第四幕 第二十四話:愚者たちの法廷と、死神の退屈
連邦首都惑星アルカディア、最高軍事法廷。
普段は星間法の解釈や大規模な軍事裁判が行われるその荘厳なドーム型の議場は、この日、異常なほどの緊張感と静寂に包まれていた。
傍聴席の最前列——連邦の国家元首すら座ることを躊躇うような最上級のVIP席に、二人の人物が腰を下ろしていた。
一人は、仕立ての良い漆黒の軍用コートを肩に羽織り、腕を組んで鋭い視線を法廷へ向けるエインヘリアルの団長、ブリュンヒルデ。
そしてもう一人は、黒と真紅のエインヘリアル制服を少し着崩し、手持ち無沙汰に自分の金髪を指でいじりながら、大きな欠伸を噛み殺している少女——銀河最強の死神、ローゼリアである。
「……ふぁぁ。まったく、なぜ妾がこんな退屈な裁判の傍聴などせねばならんのじゃ。報告書なら後でレガリアに読ませれば済むことじゃろうに」
ローゼリアは、隣に座るブリュンヒルデに小声で不満を漏らした。
「そう言うな、ローゼリア。此度の首都防衛戦において、我々エインヘリアルは連邦国を国家存亡の危機から救った。その『原因』となった愚か者たちがどのような末路を辿るのか、スポンサーである連邦の誠意を直接見届ける義務がある」
ブリュンヒルデは視線を真っ直ぐに向けたまま、静かに答えた。
「誠意の証明、ねえ……」
ローゼリアが気怠げに見下ろす先の被告人席には、厳重な魔力封じの手錠と足枷を嵌められた四人の姿があった。
数日前、旧帝国の戦略兵器『バベル』を用いて首都への無差別奇襲を仕掛け、そしてエインヘリアルの戦乙女たちによって完膚なきまでに叩き潰された「泥舟の四将」である。
彼らの姿は、かつてエースパイロットとして名を馳せた面影など微塵も残らないほど、無惨なものであった。
「……計算が、合わない。私の弾道予測は完璧だったはずだ。あの質量で、あの回避軌道は物理法則に反している……。あり得ない、あり得ない、あり得ない……」
統一派の知将と呼ばれたラムレイは、虚ろな目で宙を見つめ、ブツブツと意味不明な数式を呟き続けていた。ランドグリーズの常軌を逸した直感と暴力の前に、彼の『計算に依存する精神』は完全に崩壊してしまったのだ。
「チッ……クソッ。どいつもこいつも、私を見下しやがって……!」
暗殺部隊のエースであったリーシュは、拘束具をガチャガチャと鳴らしながら、周囲の警備兵を血走った目で睨みつけている。ロスヴァイセの仕掛けた罠によってプライドを粉々にされた彼女は、ただの苛立つ野良猫に成り下がっていた。
そして、最も悲惨な状態だったのは、没落貴族のナーシェンである。
「私は、名門ベリア家の嫡男……最強の機体を手に入れた覇者……。なぜだ、なぜあの純白の盾は貫けない……。私の剣は、私の誇りは……どこへ……」
リアンヌの『ブラン』による容赦のないシールド・バッシュを食らい、機体ごと誇りをへし折られた彼は、焦点の合わない目で床の模様をなぞり、廃人寸前の譫言を繰り返すばかりだった。
法廷の中央では、検察官が彼らの罪状を冷徹な声で読み上げている。
『——以上の通り、被告人四名は共謀の上、旧帝国の封印兵器を不法に起動。連邦首都アルカディアへの空間転移奇襲を行い、数千万の民間人の生命を脅かした国家反逆罪、および大量虐殺未遂の罪に問われています』
「さて。連邦の元少尉殿は、あのザマか」
ブリュンヒルデが、冷ややかな視線を四人目の被告人へ向けた。
連邦軍の最新鋭機を強奪し、この襲撃の引き金となった勘違い転生者・カナタ。
彼は両膝をつき、項垂れたまま、ブツブツと何かにすがるように呟いていた。
「……違う。こんなの、俺の知ってるシナリオじゃない。隠しアイテムを手に入れて、四天王を結成して、俺が連邦とエインヘリアルを屈服させるはずだったんだ……。なんで、なんであんなチートモブに俺の最新鋭機が……」
自分の絶対的な主人公補正を信じて疑わなかった男は、特異点であるローゼリアの理不尽なまでの強さを前に、己の存在がこの世界において「ただの有象無象」に過ぎなかったという圧倒的な現実を突きつけられていた。
「バッドエンドだ……。どこで選択肢を間違えた……? いや、これはクソゲーだ。運営のフラグ管理がおかしいんだ……!」
現実逃避を続けるカナタの耳に、証言台に立った男の厳格な声が響いた。
連邦軍のアポロン艦長、レオン大佐である。
