かな水と緑……生命居住可能領域の条件を完全に満たす、地球型惑星を発見しました!」
索敵レーダーを監視していたウルスラが、弾んだ声で報告を上げた。
「おおっ! ついに見つけたか!」
ローゼリアは特等席から勢いよく身を乗り出し、メインモニターに映し出された青く美しい惑星に真紅の瞳を輝かせた。
「シエラ、アルティナ。地表の文明レベルと、魔力波長の解析を急げ。敵対的な防衛システムが隠れている可能性もある」
ブリュンヒルデが、軍用コートの襟を正しながら冷静に指示を飛ばす。
「了解。……広域スキャニング開始。大気成分、問題なし。地表に複数の都市群、および大規模な建築物(城塞)を確認しました。文明は確実に存在しています。……ですが、これは」
アルティナが、タブレットの画面に流れる解析データを見て、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたのじゃ、アルティナ?」
「電波信号が、文字通り『ゼロ』なのよ。衛星軌道上の人工物もないし、地表からの通信電波も、動力源としてのマギアナイトの反応も全く検出されないわ。それどころか、内燃機関や電子回路を使っている形跡すらない。……完全な、非機械化文明ね」
「……肯定。ですが、地表には確かに『魔力』の波長が満ちています。ただし、私たちが使用している高度にプログラミングされた魔力術式とは根本的に構造が異なります。……大気中の自然マナと共鳴し、現象を引き起こす原始的な構造。言うなれば——」
シエラが無機質な声で分析結果を読み上げる。
「——『剣と魔法の世界』、というわけですわね」
レガリアが、ふふっと優雅に微笑みながら結論を口にした。
「剣と魔法……! 巨大な城に、自然の魔力……っ!」
ローゼリアのテンションが、一気に最高潮へと跳ね上がった。
前世で数え切れないほどのファンタジー作品に触れてきた彼女にとって、そこはまさに「王道の冒険」が待つ夢の舞台である。血なまぐさい星間戦争や、レーザーとミサイルが飛び交うSFの世界とは全く異なる、ロマンに溢れた世界。
「団長! 妾、偵察に行きたいのじゃ! この未知の文明と接触し、情報を集めることは、今後の我々のサバイバルにおいて必要不可欠な任務であると具申するのじゃ!」
ローゼリアは、普段の怠惰な態度はどこへやら、ブリュンヒルデの前にビシッと直立不動で敬礼をした。
「……お前がただ単に、新しい世界を冒険したいだけなのは顔を見れば分かるがな」
ブリュンヒルデは呆れたように息を吐いたが、その瞳の奥には微かな笑みが浮かんでいた。
「まあ良い。物資は潤沢にあるとはいえ、この未知の銀河の情報を得るためには、現地住民との接触は避けられない。……地上部隊を編成し、極秘裏に調査を行え」
「おおっ! 言質は取ったぞ!」
「お待ちください、ブリュンヒルデ団長!」
ローゼリアの背後から、純白の騎士服に身を包んだリアンヌが、床に膝をついて進み出た。
「我が主が未知の蛮地に赴くというのなら、このリアンヌ、必ずや同行し、絶対の盾としてローゼリアをお護りいたします! 万が一、現地の野蛮な輩が我が主の美しい御髪に触れようものなら、その腕ごと氷点下の地獄へ叩き落としてみせましょう!」
リアンヌの青い瞳は、早くも過保護な決意と、まだ見ぬ現地のならず者への殺意でギラギラと輝いていた。
「……それが問題なのだ、リアンヌ」
ブリュンヒルデはこめかみを押さえた。
「お前をローゼリアの護衛につけること自体に異論はない。だが、お前はローゼリアに関わることとなると、容易く沸点が下がる。現地住民が少しぶつかっただけで相手を氷漬けにされては、潜入調査も外交も成り立たん」
「うっ……そ、それは……」
痛いところを突かれ、リアンヌが言葉を詰まらせる。
「ですので、私が『ストッパー』として同行いたしましょう」
静かに進み出たのは、黒衣の淑女レガリアであった。
「未開の文明との接触には、洗練された大人の交渉術が必要です。リアンヌの剣が抜かれる前に、私が穏便に場を収めてご覧に入れますわ。……それに、未知の星の紅茶の味にも、少々興味がありますしね」
