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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第五幕 第一話:深淵からの干渉と、未知なる星海への強制転移

連邦国保守派からの莫大な特別功労金と、向こう数年は遊んで暮らせるほどの潤沢な補給物資を受け取ったエインヘリアルの巨大母艦は、長きにわたる遠征を終え、ついに帰路についていた。

彼女たちが目指すのは、連邦や旧連合国統一派の支配宙域から遥か遠く離れた銀河の別区画——『エーベルヴァイン帝国』の勢力圏である。

絶対的なエースであり特異点である少女、ローゼリア・エーベルヴァインの名を冠するその強大な帝国こそが、エインヘリアルの事実上の本拠地であり、彼女たちが心置きなく羽を伸ばせる「帰るべき場所」であった。

「……ふぁぁ。長かった連邦での出稼ぎも、ようやく終わりじゃな」

母艦エインヘリアルのメインブリッジ。

黒と真紅の制服を少し着崩したローゼリアは、艦長席の隣に用意された自分専用のふかふかの特等席で、大きな欠伸を噛み殺した。

その手には、連邦首都アルカディアで買い占めんばかりの勢いで調達した、様々な嗜好品の包みが抱えられている。

「ええ。此度の遠征は、少々野良犬が騒がしすぎましたからね。我が主の尊い御髪が、つまらぬ土埃で汚れる前に帝国の美しい領地へ帰還できること、この上ない喜びに存じます」

ローゼリアの背後に直立し、美しい純白の制服に身を包んだリアンヌが、極上の微笑みを浮かべて答えた。彼女は我が主の平穏な帰還を誰よりも喜んでおり、その青い瞳にはローゼリアへの無償の愛と忠誠が溢れている。

「ふふっ。連邦の狸どもも、あの圧倒的な力の差を見せつけられては、我々の出立を引き留めることなどできなかったようだな。彼らが手配した超大型の輸送船三隻分のスイーツの材料も、無事にカーゴルームに収まっている」

軍用コートを羽織る団長ブリュンヒルデが、ホログラムの目録を確認しながら満足げに頷く。

「お嬢様が愛してやまない、帝都の王室御用達パティスリーの味が恋しくなってまいりましたわね。帰還いたしましたら、私とっておきの茶葉と共に、極上のティータイムをご用意いたしますわ」

優雅な所作でコンソールを操作しながら、ロスヴァイセが微笑みかける。

「おおっ! それは楽しみなのじゃ! 帝国の宮廷パティシエが作るマカロンは、銀河一じゃからな!」

ローゼリアは目を輝かせ、早くも帰還後の至福の時間に思いを馳せていた。

「——全艦、超空間跳躍ワープ機関、臨界点に到達。エーベルヴァイン帝国、第一関門宙域への座標設定完了」

ブリッジの中央で、作戦システムを統括するレガリアの静かで通る声が響いた。

「アルティナ、シエラ。航法システムの最終チェックを」

「OK! 次元断層の予測データ、クリア! いつでも跳べるわよ!」

天才ハッカーのアルティナが、コンソールの上で指を踊らせながらウインクをする。

「……肯定アファーマティブ。外部魔力干渉、ゼロ。跳躍チャンバー内のマナ濃度、安定しています。カウントダウン、開始」

無機質なシエラの声と共に、ブリッジのメインモニターに大きく数字が表示された。

「総員、対ショック防御。……エインヘリアル、跳躍ジャンプ!」

ブリュンヒルデの号令と共に、母艦の巨大な推進器から眩い光が放たれた。

宇宙空間がぐにゃりと歪み、エインヘリアルは光のトンネルを形成する超空間ハイパースペースへと滑り込んだ。

通常の宇宙空間とは異なる、光の帯が流れる万華鏡のようなワープ空間。

このまま数時間の航行を経れば、懐かしきエーベルヴァイン帝国の星空が見えるはずであった。

——しかし。

平和な帰還の旅路は、突突として破られた。

『——警告! 警告!! 超空間航路内に、未知の重力場異常を探知!!』

ブリッジ内に、けたたましいレッドアラートが鳴り響いた。

同時に、巨大な母艦全体が、まるで見えない巨人に揺さぶられたかのように激しく軋み、クルーたちが姿勢を崩す。

「な、なんじゃ!? ワープ空間内で障害物か!?」

ローゼリアが手からこぼれ落ちそうになった荷物を慌てて抱え込む。

「我が主! 危ない!」

リアンヌが瞬時にローゼリアの前に立ち塞がり、見えない絶対防壁を展開して彼女を衝撃から保護した。

「アルティナ! シエラ! 状況を報告しろ!」

ブリュンヒルデが艦長席の手すりを強く握り締めながら怒鳴る。

「だ、ダメ! 航法システムの座標が、外部から強制的に書き換えられているわ! ファイヤーウォールが……なにこれ、見たこともない暗号化プロトコル!?」

アルティナが血相を変え、キーボードを叩き壊さんばかりの勢いでタイピングを続ける。

「……エラー。メインフレームへの不正アクセスを検知。敵対的な魔力波長が、艦の制御系を侵食しています。……これは、旧帝国の技術体系とも異なる、完全に未知の術式……防壁、突破されます!」

