第四幕 第二十三話:戦乙女の狂宴と、泥舟の沈没
エインヘリアルの巨大な母艦、その中枢たるブリッジ。
黒衣の淑女レガリアは、メインコンソールの中央で優雅に脚を組み、戦場全体を俯瞰するホログラムモニターを見つめていた。
「さあ、お茶会の邪魔をした無作法な客人たちに、ふさわしいおもてなしを差し上げましょう。全砲門、火器管制システムを私にリンクなさい」
レガリアの指先が虚空でタクトを振るうように動くと、母艦の無数の対空砲火とビーム砲が、寸分の狂いもなく旧連合国統一派の残存艦隊に狙いを定めた。
「アルティナ、シエラ。電子の海はあなたたちに任せるわ。私たちの可愛いエースたちが存分に踊れるよう、舞台を整えて頂戴」
「了解! ハルファス、フルドライブ!」
戦場の後方に展開したアルティナの電子戦専用機『ハルファス』から、不可視のデータリンクが網の目のように放たれる。
「まったく、旧帝国の遺産だか何だか知らないけど、ファイヤーウォールの構築が数百年前の理論のままじゃない。こんなの、私にかかれば紙切れ同然よ!」
アルティナの神業とも言えるタイピング速度が、敵艦隊のローカルネットワークを次々と食い破っていく。
同時に、シエラの駆る特殊電子戦専用機『アリス・レギオン』が、その破られた穴から敵の中枢システムへと直接ダイブを果たした。
『……アリス・レギオン、メインフレームへ到達。敵艦隊の火器管制、および航行システムを強制掌握します』
シエラの無機質な声と共に、首都へ向けて砲門を開いていた三百隻の敵艦隊が、まるで電源を切られた玩具のようにピタリと動作を停止した。
「なっ!? 艦の制御が効かん! どうなっている!?」と敵兵たちがパニックに陥る中、電子空間は完全にエインヘリアルの支配下へと堕ちていた。
「ふふっ、後方の制圧は完璧ですね。では、私は前衛の皆さんのサポートに専念しましょう」
白と青の支援機『ミネルヴァ』のコックピットで、ウルスラが柔らかな笑みを浮かべる。ミネルヴァから広域スキャナーの波長が放たれ、戦場のあらゆるデブリ、魔力残滓、そして味方機のバイタルとエネルギー残量がリアルタイムで共有されていく。
「オルトリンデ、ローゼリアの右斜め後方、デブリの陰に敵の伏兵が三機います。処理をお願いできますか?」
『……了解。ターゲット、視認。ジークルーネ、狙撃を開始します』
光学迷彩を展開し、宇宙空間の闇に完全に溶け込んでいた漆黒の狙撃機『ジークルーネ』。その長大なスナイパーライフルが火を噴いた。
音もなく放たれた超高圧縮のビームは、ウルスラの完璧な座標指示に従い、デブリの陰に隠れていた敵機三機を一瞬にして貫き、爆散させた。
『……排除完了。マスター・ローゼリアの視界を遮る障害物は、一つ残らず私が撃ち抜きます』
舞台は完全に整えられた。残るは、突出してきた四機のエース機のみ。
「オラオラァ! その程度かよ、統一派の知将サマ!」
「くそっ……! なぜだ、なぜ私の計算通りに動かない!」
重火力支援機『グラン・ファントム』を駆るラムレイは、額に脂汗を浮かべながらコンソールを叩き続けていた。
彼が放つ無数の砲弾とレーザーの雨。弾道計算、予測回避位置、すべてを完璧に算出しているはずだった。だが、ランドグリーズの駆る重装甲機『グリムゲルデ』は、その弾幕の「最もあり得ない隙間」を縫うように突進してくるのだ。
「私の計算では、その質量でこの弾幕を回避することは物理的に不可能なはずだ!」
「ガハハハッ! そんな机上の空論で戦場が読めるかってんだ! 戦いってのはな、理屈じゃねえ! 私が信じるのは気合いと直感だ!!」
ランドグリーズは、グリムゲルデのスラスターを常軌を逸したタイミングで吹かし、物理法則を無視したような急旋回でグラン・ファントムの懐へと潜り込んだ。
「ひぃっ……!」
「計算に溺れたヤツから死んでいくんだよ! 吹き飛べェ!!」
グリムゲルデの巨大な戦斧が横薙ぎに閃き、グラン・ファントムの主砲と右腕を根本から粉砕する。ラムレイの冷徹な戦術は、圧倒的な野生の勘と暴力の前に、手も足も出ずに瓦解した。
一方、宙域の反対側では、紫の閃光と無数の爆発が交錯していた。
「遅い、遅いわよ! その鈍重なミサイルの塊で、私の機動力を捉えられるわけがないでしょう!」
リーシュの双剣機『アサシン・クロウ』が、デブリを蹴りながら残像を残すほどの超高速で飛び回る。
対するロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』は、その場から動くことなく、優雅にビーム・ビットとミサイルを散布していた。
「……ふふ。蝶のように舞うのは結構ですが、少しばかり飛び回りすぎですわね。あなたの軌道、単調すぎて欠伸が出ますわ」
「負け惜しみを! 死ねぇっ!」
リーシュがヘルムヴィーゲの背後を取ったと確信し、双剣を振り下ろそうとした瞬間。
「——そこに飛び込んでくると、最初から分かっておりましたわ」
