第四幕 第二十六話:星海の凪と、戦乙女たちの甘やかな凱旋
旧帝国の戦略兵器『バベル』を用いた、旧連合国統一派による起死回生の首都奇襲作戦。
後に「アルカディアの狂宴」と呼ばれることとなるその事件は、エインヘリアルの戦乙女たち——とりわけ、休日のティータイムとゲームのセーブデータを奪われて激怒した「銀河最強の死神」ローゼリアの圧倒的な暴力によって、わずか数時間という短さで完全に鎮圧された。
この絶望的なまでの戦力差と、エースパイロット四名が揃って最高軍事法廷で裁かれたという事実は、銀河中に決定的な波紋を広げた。
『——繰り返します。旧連合国統一派の残存艦隊は、連邦軍への全面降伏を宣言。同時に、各星系で蜂起していた過激派組織も次々と武装解除に応じているとのことです』
連邦首都惑星アルカディアの中心部にある巨大なホログラム・ビジョンには、連日、華々しい勝利のニュースと平和の到来を告げる報道が絶え間なく映し出されていた。
統一派の上層部は、自分たちの最後の希望であった「泥舟の四将」が、エインヘリアルの一人の戦死者も出さないまま文字通り「赤子を捻るように」無力化された映像を突きつけられ、完全に戦意を喪失した。
さらに、銀河の裏社会や過激派たちの間では、ある一つの「恐るべき都市伝説」がまことしやかに囁かれるようになっていた。
——『エインヘリアルの死神は、自分が楽しみにしていた休日のショートケーキを床に落とされたという理由だけで、一個艦隊を宇宙の塵に変えたらしい』
——『週末と、午後三時のティータイムにだけは絶対に事を起こすな。少しでも彼女の機嫌を損ねれば、星系ごと消滅させられるぞ』
半分は真実であり、半分は尾鰭のついた噂であったが、これが「究極の抑止力」として機能した。
狂信的なテロリストでさえ、圧倒的で理不尽な「個の暴力」の前には沈黙するほかなかった。かくして、長きにわたって銀河を二分してきた保守派と統一派の争いは、連邦国保守派の完全なる勝利という形で幕を閉じたのである。
「……本当に、終わったのですね」
連邦軍本部、将官室。
新たに『准将』へと昇進を果たし、真新しい金糸の装飾が施された軍服に身を包んだレオンは、執務室の窓から広がる平和な首都の風景を見下ろしながら、深く息を吐き出した。
「はい、レオン准将。各星系の治安維持部隊からの報告でも、大規模な武力衝突は過去一週間、一件も確認されていません。完全なる平和の到来です」
副官が、弾むような声でデータパッドを読み上げる。
「平和、か。……我々連邦軍の力だけで勝ち取ったものではないがな」
レオンは苦笑し、デスクの上に置かれた分厚い電子決裁書類に目を落とした。
表題には『特別協力傭兵団エインヘリアルに対する、特別功労金および契約満了ボーナスの支払い決議』とある。
そこに記された金額は、連邦の国家予算の数パーセントに匹敵する、天文学的な数字であった。かつての連邦議会であれば「たかが傭兵に払いすぎる」と猛反発が起きただろう。
しかし現在、議会でこの予算案に反対する者は一人もいなかった。
あの法廷でのローゼリアの底知れぬ威圧感、そしてカナタという愚か者を通して見せつけられた、桁違いの戦闘能力。
連邦政府の狸たちはようやく理解したのだ。この莫大な金額は「報酬」ではない。「彼女たちの機嫌を損ねず、今後も中立、あわよくば味方でいてもらうための安い防衛費(みかじめ料)」であると。
「……准将。これほどの金額を一度に振り込んで、本当にエインヘリアルの彼女たちは納得してくれるでしょうか? もし、彼女たちがこの銀河の覇権を握ろうと考えたら……」
副官が不安げに尋ねる。
「その心配はないよ」
レオンは迷いなく電子ペンを走らせ、決裁のサインを完了させた。
「彼女たちは、権力や支配などというちっぽけなものには欠片も興味がない。彼女たちが求めているのは、我が主の平穏な日常と、極上のスイーツ、そして……新作のゲームソフトが発売日に届く平和な世界だけだ。……我々は、その環境を守るための良きスポンサーであり続ければいい」
レオンの脳裏に、法廷の後に戦乙女たちに囲まれ、苺のタルトに目を輝かせていた金髪の少女の姿が浮かぶ。
「(ローゼリア殿。あなたがもたらしてくれたこの平和、我々連邦軍が必ず守り抜いてみせます)」
若き准将は、青空に向けて静かに敬礼する。
その頃、エインヘリアルの母艦。
