第四幕 第二十話:連邦議会の狸たちと、死神の威圧
要塞惑星メガロと要塞都市ゴリアテの陥落により、旧連合国統一派の勢力は大きく後退した。
この歴史的勝利を受け、エインヘリアルの雇用主である『連邦政府』——その実権を握る保守派の重鎮たちは、一つの決断を下した。
多大なる戦果を挙げた傭兵団の代表を首都惑星の連邦議会へと招き、直接「労い」の言葉をかけるというのである。
「……ふぁぁ。なぜ妾が、わざわざこんな堅苦しい場所に出向かねばならんのじゃ。ベッドで新作のアクションRPGを進める予定じゃったのに」
連邦首都の中心にそびえ立つ、白亜の巨大な連邦議事堂。
その荘厳な大理石の廊下を歩きながら、黒と真紅の制服を身に纏ったローゼリアは、盛大な欠伸を噛み殺していた。
「我慢しろ、ローゼリア。我々エインヘリアルはあくまで傭兵……スポンサーである連邦政府との顔繋ぎ(ビジネス)は、避けては通れん道だ」
軍用コートを翻して歩くブリュンヒルデが、苦笑混じりにたしなめる。
「我が主。退屈でしたら、いつでも私の腕の中でお休みください。このリアンヌ、周囲の雑音などすべて遮断して、お姉様を安らかな微睡みへと誘ってご覧に入れます」
ローゼリアの斜め後ろを歩くリアンヌが、純白の騎士服に身を包みながら、極上の微笑みで甘い言葉を囁いた。
「い、いや、さすがに議事堂のど真ん中で立ったまま寝るわけにはいかんじゃろ……。お主のその過保護さは、時と場所を選ばんのう」
ローゼリアは呆れつつも、リアンヌの頼もしい護衛に少しだけ肩の力を抜いた。
やがて、重厚な木製の扉が開かれ、三人は円形闘技場を思わせる巨大な議場へと足を踏み入れた。
すり鉢状に配置された数百の議席には、連邦政府を牛耳る保守派の政治家たちがズラリと並び、中央の演壇に立つ三人を値踏みするように見下ろしている。
「よくぞ参られた、エインヘリアルの諸君」
議長席に座る、初老の有力議員がマイク越しに重々しい声を響かせた。
「此度のメガロ制圧の功績、連邦議会を代表して心より感謝申し上げる。君たちの活躍により、この銀河に平和の光が差し込みつつある」
「勿体なきお言葉。我々は契約に従い、仕事を全うしたまでにございます」
ブリュンヒルデが、隙のない洗練された所作で一礼する。
「うむ。……さて、本日は諸君らに、我々連邦政府からの『新たな提案』があって足を運んでもらった」
議長がニヤリと、古狸のような笑みを浮かべた。
「君たちエインヘリアルの有する武力……とりわけ、あの鉄壁のメガロを単独で陥落させた力は、一介の傭兵団が持っていて良い枠組みを完全に超えている。よって、連邦政府はエインヘリアルを『連邦軍の直轄特別部隊』として編入し、政府の完全な管理下に置くことを決定した」
議場がざわめく中、ローゼリアは内心で(出た出た、テンプレ展開じゃ)とため息をついた。
圧倒的な武力を持つ主人公パーティーを、自分たちの都合の良い手駒として縛り付けようとする腐敗した上層部。ゲームのシナリオでもよく見る「お約束」のイベントである。
「……お断りします」
ブリュンヒルデが、表情一つ変えずに即答した。
「我々エインヘリアルは、いかなる国家や組織の傘下にも入らない独立した傭兵団です。連邦軍とは対等のビジネスパートナーとして契約を結んでいるはず。それを一方的に保護(隷属)へと書き換えるつもりなら、この場をもって契約を破棄させていただきます」
「なっ……! たかが傭兵風情が、連邦議会の決定に逆らうというのか!」
別の議員が、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「君たちがどれだけ優秀だろうと、我々連邦の莫大な資金と物資の補給がなければ戦争などできんのだぞ! 第一、その中心にいる小娘!」
議員の太い指が、ローゼリアに向けられた。