普段は感情を見せないシエラでさえ、その声には明らかな焦燥が混じっていた。

「外部からのハッキングだと!? ワープ空間の只中で、そんなことができる勢力など存在するはずがない!」

レガリアがコンソールの数値を睨みつけながら驚愕の声を上げる。

その時であった。

ブリッジのメインモニターに映し出されていた超空間の光の帯が、突如として漆黒の闇に塗り潰された。

そして、ノイズに塗れた画面の中央に、血のように赤い『茨が絡みついた蝙蝠の十字架』という、おぞましい紋章が浮かび上がったのである。

『——ご機嫌よう、銀河最強の戦乙女たち。そして……いとも愛らしき特異点、ローゼリア・エーベルヴァイン』

艦内のスピーカーから、芝居がかった、ひどく冷酷で甘やかな男の声が響き渡った。

「誰じゃ、お主は!」

ローゼリアが真紅の瞳を細め、モニターの紋章を睨みつける。

『我々は秘密結社【アルカード】。表の銀河の歴史には決して姿を現さず、深淵より星々の運命を紡ぐ者たち……。エーベルヴァインの血脈にして、世界に生じた大いなるバグたる貴女の魂は、我々の「至高の計画」のために欠かせないピースだ』

「秘密結社アルカード……? 聞いたこともない名だ。貴様ら、我々エインヘリアルに喧嘩を売って、無事で済むと思っているのか?」

ブリュンヒルデが、底冷えするような殺気を放ちながら言い放つ。

『威勢が良いな、戦乙女の長よ。だが、我々は連邦の豚どもや、時代遅れの統一派とは次元が違う。貴女たちの圧倒的な武力も、この絶対的な「迷宮」の中では振るうことすら叶うまい』

声の主は、くつくつと嘲るように笑った。

『帝国の温かな揺り籠へ帰れるなどと思わないことだ。貴女たちの航路は、我々が「彼方」へと繋ぎ変えさせてもらった。……永遠の暗黒の果てで、未知なる絶望にその身を捧げるがいい』

「ふざけるなッ! 貴様らの好きにはさせん!」

リアンヌが腰の見えない剣の柄に手を当て、モニターに向かって凄まじい殺気を放つ。

「ローゼリアの帰還の旅路を邪魔し、あまつさえ我が主を道具のように語るなど……その血塗られた十字架ごと、私の盾ですり潰してやる!」

『……フッ。吠えるがいい、忠犬。いずれ貴女たちからすべてを奪い、特異点を迎えにいく。それまで、せいぜい未知の海で足掻くことだ』

プツン、というノイズと共に、通信は一方的に切断された。

それと同時に、母艦エインヘリアルを包み込んでいたワープ空間の光の帯が、まるでガラスが砕け散るようにパリンッと弾け飛んだ。

「きゃあああっ!?」

「くっ……! 衝撃に備えろ!!」

制御を失った超空間からの『強制排出ワープアウト』。

想像を絶するG(重力加速度)と空間の歪みが母艦を襲い、エインヘリアルは宇宙の闇の中へ、文字通り吐き出されるようにして放り出されたのである。

「……っ、被害状況を報告しろ!」

ブリュンヒルデの鋭い声が、静まり返ったブリッジの空気を切り裂いた。

強制ワープアウトの激しい衝撃を乗り越え、艦内は薄暗い非常用照明の赤い光に照らされている。

「……我が主、お怪我はありませんか!」

リアンヌが、真っ先にローゼリアの無事を確認する。彼女の展開した魔力防壁のおかげで、ローゼリアはおろか、彼女が抱き抱えていた包み一つすら傷ついていなかった。

「うむ。リアンヌの盾のおかげで、妾は無傷じゃ。……まったく、帰る直前に面倒な横槍を入れてくるのう」

ローゼリアは荷物をそっと横に置き、ふぅとため息をついた。

「艦のメインフレーム、再起動完了。……装甲の損傷、軽微。推進機関の出力低下は見られますが、致命的なダメージはありません。……ですが」

シエラが、コンソールに異常なデータを表示させながら、微かに声を震わせた。

「どうした、シエラ。現在位置は特定できたか?」

レガリアが尋ねる。

「……それが、おかしいのよ」

横からアルティナが、信じられないものを見るようにメインモニターを指差した。

非常用電源が回復し、メインモニターに現在の艦の外部カメラの映像が映し出される。

そこに広がっていたのは、見慣れた連邦の星空でも、暗礁宙域のデブリ帯でも、もちろんエーベルヴァイン帝国の美しい星雲でもなかった。

赤と紫の毒々しいガス雲が渦巻き、見たこともない奇妙な配列の恒星群が輝く、異様な宇宙空間であった。

「ウルスラ! 広域スキャナーの結果は!」

「……現在、半径一万光年の星図データをスキャンしていますが……連邦国、旧連合国統一派、そしてエーベルヴァイン帝国の星図データベースのどれとも、一致率が『0パーセント』です」