静謐で洗練されたブリッジの奥にある団長室では、ブリュンヒルデとレガリアが、ホログラムモニターに映し出された連邦からの「送金完了通知」を見つめていた。
「……ゼロの数を数えるのも馬鹿らしくなるな。連邦の狸どもめ、随分と弾んだものだ」
ブリュンヒルデが、軍用コートのポケットに手を入れたまま、小さく鼻を鳴らす。
「ふふっ。命の代金、そしてこの銀河の覇権を買ったと思えば、これでもまだ安いくらいですわ。それに、連邦政府からの『どうか今後ともよしなに』という切実なメッセージも込められているのでしょうね」
レガリアが、最高級の茶葉で淹れたダージリンティーのカップをブリュンヒルデのデスクに置きながら、優雅に微笑んだ。
「まあいい。これで当面の——いや、向こう数十年は遊んで暮らせるだけの資金と物資が手に入った。艦のメンテナンス費用を差し引いても、十分すぎる額だ」
ブリュンヒルデはデスクの全艦放送のスイッチを入れた。
『——エインヘリアル全クルーに告ぐ。団長のブリュンヒルデだ。此度の連邦からの依頼、すべての工程が完了し、契約満了となった。これより我が団は、第一種戦闘警戒態勢を完全に解除する』
艦内のあちこちから、歓声が上がるのが聞こえてくる。
『我々の完璧な仕事により、銀河の反乱分子は沈黙した。よって、本日から当面の間、エインヘリアルは長期休暇に入る! 母艦をリゾート惑星の軌道上に停泊させ、各自、思う存分に羽根を伸ばすように。……以上だ!』
通信を切ると、ブリュンヒルデはふっと肩の力を抜き、レガリアの淹れた紅茶を一口飲んだ。
「……さて。私たちは私たちで、大人の休暇と洒落込もうか、レガリア」
「ええ、喜んで。……でもその前に、私たちの『一番の功労者』の様子を見に行かなくてはなりませんわね」
「違いない。今頃、彼女の部屋は大変なことになっているだろうからな」
二人は顔を見合わせ、楽しげな笑い声を上げながら団長室を後にした。
### 死神の私室、あるいは絶対不可侵の甘やかし要塞
「——そこじゃ! そのボスの右腕の振り下ろしモーションの隙に、無敵回避を合わせてカウンターじゃあああっ!!」
エインヘリアル母艦の最深部、ローゼリアの広大な私室。
そこは今、最新鋭の防衛システムと重すぎる愛によって構築された『絶対不可侵の甘やかし要塞』と化していた。
部屋の中央にある巨大なホログラム・ディスプレイ。
その前で、ローゼリアはシルクのクッションに完全に埋もれながら、ゲームパッドを握りしめて熱狂していた。
彼女がプレイしているのは、奇襲作戦の日にセーブデータを吹き飛ばされた、あのアクションRPGであった。
「お見事です、我が主! その完璧な反射神経と指先の動き……まさに神業! 宇宙の真理すら超越した美しさです!」
ローゼリアの右側では、純白の騎士服を身に纏ったリアンヌが、感動の涙を流しながら拍手喝采を送っていた。
さらに彼女は、ローゼリアの周囲に『ブラン』の魔力防壁の出力を絞った「不可視の小型シールド」を展開している。敵の攻撃を防ぐためではない。エアコンの微かな風や、空気中の埃一つすらローゼリアの肌に触れさせないための、完全なる過保護シールドである。
「お姉様! 激しいコントローラーの操作で、さぞかし肩がお疲れでしょう! 今すぐ私の愛の力で、その凝りを優しく解きほぐして差し上げますわ!」
左側からは、エリーゼがローゼリアの華奢な肩に手を当て、絶妙な力加減でマッサージを施している。その瞳はハートマークになり、今にもローゼリアを押し倒しそうなほどの熱気を帯びていた。
「うむ、エリーゼ、そこじゃ……あー、極楽なのじゃ……って、危ない! 今ボスが第二形態に……!」
ローゼリアが画面に集中して身を乗り出した、その時。
「お嬢様。口を開けてくださいませ。法廷からお帰りの際に約束いたしました、超特大の苺のタルトでございます。一番甘い先端の部分を切り分けましたわ」
背後からスッと現れたロスヴァイセが、銀のフォークに刺した美しいタルトを、ローゼリアの口元へと寸分の狂いもなく差し出した。
「あーん……もぐっ。んん〜っ! 美味いのじゃ! 苺の酸味とカスタードの甘さが絶妙……!」
視線は画面に釘付けのまま、ローゼリアは口に運ばれる最高級のスイーツを堪能する。