「助かる、レガリア。お前がいれば安心だ」
ブリュンヒルデが頷く。
「さらに、現地の『魔法』とやらの構造を解析するため、アルティナ。お前も技術担当として同行しろ。レガリアと共に、ローゼリアとリアンヌの手綱をしっかり握っておくのだぞ」
「了解! 原始的な魔法の仕組み、たっぷりスキャンしてあげるわ」
アルティナが自信たっぷりにウインクをした。
こうして、特異点たるローゼリア、絶対防壁のリアンヌ、そして強力なストッパー役(保護者)であるレガリアとアルティナという、隙のない四名の地上調査隊が編成されたのである。
母艦エインヘリアルから射出された光学迷彩搭載型の小型シャトルは、大気圏を突破し、地表最大の都市から少し離れた深い森の中へ、音もなく着陸した。
そこから徒歩で森を抜け、四人はついに目的の都市の正門へと辿り着いた。
「おおおっ……! まさしく中世ファンタジーの城塞都市じゃ!」
ローゼリアは、目の前にそびえ立つ巨大な石造りの城壁と、木とレンガで造られた家々が立ち並ぶ街並みを見上げて、感嘆の声を漏らした。
空には二つの小さな月が浮かび、街の入り口には、革鎧や鉄の胸当てを身につけ、槍を持った門番たちが立っている。馬車ならぬ『巨大なトカゲが引く荷車』が、土埃を上げながら門を行き交っていた。
「……ふむ。本当に機械の類は一切見当たりませんわね。漂ってくる匂いも、オイルや排気ガスではなく、獣と土、そして香辛料の匂い。とても活気がありますわ」
レガリアが、扇子で口元を優雅に隠しながら街の空気を楽しむように微笑んだ。
「さあ、さっそく街の中に入って調査じゃ! あそこの屋台で焼いてる謎の肉の串焼きが、妾を呼んでおる!」
ローゼリアが目を輝かせて駆け出そうとするが。
「——そこのお前たち! 止まれ!!」
入り口の門番たちが、鋭い声と共に槍を交差させ、四人の行く手を阻んだ。
「む? 」
ローゼリアが首を傾げる。
「な、なんだお前たちは……? どこかの国の王族か? いや、それにしてもその見慣れぬ意匠の服……見たこともない高級な布地だ……」
門番の一人が、槍の穂先をわずかに震わせながら、四人の姿を頭の先からつま先まで、穴が開くほど凝視していた。
無理もなかった。
この街を行き交う人々の服は、粗末な麻布や獣の革、あるいは手入れの行き届いていない鈍色の鉄鎧ばかりである。
そこへ現れた四人の少女たちの姿は、あまりにも『異質』であり、『圧倒的』すぎたのだ。
ローゼリアは、最高級の漆黒の生地に真紅の装飾が施された、隙のない軍服。
リアンヌは、眩いばかりに純白で、精緻な白銀の刺繍が施された美しき騎士服。
レガリアは、大人の色香と圧倒的な品格を漂わせる、漆黒のドレス風の制服。
アルティナは、黒地に紫のラインが発光するように美しい、機能的かつスタイリッシュな装い。
彼女たちが身に纏う『エインヘリアルの制服』は、連邦の最新技術と最高級の素材で織り上げられた特注品である。この剣と魔法の原始的な世界において、それは一国の王族が着る礼服すらも霞ませるほどの、圧倒的なオーラと威圧感を放っていた。
「……おい。あの門番、我が主の美しい御御足と、その高貴なる御顔を、汚らしい目で舐め回すように見ております」
リアンヌの声が、一瞬にして絶対零度まで冷え込んだ。
その青い瞳からハイライトが消え、右手が見えない剣の柄(空間収納機能付きのホルスター)へとスゥッと伸びる。
「我が主に気安く声をかけ、あまつさえ槍を向けるという不敬……。あの者の両目をくり抜き、その腕を永久凍土の彼方へ吹き飛ばしてやりましょうか」
「まあまあ、リアンヌ。早まってはいけませんよ。私たちはあくまで『お忍びの調査』なのですから」
レガリアが、すかさずリアンヌの右手にそっと扇子を当て、その殺気を優しく、しかし有無を言わさぬ圧力で封じ込めた。
「レガリアの言う通りよ、リアンヌ。ここで門番を凍らせたら、街のデータ収集どころじゃなくなるわ。……ここは私が適当に誤魔化すから」