ロスヴァイセの声と共に、リーシュの周囲の宇宙空間に散布されていた『ただのデブリ』に見せかけた機雷群が一斉に起爆した。
「なっ……罠!?」
「いくら足が速くとも、逃げ場のない爆発の檻の中では無意味。……品のない野良猫には、しつけが必要ですね」
ヘルムヴィーゲのミサイルコンテナから、逃げ場を失ったアサシン・クロウに向けて全弾発射の飽和攻撃が叩き込まれる。
「ぎゃあああああっ!!」
爆炎に飲み込まれ、アサシン・クロウは完全に機能停止に陥り、宇宙の藻屑と化した。
そして、戦場の中央。
最も激しく、最も一方的な感情がぶつかり合っていたのは、絶対防壁と復讐鬼の戦いであった。
「おおおおおっ! なぜだ、なぜ貫けん! このブラッド・ローズ改は、旧帝国のパーツを組み込み、限界まで出力を高めた最強の機体のはずだぞ!!」
ナーシェンは血走った目で絶叫し、ビーム・レイピアの連撃を純白の機体『ブラン』へ向けて狂乱のままに突き出し続けていた。
しかし、リアンヌの展開する巨大な魔力防壁は、まるで分厚い氷の壁に爪を立てるように、ただ空しく火花を散らすだけである。
「……旧帝国の技術? 出力? だから何だというのです」
コックピットの中で、リアンヌは氷のように冷たく、しかし静かな怒りを燃やした瞳でナーシェンの機体を睨み据えていた。
「貴様の刃には、何一つ『重み』がない。己の矮小なプライドと、見苦しい復讐心だけで振り回される剣など、我が主への絶対の忠誠と愛で編み上げられたこの盾を貫けるはずがありません」
「ほざくなっ! 私は名門ベリア家の——」
「黙りなさい」
リアンヌの静かな一言と共に、ブランのスラスターが爆発的に火を噴いた。
防禦一辺倒だったブランが、突如として魔力防壁を『前方に押し出しながら』突進してきたのである。シールド・バッシュなどという生易しいものではない。それは純白の壁そのものが超音速で迫り来る、逃げ場のない質量兵器であった。
「な、に……!?」
ガガガガガァァァァッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ!?」
ブラッド・ローズ改のビーム・レイピアが防壁に押し潰され、両腕の装甲がひしゃげ、機体全体がミシミシと悲鳴を上げて後方へと弾き飛ばされた。
「ローゼリアの至福の時間を奪った罪。このリアンヌが、その身に永遠の恐怖として刻み込んで差し上げましょう!」
リアンヌのブランは、無力化したナーシェン機へ向けて、さらに追撃の盾を振りかぶった。
そして、四つの戦場の最後。
「どうしてだ! どうして俺の攻撃が当たらない! 俺は連邦の最新鋭機に乗った主人公なんだぞ! 隠しイベントもクリアしたんだ!」
カナタの『ゼニス』が、ミサイル、ビームライフル、バルカンと、持てるすべての火力を漆黒の機体に向けて乱射していた。
しかし、ローゼリアの『ルシフェル・リベリオン』は、その弾幕の中を、まるで最初から弾道が見えているかのように、滑らかで無駄のない軌道で躱していく。
「……主人公? 隠しイベント?」
ローゼリアは、通信回線越しにカナタの狂言を聞き流しながら、深く、深くため息をついた。
「お主のその薄っぺらい妄想、聞いておるだけで頭が痛くなるのじゃ。機体の性能に頼りきり、自分の立ち回りすら計算できぬ素人が……最強の機体を語るな」
ルシフェル・リベリオンが、真紅のビーム・ブレードを展開し、一瞬の交差でゼニスのビームライフルを真っ二つに両断した。
「ひぃっ!」
「機体の性能が上回っていれば勝てる? そんなものは三流の言い訳じゃ。真の強者とは、己の機体を完全に掌握し、敵の行動の最適解をコンマ一秒で弾き出せる者のことを言うのじゃ!」
「や、やめろ! くるな!!」
パニックに陥ったカナタが、盲滅法にビームサーベルを振り回す。
だが、ローゼリアはそれを紙一重で回避すると、ゼニスの右腕、左腕、そして両脚を、まるで精密機械を解体するかのように、順番に、正確に切り落としていった。
「あ、あああ……俺の、俺のゼニスが……」
四肢をもがれ、宇宙空間に浮かぶダルマと化した最新鋭機。
そのコックピットの目の前に、ルシフェル・リベリオンが悠然と降り立った。
「これで終わりじゃ、勘違い野郎。……お主のせいで、妾の休日は最悪なものになった。床に落ちた極上のショートケーキの恨み、その身で味わうのじゃな」
「け、ケーキ……? そんな理由で、俺は……俺のシナリオは……!」
ローゼリアは無慈悲にブレードを振り下ろし、ゼニスのメインカメラと推進器を完全に破壊した。
「四天王」対「特異点」。
狂気と妄想で結託した泥舟の四将は、エインヘリアルの戦乙女たちの圧倒的な力の前に、一人の戦死者も出すことなく、完全なる敗北を喫したのである。
「ふぅ……少しはスッキリしたのじゃ。レガリア、残敵の掃討は頼んだぞ。妾は帰って、新しいケーキを焼いてもらうのじゃ!」
戦場に響き渡る銀河最強の死神の宣言と共に、連邦首都アルカディアを襲った未曾有の危機は、あまりにもあっけなく幕を閉じたのであった。