「君が『銀河最強の死神』などと呼ばれているそうだが、所詮は世間知らずの子供ではないか! 強大な力を持て余し、いずれ暴走する前に、我々大人が正しく管理してやるのが筋というものだ!」
「…………」
その瞬間、議場の空気が、比喩ではなく「凍りついた」。
「ヒッ……!?」
暴言を吐いた議員が、喉の奥で情けない悲鳴を上げる。
ローゼリアの背後に立つリアンヌから、目に見えるほどの青白い魔力波長と、絶対零度の殺気が放たれたのだ。彼女は武器など一切持っていない。ただ、そのハイライトの消えた瞳で、議員たちをゴミでも見るように見据えているだけである。
「私の……我が主を『小娘』と呼び、あまつさえ管理するなどと……」
リアンヌの声は、議場の底から響く呪詛のように冷たかった。
「ローゼリアの気高さと、その魂の美しさを理解できぬ愚か者ども。貴様らが束になろうと、お姉様の爪の先ほどにも及ばないというのに。……その穢れた舌を、今すぐ根元から引き抜いて差し上げましょうか?」
「ひぃぃっ! き、貴様ら、議会への反逆だぞ! 警備兵! 警備兵!!」
議員たちがパニックに陥り、議場の扉が開いて武装した連邦の警備兵たちが雪崩れ込んでくる。
しかし、ローゼリアは微動だにしなかった。
彼女はスッと右手を挙げ、リアンヌの殺気を優しく制止する。
「よい、リアンヌ。怯えた犬が吠えておるだけじゃ。いちいち相手をしていては、お主の美しい手が汚れてしまうからの」
「……はっ。我が主がそう仰るなら」
リアンヌはローゼリアの言葉に一瞬で殺気を引っ込め、いつもの忠犬のような極上の笑みに戻った。
ローゼリアは、静まり返った議場を見渡し、フッと不敵な笑みを浮かべた。
インドア派の青年としての「盤面を俯瞰する」視点と、特異点としての「圧倒的な強者のカリスマ」が完全に融合した、銀河最強の死神の笑み。
「お主ら……妾たちを管理するじゃと? 笑わせるな」
ローゼリアの通る声が、議事堂の隅々にまで響き渡る。
「メガロの防衛網をどうやって突破したか、報告書を読んでおらんのか? 妾の仲間にかかれば、お主らのこの首都を覆う防衛システムなど、開始三分で無力化できる。そして妾の『ルシフェル・リベリオン』が出撃すれば、この首都惑星を単騎で制圧するのに、半日もかからんぞ」
「なっ……! き、貴様、我々を脅迫する気か!!」
議長が震える声で叫ぶ。
「脅迫ではない、ただの事実の確認じゃ」
ローゼリアは、真紅の瞳で議長を真っ直ぐに射抜いた。
「妾たちは、お主らの用意した小さな籠に入るつもりはない。エインヘリアルは、自由気ままに空を飛び、気に食わない敵を叩き潰す。……それを利用して平和の恩恵に与りたいのなら、今まで通り『金』だけ出して、黙って指をくわえて見ておるのじゃな」
圧倒的な自信と、それを裏付ける暴力的なまでの実力差。
ローゼリアから放たれる凄まじいプレッシャーの前に、連邦政府を牛耳る狸たちは、誰一人として言い返すことができなかった。
彼らはようやく理解したのだ。目の前にいるのは、権力や金で縛れるような存在ではなく、機嫌を損ねればいつでも自分たちの首を撥ねることができる『本物の死神』であるということを。
「……本日の会議はこれまでのようだな。契約更新の書類は、後日送ってくれ」
ブリュンヒルデが冷たく言い放ち、三人は踵を返した。
武装した警備兵たちも、彼女たちの放つ威圧感に気圧され、道を空けることしかできない。
「やれやれ、退屈なイベントじゃったのう。リアンヌ、帰ったら肩を揉んでくれるか?」
「はいっ、喜んで! お姉様の玉の肌、私のすべてを懸けて優しくほぐして差し上げますわ!」
「ははっ、頼むのじゃ」
連邦議会という権力の中枢を完全に沈黙させたというのに、ローゼリアとリアンヌの会話は、休日の買い物帰りのように緩やかで平和なものであった。
この銀河において、特異点であるローゼリアたちをシステム(権力)の枠に当てはめようとすること自体が、最大の愚行なのである。