「裁判長。彼ら四名がしでかした行いは、いかなる情状酌量の余地もありません。特にカナタ元少尉は、我が軍の機密と最新鋭機を売り渡し、自らの妄想のために民間人に砲火を向けました。これは連邦軍人として、いや、人として決して許されざる大罪です」
レオンの声には、かつての部下に対する憐憫など一切なく、ただ深い怒りと責任感が宿っていた。
「……以上により、検察は被告人四名に対し、連邦最高刑である『永久隔離施設での終身重労働刑』を求刑します」
その言葉が法廷に響き渡った瞬間、カナタは弾かれたように顔を上げた。
「しゅ、終身刑!? 嘘だろ、俺は主人公だぞ!? やり直しだ、前のセーブデータからロードさせろ!!」
パニックに陥ったカナタが叫びながら暴れようとするが、屈強な警備兵たちによって即座に床へと押さえつけられる。
その視界の端——VIP席で退屈そうに頬杖をつくローゼリアの姿が、カナタの目に飛び込んだ。
「お前だ……!! お前さえいなければ、俺のシナリオは完璧だったんだ!! お前みたいなバグキャラが、俺のゲームを壊したんだァァァッ!!」
カナタの血を吐くような絶叫が、静寂の法廷に響き渡る。
議員や裁判官たちが息を呑む中、名指しされたローゼリアは、押さえつけられるカナタを見下ろし——ただ「不思議そうな顔」で小首を傾げた。
「……団長。あやつ、さっきから何を喚いておるんじゃ?」
ローゼリアは、心底どうでもよさそうに、隣のブリュンヒルデに尋ねた。
「さあな。脳の魔力回路が焼け焦げた敗残兵の戯言だ。気にする価値もない」
「ふむ。まあ、妾の休日のティータイムを吹き飛ばした罪は重い。一生かけて石でも砕いて反省することじゃな」
ローゼリアのその一言は、マイクを通して法廷に拾われたわけではなかった。
しかし、彼女から放たれる『圧倒的な強者としての冷淡さ』は、カナタの心に最後の一撃を刺すには十分すぎた。
「あ、ああ……アァァァッ……」
自分を特別な存在だと思い込んでいた男は、憎き相手から「復讐の対象」としてすら認識されておらず、ただの『休日の邪魔者』として処理されたのだと理解した。
カナタの目から光が消え、彼はただの抜け殻のように警備兵に引きずられていった。
やがて、裁判長から厳粛な判決が下される。
四名全員への、終身重労働刑。
彼らが再びこの銀河の空を飛ぶことは、二度とない。
「——ローゼリア殿、ブリュンヒルデ団長」
法廷が閉廷し、大理石の廊下を歩く二人の前に、レオン大佐が足早に歩み寄ってきた。
彼は直立不動で、二人に深々と敬礼をする。
「本日は傍聴いただき、感謝いたします。彼らへの厳正なる処罰が、連邦の『エインヘリアルに対する最大限の誠意』であると受け取っていただければ幸いです」
先の連邦議会でローゼリアたちを「管理する」などと驕り昂ぶっていた連邦上層部も、今回の首都防衛戦の圧倒的な戦果と、その気になれば首都などいつでも灰にできる彼女たちの力を前に、完全に平伏していた。
エインヘリアルは今や、連邦にとって「絶対に機嫌を損ねてはならない不可侵の存在」となっていたのだ。
「うむ、大儀であった、レオン。まあ、あれで少しは溜飲も下がったわい」
ローゼリアが鷹揚に頷く。
「大佐、今後の事後処理も抜かりなくな。……我々は帰還する。次の依頼があれば、またレガリアを通すことだ」
ブリュンヒルデが言い残し、二人が連邦議事堂の正面エントランスへと向かうと——。
「ああ! 我が主、ローゼリア! 堅苦しい法廷の空気で、さぞお疲れになったでしょう!」
「お姉様! 今すぐ私の用意した特製の馬車へ! 帰り道は私の膝枕で、極上の癒やしをご提供いたしますわ!」
「お嬢様、本日のティータイムは、法廷での退屈を吹き飛ばす超特大の苺のタルトをご用意しておりますよ」
エントランスの外では、純白の騎士服を着たリアンヌ、エプロン姿のエリーゼ、そして優雅に微笑むロスヴァイセが、レッドカーペットを敷かんばかりの勢いでローゼリアを待ち構えていた。
「お、おおっ! 苺のタルトじゃと!? でかしたロスヴァイセ! 今日こそは誰にも邪魔されず、最高の休日を満喫してやるのじゃ!」
先ほどまでの威厳あふれる死神の顔はどこへやら。
目をキラキラと輝かせ、戦乙女たちの過保護な輪の中へ飛び込んでいくローゼリアの姿を見て、ブリュンヒルデは呆れたように息を吐き、レオンはどこかホッとしたように微笑んだ。
愚かな復讐者たちの妄想は冷たい牢獄の闇へと消え去り、銀河には再びかりそめの平和が訪れた。
特異点ローゼリアと彼女を溺愛する戦乙女たちの、無敵で騒がしい日常は、これからも続いていくのである。




