第四幕 第二十五話:すれ違いの引導と、至福のティータイム
最高軍事法廷の重厚な扉が閉ざされ、大理石の敷き詰められた長い廊下を、厳重な拘束衣を着せられたカナタが二人の警備兵に両脇を抱えられながら引きずられていく。
「ちくしょう……。バグだ、こんなの絶対におかしい……。俺は主人公なんだ……やり直せば、次は絶対に正しいルートに……」
光を失った瞳で床を見つめ、焦点の合わない目でブツブツと虚しい譫言を繰り返すカナタ。
そんな彼の向かう先から、法廷を後にしたローゼリアとブリュンヒルデが歩いてきた。
警備兵たちは、銀河の危機を救った英雄たちに敬意を表し、カナタを引きずったまま壁際に寄って道を空け、直立不動で敬礼をした。
「……」
すれ違いざま。
ローゼリアはふと足を止め、虚無の底に沈むカナタの顔を冷ややかに見下ろした。
カナタもまた、焦点の定まらない目をゆっくりと上げ、自分の完璧なシナリオを理不尽な暴力で粉々に打ち砕いた「バグキャラのモブ(ローゼリア)」を映し出す。
「お前……お前さえ、いなきゃ……」
カナタのひび割れた唇から、呪詛のような声が漏れる。
その瞬間。
ローゼリアは、カナタの耳元へとスッと顔を寄せ、この銀河の公用語ではない——彼ら二人にしか絶対に理解できない『母国語』で、静かに、そしてひどく冷淡に囁いた。
「——**現実とゲームの区別もつかないとは。同じ日本から来たゲーマーとして、ひたすらに嘆かわしい限りじゃ**」
「…………え?」
カナタの心臓が、ドクン、と嫌な音を立てて跳ねた。
「**他人の作った攻略チャート(レール)をなぞるだけで『主人公』を気取るなど、三流プレイヤーのすることじゃ。……コンティニューのないこの世界で、お主はゲームオーバーになった。ただそれだけのことじゃよ**」
流暢な、そして紛れもない『日本語』。
その言葉の意味を脳が理解した瞬間、カナタの全身の血の気が一瞬にして引き、背筋に特大の氷柱を突き立てられたような悪寒が走った。
「に、日本語……!? お前、まさか……俺と同じ、日本からの転生……っ!?」
カナタは大きく目を見開き、信じられないものを見るようにローゼリアの顔を凝視した。
彼がずっと「設定テキストに名前だけ出てくるモブ」だと見下していた相手。自分のフラグをへし折った理不尽なシステムバグだと思い込んでいた相手。
その正体は、自分と同じように前世の記憶を持ち、そして**自分など足元にも及ばないほどの圧倒的なプレイスキルを持った『同郷のプレイヤー』**だったのだ。
自分だけが特別な存在(主人公)ではなかった。
ただの痛々しい勘違いをした初心者が、銀河最強のトップランカーに喧嘩を売り、あっさりと返り討ちにされただけ。
そのどうしようもなく惨めな事実に気づいた時、カナタの中で最後に残っていた「主人公としてのちっぽけな自尊心」は、音を立てて完全に崩壊した。
「あ、ああ……アアアァァァッ!! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁっ!!」
「連れて行け。やかましいわ」
ローゼリアはカナタの絶叫に一切耳を貸さず、虫でも払うようにシッシッと手を振った。
警備兵たちが慌ててカナタの口を塞ぎ、抵抗する彼を廊下の奥へと乱暴に引きずっていく。
「……ローゼリア。今、あの男に何と言ったのだ? この銀河の言語には聞こえなかったが」
不思議そうに尋ねるブリュンヒルデに対し、ローゼリアはふっといつもの緩い笑みに戻って肩をすくめた。
「なに、妾の故郷に伝わる、ただの『敗者への引導』じゃよ。……さ、あんな三流の相手はもうおしまいじゃ。エントランスへ急ぐぞ、団長!」
軽やかな足取りで廊下を進むローゼリアの背中を、ブリュンヒルデは少し呆れたように、しかし頼もしげに見つめてから後を追った。
連邦議事堂の壮麗な正面エントランスを抜けると、そこにはローゼリアの帰還を今か今かと待ちわびていた戦乙女たちが、特注の高級ホバーカーと共に控えていた。
「ああ! 我が主、ローゼリア! 堅苦しい法廷の空気で、さぞお疲れになったでしょう!」
純白の騎士服を着たリアンヌが、感動の涙を浮かべんばかりの勢いで駆け寄ってくる。
「お姉様! 今すぐ私の用意した特製のホバーカーへ! 帰り道は私の膝枕で、極上の癒やしをご提供いたしますわ!」
エプロン姿のエリーゼが、車の後部座席のドアを恭しく開け放つ。
「お嬢様、本日のティータイムは、法廷での退屈を吹き飛ばす超特大の苺のタルトをご用意しておりますよ。レガリア様が最高のダージリンを淹れて、母艦でお待ちです」
ロスヴァイセが、優雅なお辞儀と共に極上の提案を口にした。
「お、おおっ! 苺のタルトじゃと!? でかしたロスヴァイセ! 今日こそは誰にも邪魔されず、最高の休日を満喫してやるのじゃ!」
先ほどまで法廷の廊下で見せていた、冷酷な死神の顔はどこへやら。
目をキラキラと輝かせ、無防備な笑顔を浮かべるローゼリアは、リアンヌとエリーゼに両脇から優しく抱き抱えられるようにして、ホバーカーのフカフカのシートへと吸い込まれていった。
「さあ、我が主。遠慮なく私の膝へ……」
「ずるいですわリアンヌ! 右足のふくらはぎの揉みほぐしは私が担当しますわ!」
「ひゃんっ!? ま、待つんじゃお主ら! 車の中で暴れるでない! 物理的に狭い! 狭いのじゃ〜!!」
戦乙女たちの重すぎる愛に溺れ、ジタバタと可愛い悲鳴を上げるローゼリア。
その騒がしくも平和な光景を見送りながら、レオン大佐は深く敬礼をし、ブリュンヒルデもまた満足げに口元を緩めた。
勘違いの愚者が冷たい牢獄の中で永遠の後悔に苛まれる一方で。
銀河最強の特異点と、彼女を溺愛する戦乙女たちの甘く騒がしいティータイムは、誰にも邪魔されることなく、最高に幸せな時間として幕を開けるのであった。