軍医的ポジションであり、索敵も担うウルスラが、青ざめた顔で報告する。

「パルス信号、および既知の航行ビーコンの反応も一切ありません。通信は完全に圏外ですわ」

ロスヴァイセが、コンソールの通信帯域をすべて切り替えながら、静かに首を横に振った。

その事実が意味することは、一つしかなかった。

「……つまり、我々は先ほどの『アルカード』と名乗る組織のワープ妨害によって、既知の宇宙の果て……全くの『未知の銀河』へと飛ばされた、ということか」

ブリュンヒルデが、重々しい声で結論を口にした。

ブリッジに、重苦しい沈黙が降り下りる。

通信も通じず、帰り道も分からない見知らぬ銀河での遭難。通常の軍隊や商船であれば、間違いなくパニックに陥り、絶望に打ちひしがれるような絶体絶命の状況である。

しかし。

彼らは通常の軍隊ではない。「銀河最強」の名を欲しいままにする、規格外の戦乙女たちであった。

「……おおっ! なんということじゃ!!」

沈黙を破ったのは、特異点たるローゼリアの、歓喜に満ちた叫び声であった。

「ろ、ローゼリア?」

ブリュンヒルデが目を丸くする。

ローゼリアは艦長席の隣から立ち上がり、メインモニターに映る未知の星空を、真紅の瞳をキラキラと輝かせて見つめていた。

「これって……つまり、誰も踏み入れたことのない『未開の地』というやつじゃな!? 見たこともない景色、新しい星々、そして未知の冒険! ふはははっ、血が騒ぐのじゃー!!」

深刻な事態を完全に「新たな胸躍る冒険」としてポジティブに解釈し、テンションを爆発させるローゼリア。

そのあまりにもブレない(むしろ喜んでいる)我が主の姿を見て、戦乙女たちの間に漂っていた重苦しい空気は、一瞬にして霧散した。

「ああ、我が主……! どのような未知の脅威が潜んでいようと、このリアンヌの盾がすべてを弾き返し、ローゼリアの往く道を切り拓いてみせます! さあ、思う存分、新しい世界をご堪能ください!!」

リアンヌが、胸に手を当てて誇らしげに騎士の礼をとる。

「お姉様との愛の逃避行……! 見知らぬ銀河でのハネムーンですわね! 新しい星で、まずは愛の巣(拠点)を探さなくては!!」

エリーゼが、両頬を押さえてハートマークの瞳で身悶えする。

「まったく、大将がそう言うなら、どんな未知の銀河だろうが暴れ回ってやるさ! 久しぶりに私のグリムゲルデの斧が火を噴くぜ!」

ランドグリーズが、豪快な笑い声を上げて拳を鳴らす。

「パシャッ、パシャパシャッ! ……未知の星空を背景に、冒険心に目を輝かせるマスター・ローゼリア。尊い。新章『銀河漂流編』の第一フォルダを作成し、画像を保存します」

オルトリンデが、無表情のまま高速でカメラのシャッターを切りまくる。

「ふふっ。お嬢様が新しい冒険を楽しみにされているのでしたら、私どもも全力でサポートするしかありませんわね。……では、新銀河到達の記念に、とっておきの茶葉を開けましょうか。未知の星空を眺めながらのティータイムも、オツなものですわ」

ロスヴァイセが、どこからともなく高級なティーセットを取り出し、優雅に微笑んだ。

「うむ! ロスヴァイセ、とびっきり甘いお茶菓子も頼むのじゃ!」

「やれやれ……。お前たちという奴は、どんな状況でも本当に変わらんな」

ブリュンヒルデは、完全に緊張感を失ったブリッジの惨状(日常)を見て、深く息を吐き出しながらも、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。

秘密結社『アルカード』が、いかなる邪悪な計画と絶望をローゼリアに与えようと企んでいたとしても。

エインヘリアルの戦乙女たちの「特異点を溺愛する揺るがぬ日常」の前では、どんな未知の銀河の脅威も、ただの「新しい遊び場」に過ぎないのだ。

「——全艦、警戒態勢は維持しつつ、周辺宙域の探索を開始する! エインヘリアル、未知の銀河へ前進!」

ブリュンヒルデの号令と共に、母艦エインヘリアルは、赤と紫の毒々しいガス雲が渦巻く新天地へ向けて、力強く推進器の火を灯したのであった。

彼女たちの新たな無双劇が、今、幕を開ける。

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