アルティナが前に出ると、どこからともなく『金貨』が入った小さな皮袋を取り出した。
母艦の物質生成機で、現地の商人が使っていた硬貨の成分をスキャンし、急遽偽造……もとい、生成した純金貨である。
「お疲れ様、門番さん。私たちは、遠い東の国から来た視察団よ。これは少しばかりの『通行税』なんだけど……通してもらえるかしら?」
アルティナが金貨の袋をこっそりと門番の手に握らせ、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「ひっ……! こ、これは純金!? あ、ああ、も、もちろんですとも、高貴なるお方々! どうぞお通りください!」
あまりの金貨の重さと、アルティナたちから放たれる「絶対に逆らってはいけない強者の気配」に気圧され、門番たちは慌てて道を開け、最敬礼で見送った。
「ふふっ、チョロいものね」
「見事な交渉術ですわ、アルティナ」
こうして、ストッパー二人の見事な連携により、リアンヌの暴走による「街の入り口での大虐殺」という最悪の事態は回避され、四人は無事に街の中へと足を踏み入れた。
街の中は、活気に満ち溢れていた。
石畳の通りには露店がひしめき合い、武器屋の炉からはカンカンと鉄を打つ音が響き、商人たちの威勢の良い声が飛び交っている。
巨大な剣を背負った戦士や、杖を持ったローブ姿の魔法使いらしき者たちが歩く姿は、まさにローゼリアの知る「ファンタジー世界」そのものであった。
「おおお〜っ! 本物の冒険者じゃ! あっちには魔法の薬を売っておる店もあるぞ!」
ローゼリアはキョロキョロと周囲を見回し、子供のように目を輝かせていた。
しかし、彼女たちが一歩足を踏み入れるたびに、周囲の喧騒が波が引くように静まり返っていく。
「おい、見ろよあの女たち……」
「とんでもなく上等な服だ……どこの貴族様だ?」
「いや、貴族ってレベルじゃねえぞ。あの純白の騎士……歩くたびに冷気みたいなものが漂ってねえか?」
「黒服の女たちも、とんでもない美人だ……精霊か何かの化身か?」
街ゆく人々——商人、冒険者、町娘に至るまで——全員が、文字通り「口をポカンと開けて」四人の姿に釘付けになっていた。
圧倒的な美貌。一切の汚れを知らない、洗練され尽くしたエインヘリアルの制服。
泥と埃にまみれた中世レベルの街並みの中で、彼女たちの存在は、まるで白黒映画の中に突如として極彩色の宝石が投げ込まれたかのように、あまりにも目立ちすぎていた。
「…………」
リアンヌの眉間が、ピクピクと危険な引き攣りを起こしている。
「レガリア……アルティナ……。やはり、ダメです。この街の有象無象どもは、我が主の尊さを前にして平伏するどころか、無遠慮な視線を浴びせ続けています。……せめて、お姉様の周囲半径十メートル以内に結界を張り、視線を向けた者の網膜を焼く程度の処置は許可していただけないでしょうか」
「許可しませんよ、リアンヌ。網膜を焼かれた人々で通りが溢れ返ってしまいますわ」
レガリアが、ため息混じりにリアンヌの肩をポンと叩く。
「しかし……確かに、これでは目立ちすぎますわね。隠密調査どころではありません」
「制服がオーバーテクノロジーすぎるのよね。生地の質感からして、この世界じゃ魔法のアイテム(アーティファクト)級に見えてるはずよ」
アルティナが、隠し持ったタブレットで周囲の反応をスキャンしながらぼやいた。
そんなストッパーたちの苦悩をよそに、当のローゼリアは全く周囲の視線を気にしていなかった。彼女の意識は、すでに「未知の探索」へと完全にフォーカスされていたからだ。
「おい、そこの店主! その串焼き、何肉じゃ! めちゃくちゃ美味そうな匂いがするのじゃが!」
ローゼリアは、通り沿いにある屋台に駆け寄り、真紅の瞳をキラキラさせて身を乗り出した。
「ひぃっ!? あ、あああ、あ、あの、こ、これは『ボア・コカトリス』の肉でさぁ! 高貴なお姫様の口に合うようなものでは……!」