「ガハハハッ! いいぞ大将! そのままボスの首を叩き斬っちまえ! ほら、喉が渇いただろ、特製のフルーツオレだ! ストローを咥えな!」
ランドグリーズが豪快に笑いながら、キンキンに冷えたグラスを差し出す。アルコールを好む彼女だが、ローゼリアのゲーム中だけは、彼女のプレイスキルを鈍らせないように甘いジュースを用意するのだ。
「ちゅーっ……ぷはぁっ! ランドグリーズ、気が利くのじゃ!」
部屋の隅では、アルティナとシエラの電子戦コンビが、何やら物々しい機材を操作していた。
「シエラ、連邦軍の軍事用通信衛星のハッキング、完了した? ローゼリアのオンライン対戦に、1ミリ秒のラグも発生させるわけにはいかないわ!」
「……肯定。連邦のメイン回線をバイパスし、ローゼリアのコンソールへ全帯域を独占的に割り当てました。これで通信速度は銀河最速です。彼女のゲーム体験に、一切のノイズは許しません」
銀河の命運を左右する天才ハッカーたちが、その持てるすべての技術を「ゲームの通信ラグをなくすため」だけにフル稼働させていた。
「ローゼリア。網膜の疲労度は正常値、脳波も極めてリラックスしたアルファ波を出しています。でも、あと一時間プレイしたら、必ず十秒間目を閉じて休ませてくださいね? 私が特別製の目薬を点眼してあげますから」
ウルスラが、医療用スキャナーのデータをタブレットで確認しながら、母性たっぷりの声で優しく微笑みかける。
パシャッ、パシャパシャッ!
「……マスター・ローゼリアの、ボス撃破直前の真剣な横顔。尊い。このアングルは奇跡。即座にクラウドサーバーの『神殿』フォルダへバックアップを……」
オルトリンデが、無表情のまま高速でカメラのシャッターを切り続け、ローゼリアのあらゆる表情をデジタルデータとして永久保存していく。
「おおおおっ! これでトドメじゃあああっ!! 『ルシフェル・ストライク』!!(※ゲーム内の必殺技)」
ローゼリアの指がフィニッシュボタンを強打した瞬間、画面の中の巨大なボスが光となって消滅し、感動のエンディングムービーが流れ始めた。
「やった……! やったのじゃ! 妾の……妾の失われたセーブデータが、ついに蘇り、そしてクリアしたのじゃあああッ!!」
ローゼリアがゲームパッドを放り投げ、両手を挙げて歓喜の声を上げる。
「おおおおっ! おめでとうございます、我が主!! このリアンヌ、あなたの偉大なる勝利の瞬間に立ち会えたこと、一生の誇りといたします!!」
「さすがはお姉様! 銀河の覇者にして、ゲームの覇者! さあ、今夜は祝勝会(という名の私との添い寝)ですわ!!」
戦乙女たちが一斉にローゼリアに群がり、クラッカーを鳴らし、彼女の体を胴上げせんばかりの勢いで抱きしめ、撫で回す。
「ひゃうっ!? ま、待つんじゃ! 苦しい! 物理的に愛が重い! エリーゼ、胸を押し付けるでない! リアンヌ、頬ずりしすぎじゃ〜〜っ!!」
もみくちゃにされながらも、ローゼリアの口元には隠しきれない満面の笑みが浮かんでいた。
日本で命を落とし、この見知らぬ銀河に転生し、記憶を失い、傭兵として死線を潜り抜け……そして、思い込みの激しい「勘違い主人公」のシナリオをへし折って勝ち取った、この平和な日常。
「(……ふむ。転生した時はどうなることかと思ったが……)」
ローゼリアは、右腕に抱きつくリアンヌと、左腕に絡みつくエリーゼの頭を交互に撫でながら、部屋を満たす仲間たちの賑やかな笑い声に耳を傾けた。
美味しいスイーツがあり、無限に遊べるゲームがあり、そして何よりも——自分のことを心の底から愛し、絶対に護り抜いてくれる、最強で最高に可愛い家族(戦乙女たち)がいる。
「(悪くない……いや、最高の人生じゃな!)」
「どうしました、我が主? そのように微笑まれて」
リアンヌが、青い瞳を瞬かせて見上げてくる。
「なに、なんでもないのじゃ。……さあ、ロスヴァイセ! タルトのおかわりを頼む! レガリアの淹れてくれた紅茶も飲むのじゃ! 今日は徹夜で、新作のマルチプレイに付き合ってもらうぞ!」
「はいっ! 喜んでお供いたしますわ、お姉様!!」
「ええ。我が主が望むなら、地獄の底(徹夜のランクマッチ)まで盾となりましょう!」
平和な星海の只中に浮かぶ白亜の母艦。
銀河最強の死神と、彼女を溺愛する戦乙女たちの甘く、騒がしく、そして果てしなく平和な凱旋の宴は、いつまでもいつまでも続いていくのであった。