店主の男は、突然目の前に現れた絶世の美少女と、彼女が放つただならぬオーラに完全に圧倒され、ガタガタと震えながら串焼きを差し出した。
「ボア・コカトリス! いかにもファンタジーな名前じゃ! アルティナ、毒見の解析を頼む!」
「はいはい。……生体スキャン完了。未知の鳥類と豚の交雑種みたいね。毒性なし。寄生虫も……まあ、しっかり火が通ってるから私たちの免疫システムなら余裕よ」
アルティナがタブレットで瞬時に解析を終える。
「良し! では、これをもらうのじゃ!」
ローゼリアが串焼きを受け取り、ガブリと齧り付く。
「んん〜っ! 脂が乗っていて美味いのじゃ! 香辛料もスパイシーで最高じゃな!」
「おお……! 我が主が、あのような粗末な肉を美味しそうに……! そのお姿すらも愛おしい……! 店主! これから毎日、お姉様のために最高品質の肉を母艦へ納品しなさい! 代金は言い値で払います!!」
リアンヌが興奮気味に金貨の袋を屋台のカウンターに叩きつけ、店主が「ひええぇぇっ!?」と泡を吹いて気絶しそうになる。
「リアンヌ。あまり現地の経済を破壊してはいけませんよ」
レガリアが苦笑しながら、金貨の山をそっと回収し、適正価格(それでも店主にとっては大金)だけを置いていく。
「……それにしても、アルティナ。現地の魔法の解析はどうなっていますか?」
レガリアが、周囲の警戒を続けながらアルティナに尋ねた。
「ええ、興味深いデータが取れてるわ」
アルティナは、屋台の隣で、魔法使いらしき老婆が指先から小さな火を生み出して鍋を温めている様子をタブレットで解析していた。
「シエラの言った通りね。私たちの『魔力』が、体内のジェネレーターで演算・構築する『デジタル・プログラム』だとすれば、この世界の魔法は、大気中に漂う自然マナに語りかけ、現象を引き起こす『アナログな自然操作』よ。……詠唱や杖の動きといった『儀式』を挟むことで、魔力を具現化してるみたい」
「なるほど。では、私たちの魔法と真っ向からぶつかった場合、どうなりますか?」
「比べるまでもないわ。こっちの魔法使いが火の粉を出すために十秒かけて呪文を唱えてる間に、私たちは脳内の演算(コンマ一秒)で広域殲滅魔法を撃てる。……出力も、精度も、次元が違いすぎるのよ。私たちが本気を出せば、この星の文明にとって『神』か『悪魔』の所業にしか見えないでしょうね」
アルティナは、冷徹なハッカーの目で事実を告げた。
「……ふむ。やはり、圧倒的すぎる力は、無用な警戒と混乱を招くだけですわね。現に、今も周囲からの視線で、リアンヌの堪忍袋の緒が限界に近づいていますし」
レガリアが、静かに殺気を撒き散らし始めているリアンヌを見遣りながら嘆息した。
「妾は別に、このまま冒険を続けても一向に構わんがのう?」
串焼きを平らげたローゼリアが、口元を拭いながら満足げに言う。
「ダメです、我が主。この街の者どもは、ローゼリアの尊さを理解できない愚か者ばかり。これ以上、この薄汚い通りを歩かせ、お姉様の美しい制服を汚すわけにはいきません」
リアンヌが、ローゼリアの前に立ちはだかり、真剣な顔で訴えかけた。
「リアンヌの言う通りね。目立ちすぎるのは調査の邪魔よ。……レガリア、どうする?」
アルティナがレガリアに判断を仰ぐ。
「ええ。まずは、目立たないための『現地の衣服』を調達する必要がありますわね。……とはいえ、この美しすぎるエインヘリアルの制服を脱ぐのは惜しいですが」
レガリアは、周囲の服屋らしき看板を見回した。
「おおっ! つまり『現地装備への着せ替えイベント』じゃな! ロープレの醍醐味じゃ! さっそく服屋に行くのじゃー!」
ローゼリアが、ノリノリで拳を突き上げる。
「我が主がそう仰るなら……! 店ごと買い取りましょう!!」
未知の銀河、剣と魔法の星。
秘密結社の陰謀により飛ばされた未開の地であったが、特異点たるローゼリアとその一行の歩む道に、悲壮感など欠片も存在しなかった。
目立ちすぎる戦乙女たちは、現地住民の度肝を抜きながら、この新たなる「遊び場」を存分に堪能するための第一歩を踏み出したのであった。




